第302話 捕虜の扱いと女性
「憲兵隊の連中は追い返しました」
「ご苦労」
官僚主義的で頑固な憲兵共を司令部から追い返したエーペンシュタインをベルケはねぎらった。
「連中に捕虜を渡すわけにはかないからな。情報が聞き出せない」
先日、黒鳥を撃墜しパイロットを捕まえた。
しかし、その時捕虜の身柄をどうするか、何処が扱うかで関連部署と一悶着が起きた。
捕まえたのは降下した現場に急行した海軍歩兵だったが、空を飛んでいる者のは航空部隊の管轄であり航空隊が預かると言ってベルケは捕らえられたパイロットを奪った。
海軍側はごねたが、撃墜したのは航空隊であり、撃墜しなければパイロットは降下しなかった、と主張し、海軍側を納得させ引き下がらせた。
だが、今度は陸軍の憲兵隊がやってきて捕虜を引き渡すよう要求した。
しかし、ベルケはここでも拒否した。
航空機の情報を得たかったのと、今後空軍の独立を考えたとき敵パイロットの捕虜の身柄を扱う上で前例を作っておきたかった。
それに、覗き見するような連中はスパイだ、偵察機のパイロットは即刻銃殺しろ、と唱える連中も多いことをベルケは聞いている。
彼女たちの身の安全を考えると憲兵隊へ引き渡すわけにはいかない。
もしかしたら憲兵隊に偵察機パイロットをスパイ扱いする人間がいて殺されるかもしれないからだ。
だが偵察機パイロット殺害はベルケにとって悪夢だ。
偵察飛行は帝国も行っており、彼女たちを銃殺すれば、今後帝国の偵察機のパイロットが撃墜されて捕虜になった場合スパイとして銃殺される口実が出来てしまう。
忠弥はそんなことをしないだろうが、殺気立った前線の将兵が、なし崩しに行う可能性もある。
それを防ぐには、「敵も守っているんだ、自分も守ろう」という雰囲気を作るしかない。
「捕虜になったパイロットは正当な捕虜としての権利を与える。それが重要なのだ」
航空偵察活動は、特に前線で奮闘している味方に行える帝国航空隊の重要な任務である。
撃墜される機会も多く、簡単に止める事などできないし、パイロットに無理強いを強いることなど出来ない。
だからベルケは彼女たちを自分の下で守ることにした。
後方でヌクヌクとしている連中の戯れ言に付き合って、航空隊が不利になることなど出来ない。
そこでベルケは彼女たちを捕らえに来た憲兵をエーペンシュタインに任せ、言い争いをさせて時間を稼がせた。
その間にベルケは航空隊の後ろ盾である皇太子殿下に頼みこみ憲兵司令部に命令が引き下るように手はずを整え、やってきた憲兵隊を追い返す事に成功した。
「連中の好き勝手にはさせない」
「ええ、我々の力を知らしめましょう」
帝国軍航空隊は出来たばかりの新設部隊であり、このところ成果が上がっていないのも事実だ。
だが連合国に対抗できるのは自分たちしかいないという自負がベルケ達航空隊にはあった。
だから航空隊が活躍できるよう権限拡大、自分達の活動範囲が広がるようベルケ達は日々努力していた。
今回の捕虜の一件もそうだ。
空の情報を手に入れるためにも門外漢の憲兵隊に任せるより自分たちで捕虜を確保したかった。
「しかし、まさか女性パイロットとは」
連れてこられた捕虜を見たときの事を思い出したエーペンシュタインは驚いた顔をする。
「誰でも採用するのが忠弥さんだからな」
ベルケは感慨深く言った。
「空を飛びたいという人間は分け隔てなく仲間だ」
航空都市で言っていたことを本当に実行していた。
その時は、国籍に関係なくと言う意味だと思ったが、性別さえないとは驚いた。
昴がいたが、忠弥に近いため例外だと思った。
だが、大勢の女性を採用し実践に投入するとは思わなかった。
「連中はパイロットの数が足りないのでしょうか」
「それもあるだろうが、才能がある人間を採用しているのだろう」
パイロットという素質を持った人間は少ない。
全軍からパイロット適性者を集めているが、とても足りない。
パイロットは優秀な人間――機上で全て、操縦から、航法、気象予測、地理などの素養を身につけ活用出来、長時間の飛行に耐えられる体力と精神力が必要だ。
そうした人間は他の部署でも優秀であるため、引く手あまただ。
ベルケも様々な手立てを使っているが、パイロットの補充は十分ではない。
女性を活用するというのは、確かに合理的だった。
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