第245話 生き残った者達

「機関後進全速!」


 ポール少佐が号令を発するとスクリュー音が響いてきた。

 甲高い機関音と海水が攪拌される音が聞こえてくるが艦はなかなか動こうとしない。


「だめか」


 ポールが諦めかけた頃、暫くしてようやく、つっかえたものが取れたようにスーッと艦が動き出した。


「離礁成功!」


 嬉しくてポールは歓声を上げた。


「ふう、何とか戻れそうだ」


 航海長として母港周辺の海を知り尽くしているポールは嫌な程浅瀬が多いことを知っている。

 しかもヴァレンシュタインは先の戦闘で滅多打ちにされていた。

 特に多数の至近弾によって船体のリベットが緩み浸水を起こしている。

 そのため船の吃水、水面から船底までが深くなり浅瀬に引っかかりやすくなっている。

 普段なら気にする必要の無い浅瀬でも深く潜っている艦では容易に座礁してしまう。気の抜けない航海が続いた。

 何とか海戦を生き残ったヴァレンシュタインだったが、最後の夜戦で王国駆逐艦の雷撃を受けて艦首に命中。浸水を起こし速力が低下した。

 飛行船が撃墜され、大艦隊へ一方的な攻撃が不可能になったインゲノール大将は勝機を失ったと判断。指揮下の艦艇に戦場離脱、母港への帰還を命じた。

 夜間雷撃である程度、大艦隊の主力に損害を与えられると考えていたが、味方の損害が酷く、追撃する余力は無く、大艦隊の水雷戦隊に襲撃される危険もあり、やむなく撤退を命じた。

 さすがにシュレーダーもこの状況で旗艦変更はせず、次席指揮官に偵察部隊の指揮を譲り、自分の艦隊を母港へ戻した。

 残った艦隊は足の遅れたヴァレンシュタインを置いて母港へ向かった。

 さすがに大艦隊の前で居残っていては自分たちも撃沈されてしまう。ヴァレンシュタインを助ける余力は残りの五隻の巡洋戦艦にも無かった。


「何としても母港に持ち帰らないと」


 それでもポールは指揮を続けた。

 滅多打ちにされてスクラップ同然でも帝国には希少な有力戦闘艦艇である。修理し復帰することが帝国への貢献であり、期待されていることだった。

 それに船乗りとして、自分の船を失いたくなかった。

 幸いにも王国大艦隊が追撃を中止し、敵駆逐艦も下がったためポール達は新たな攻撃を受けることはなく、母港へ向かえた。

 だが、それは苦労の連続だった。

 浸水も酷いが、新たな問題が次々と出てくる。


「副長より艦長代理に通達です。艦首部隔壁の強度限界。圧力を減じられよ」

「……艦長代理了解」


 何とか浸水を防いでくれている隔壁が艦の進む圧力にも耐えられなくなっている。至急減圧しないと隔壁が破れて致命的な浸水が発生し沈没してしまう。


「これより後進に切り替える! 後ろ向きだが確実に母港へ近づくぞ!」


 前から圧力を受けるのがダメなら後ろ向きに進めば良い。

 ポールの判断は正しく、隔壁への圧力は減った。だが、別の問題が発生する。

 突如、甲高い音が艦尾から響き始めた。


「機関停止! スクリューが海面に出たぞ!」


 後進したためその圧力で後ろが浮き上がり推進器が海面上に出てしまった。

 進めなくなるのがもちろんだが、何の不可も無い状態で機関を回すと規定よりも回りすぎて最悪、機関が壊れてしまう。

 幸いすぐに停止させたので機関故障は避けられた。

 だが、このままでは進めない。


「やむを得ないな。副長に伝えろ、非常手段だ。艦尾を下げるため後部区画の一部を放棄して注水する」

「ヤボール」


 船はシーソーと同じでバランスが悪いと一方が傾く。

 ならば上がっている方に重しを乗せれば良い。ポールは海水という重しを艦内に入れてバランスを取ろうとした。

 浸水を防ぐために頑張っていたのに自ら海水を入れるのは皮肉だが、帰還するためだ。

 これも上手くいってくれた。

 スクリューは再び海面下に戻り、推進力を取り戻した。

 徐々にヴァレンシュタインは母港に近づいている。


「西に船影あり」


 全艦が警戒態勢に入る。

 最早戦える状態ではないが敵襲だと対応しなければならない。


「味方です! ヨルクです!」


 海戦の初期に旗艦として先頭を走っていたため被弾。機関部をやられ速力低下を起こし、母港へ単身戻ろうとしていたヨルクだった。


「まだ浮いていたのか」


 とっくに沈んでいると思っていただけにポールは驚いたが、すぐにヴァレンシュタインの方がもっと酷いと思い返した。


「ヨルクより信号。我、貴艦に随伴す」

「向こうも余裕はないだろうに」


 信号を受信したシュレーダーはバツが悪そうに言う。

 あの状況では仕方ないが、旗艦変更、ヨルクを見捨てたようで気にしていたのだ。

 こうして助けられたのは申し訳ないと思うが、同時に許されたようで照れくさかった。


「いえ、長官。万が一の時は彼らに我々を収容して貰えます」

「そんなに状況が悪いのか?」

「はい」


 シュレーダーの質問にポールはハッキリと答えた。

 何しろ、前後に海水がたっぷり入っており、甲板を波が洗い始めている。

 何時ヴァレンシュタインが沈んでもおかしくなかった。


「上空に飛行船!」


 先ほどより切迫した声と緊張感が艦内に広がった。

 それまでは風船もどきと侮っていた飛行船だが、昨夜の戦闘で味方に照明弾に照らしてもらい敵を撃破し、敵に照らされて撃たれた身としては当然の反応だった。


「味方のL56です。近隣にポンプ船が航行中。至急救援するよう伝えるとの事です」


 安堵の空気がヴァレンシュタインに広がった。

 やがて水平線から小さなポンプ船がやってきてヴァレンシュタインへ横付けし排水作業を開始した。

 前後の区画から海水が排水され、ヴァレンシュタインは幾分か喫水を浅くし、沈没の危機から逃れた。

 それを見届けた飛行船L56は、他に困っている味方がいないか見つけるため飛び去っていった。


「やれやれ、今後は航空機か」


 彼らに助けられ、危機に落とされた。

 今後の海戦は航空機に左右されるだろうとポールは思った。

 航空部隊は人材不足で転属を受け入れていると言う。

 だが船を巨大な主砲を放つ船艦を気に入っているポールは転属する気にはなれなかった。

 しかし、彼らが今後海戦に無くてはならない存在である事は認めざるを得ない。

 よろよろとゴール直後のマラソン選手のようにドックに入った瞬間、艦が大きく沈み込み、限界に達したのを見てポールはその思いをより強く感じた。

 だからシュレーダーに進言した。


「長官」

「何だ。艦長代理」

「一つ、通信の許可を頂きたいのですが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る