第247話 海戦の結果
「それで結局この海戦、ジャット・バンクだっけ? ジャット・バンク海戦は私たち勝ったの?」
昴が名付けられたばかりで名称を記憶出来ないでいる先日の海戦の事を忠弥に尋ねた。
先日行われた王国大艦隊と帝国外洋艦隊の海戦はジャット・バンク海戦と名付けられた。
バンクとは、海の中に点在する砂の堆積した浅い海域箇所のことで、周囲は数百メートルの水深なのにここだけは数十メートルしかない。
この海戦で轟沈したインドミダブルはバンクの中でも浅い場所に突き刺さり、艦首と艦尾が共に海面から空に向かって突き出ているのが記録写真に収められてしまった。
バンクの名前がジャット・バンクのため、ジャット・バンク海戦と名付けられた。
「まあ、勝利と言えば勝利だね。現状維持が出来たのだから」
「今までと変わらないのに?」
「勝利に向かっている態勢が崩れていないからね」
「でも、沈没数は此方が大きいのよ」
王国側の沈没は戦艦二隻、巡洋戦艦三隻、他多数。
帝国側の沈没は戦艦二隻、巡洋戦艦〇隻、他多数。
帝国の発表より王国の沈没艦が多いのは、夜戦のあと沈んだためで帝国側が確認できなかった戦艦が含まれているからだ。
王国側は緒戦での巡洋戦艦の喪失と、夜戦での雷撃により戦艦を失っている。数字を見る限り、王国側は帝国より倍の損害を受けたように見える。
「でも損害は帝国側の方が大きいよ」
忠弥の誘導と弾着観測により外洋艦隊は大艦隊に対してT字不利の状況に陥り、圧倒的な火力を受けた。
一斉回頭反転が行われるまでの間に、大半の艦艇が中破から大破となっていた。
沈没艦が出なかったのは幸運と、その幸運を引き寄せたハイデルベルク帝国海軍のソフト、ハード両方に渡るダメージコントロール能力の賜物だった。
しかし、沈没艦が出なかっただけで、帝国外洋艦隊の主力艦艇の半数が損傷、ドック入りする事になってしまった。
対して王国大艦隊の損害は沈没艦を除けば損傷はウォースパイトを含む他に五隻のみ。
沈没艦を含めても戦艦と巡洋戦艦で構成される主力艦四四隻中沈没五隻、損傷しドック入り五隻の合計十隻で残り三四隻は即時出撃可能。
一方、帝国外洋艦隊は、主力艦二七隻中、沈没二隻、ドック入りで出撃不可能な艦艇が一二隻。即時出撃可能は一三隻のみ。
むしろ海戦前より数字が悪化している。
「どうして、そんな事分かるの? 帝国側は損傷の事に関しては何も書いていないわよ」
海戦中の撃沈は敵味方共に明確に見えるため、隠すことは不可能だ。だが損傷は判断しづらい。
特にドック入り、修理完了までどれくらい掛かるか判断出来ない。
相手が見にくい夜戦なら余計に難しい。
「母港を偵察するのは僕たちだからね。帝国がどの程度の艦艇をドック入りしているかで実戦力が分かるよ。ベルケも大分、部隊を損耗したようなので、偵察は楽だったよ」
忠弥は別の偵察機と飛行船に敵母港の偵察を行わせ、艦艇の修理状況を撮影させた。
その結果と分析報告を読んでいたところだ。
「今回の戦いで現状維持。むしろ王国側、連合国の状況は良くなった。封鎖線は維持され、帝国は物資を得ることが出来ず、包囲下にある」
「激しく交戦を続けているのに」
「巨大な総構えの城を攻めているようなものだよ。自給自足もある程度出来るから、数年保ってしまう」
総構えとは戦国時代に作られた城の一つで、城だけでなく城下町も堀で囲い防御力を高め、持久力を上げた城だ。大きくなるため、守備の人員が多数必要になるが、落とされにくく長期戦に持ち込み攻城側を根負けさせることが出来る。
「でも、援軍のいない籠城戦など落城以外にない。包囲網を崩せなかった帝国は負けだよ。だからこの戦いは連合国側の勝利だ」
「でも新聞は連合国側敗北って書かれているわよ」
「素人は撃沈隻数で判断するからね」
作戦目的を達成できたか否かで作戦の勝敗は決まる。
与えた損害は多かったが封鎖線を破ることが出来なかった帝国の事実上の敗北と言って良かった。
「私たち空軍は良いとこなしね。せいぜい草鹿中佐が空で大立ち回りした程度が乗っているだけ」
空軍もかなりの損害を出していたが、飛行機の扱いがまだ軽いせいか、割かれているスペースは小さかった。
ちなみに草鹿中佐が忠弥を拘束したことはあの場にいた人間に箝口令を敷いているので、昴は聞いていない。
知ったら、草鹿中佐に負けると分かっていても殴りかかりに行くだろう。
「結局、あんなに頑張ったのに評価されないのね」
「そうでもないよ」
「どういうこと?」
「今回の海戦は僕たち空軍のお陰で勝ったようなもの。海戦の行方を航空戦の優劣で決まったようなものだからね」
「負け惜しみ?」
「でもないよ。それは当事者が一番よく知っているからね。大艦隊司令長官から正式に協力要請が来ているよ。艦隊の上空援護をお願いしたい、定期的な偵察をお願いしたいってね」
「なるほど、大きな貸しを作った訳ね」
「そういうこと、昴がヴァンガード下りてくれたお陰だよ」
「どういたしまして」
軽く返したが忠弥に褒められて昴は満更でもなかった。
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