第274話 皇国空軍の人材採用事情
『空中機動部隊司令部より達す。幹部要員は直ちに司令部会議室へ集合せよ。繰り返す』
王国本土の皇国空軍が使用している飛行場のスピーカーからアナウンスが流れた。
「相原大佐、会議室へご案内します」
「ああ、ありがとうございます」
案内役の少尉に丁寧に答える相原。
普通ならもう少し乱暴な言葉遣いでも大丈夫だ。
だが、相手が女性だと、どうしても丁寧になってしまう。
先ほどの放送も女性だった。
通路を歩いていても皇国空軍の制服を着た女性とすれ違う。
全員訓練を受けており、大佐である相原に敬礼を向けるが、どうもぎこちない答礼になってしまう。
これまで海軍兵学校に入ってからずっと女のいない軍隊生活だったのだが、ここに来て急速な女性の増加は相原を戸惑わせている。
いや空軍の男性軍人全員が戸惑っている。
「仕方ないのだがな」
空軍に女性が多い理由は空軍の置かれた状況の結果だった。
初期こそ陸軍海軍から若くて優秀な人間が志願して転籍してきた。
新設の軍や組織にありがちな、高級幕僚および中堅人材不足――指揮官や幕僚、管理職が足りないため、入隊者を急速に昇進させたたため、空軍は出世できるという話が広まり、志願者増加を後押しした。
しかし、引き抜かれた陸軍と海軍は面白くない。
将来、軍を引っ張っていくと見なした幹部候補を多数引き抜かれたとなればなおのことだ。
そのため、空軍は独自に人材を採用育成することになった。
将来を考えれば、当然の帰結だった。特に戦争で空軍の規模拡張を求められていればなおさらだ。
しかし、採用計画の前に大きく立ち塞がったのが、職種別の人気だった。
パイロットに関しては宣伝が無くても集まったが、管理部門である整備、設備、主計――予算や備品、食事関係の部門への志願者が少なかった。
こちらは既存の陸海軍の待遇が知られているので、既存の軍が人気だった。
空を飛ぶ飛行機を扱う空軍なのに地上部門に配置されるのは納得いかないと入隊して三日で辞めてしまった者もいた。
だがパイロットだけで空軍を運営できるはずもない。
飛行場の建設管理運営、飛行機の整備、補給、人員の福利厚生、組織運営のための予算、設備管理の人員は必要なのだ。
そこで忠弥は女性にも門戸を開いた。
元々、能力主義で優秀な人員を採用することに忠弥は躊躇しなかったし、空に関わりたいという熱意ある人間を性別で差別しなかった。
女性側もメリットが大きかった。
男尊女卑が激しい皇国では女性の社会進出先がない。
女学校は良妻賢母育成を目的にしており職業教育をしていない。
自立しようと女性が職を探しても、せいぜい女中と事務職、看護婦ぐらいで、それも嫁入り前の花嫁修業という側面がある。
完全に女性を戦力として組織の人員として採用しようという空軍は画期的であり多くの能力のある女性が集まった。
陸軍と海軍が男性のみの採用で門戸を閉ざしていたこともあり、軍人家系の女性が集まってきた。
陸軍海軍からは白い目で見られていたが、軍人を志す優秀な人材、空に興味の無い人間は伝統ある陸軍海軍へ行ってしまう。
海のものとも山のものともつかぬベンチャーである空軍より、実績と規模の大きい大手、海軍陸軍のほうが彼らには魅力的だった。
だから空軍は陸海軍が募集していなかった女性から大量採用するしかなかった。
だが皇国中の女性から選んだだけあって彼女らは皆優秀だった。
彼女たちの能力に相原は疑問を抱いていない。
経験不足から来る失敗は多いが、失敗から学ぶ姿勢があり、好ましい。
「目のやり場に困る」
ただ、女性への免疫が薄いのも事実だ。
特に士官はオーダーメイドの制服、身体にフィットした制服を作る事になっている。
だから女性の身体のラインがハッキリと分かってしまう。
支給品もあるが、どうしてもラインが出てしまう。
おもわず目をそらしてしまうのは仕方なかった。
そしてもう一つ問題がある。
「きゃあああっ」
「げへへっ、良い尻だ」
悲鳴と共に、嫌らしい声、赤松中尉の声が聞こえてきた。
男女が同じ職場だとトラブル――セクハラが起きやすい。
男尊女卑、男女で仕事が分かれている皇国では男女共同で仕事をするというノウハウ自体が無かった。
作業マニュアルはあってもマナーやモラルが浸透していないのだ。
だから、赤松のような不良士官や男性将兵がセクハラをする事が多くトラブルになっていた。
「おい、赤松!」
セクハラ禁止が空軍司令部から出ていることもあり、相原は注意するべく大声を出した。
「ぐへっ」
だが、その前に赤松が宙に吹き飛んだ。
「なにしやが、るへえっっ」
「何をしているんですか、赤松中尉」
「島津少佐」
赤松にアッパーを食らわせた島津昴に赤松は絶句し、セクハラを受けた女性兵士は救世主を見るように縋り寄る。
「セクハラは禁止ですよ」
「いや、コミュニケーションとして」
「当人が嫌がることがセクハラです。それとも職務上必要な事でしたか?」
「……いいえ」
昴の迫力の前に、赤松は黙り込んだ。
忠弥の右腕にして、空軍のナンバーツーであり、空軍のスポンサーである島津財閥の令嬢、しかも忠弥の婚約者である昴に逆らえる人間などいない。
世界最初の女性飛行士という事もあり、空軍内では女神のような存在である。
男性将兵であっても逆らえなかった。
「もう少し、空軍士官として品性のある行動をしてください」
「はい……」
さすがの赤松も大人しく従うしか無かったようで相原は安堵し、会議室へ向かった。
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