第227話 死走

「走り続けさせろ! 撃てなくなっても走らせろ! 我に続け、と命じろ!」


 戦列を離れようとする後続艦に向けてシュレーダーは叫んだ。

 こんな修羅場の中で何故叫び続けられるのか。


「既に経験しているからか」


 シュレーダーはヨルクに乗艦していた時も砲撃を浴びて、こんな地獄を味わったハズだ。

 全ての砲塔を失い、浸水し、機関の半分がダメになり廃墟同然になったヨルク。

 そこから逃げ出した、いや生き延びることが出来たのに、他の艦に移り、またしても地獄へ、いやそれ以上の地獄へを味わいつつも命令を下し、号令を掛けている。

 挫けず激しい砲撃の中、立ち続け、戦意を失うこと無く、部下を叱咤し、戦意を上げようとしているシュレーダーが神がかって見えた。


「主砲を失っても装甲を撃ち抜かれても走れ! 止まることも離脱することも許さん! 走れば勝てる! 機関にありったけの石炭を! 隅に積もった粉塵もボイラーにつぎ込んで走れ!」


 無茶苦茶な命令だったが、各艦はシュレーダーの命令通り走り続けた。

 大艦隊の盾になり大艦隊に打ち抜かれ、砲を失い、ボロボロになっても偵察部隊の巡洋戦艦全艦は黒煙を上げて走り続けた。

 帝国が誇る防御力のお陰で撃沈される艦は無かったが、走り続けた。


「機関出力維持! 走り続けろ!」


 ポールもシュレーダーの熱気に当てられて艦を走らせ続けようと命令を下し続ける。

 そんな事を繰り返している間、ふと気がつくと、砲撃が僅かながら弱まったように感じた。

 疑問に思ってポールは後ろを見ると、各艦が吐き出す黒煙が――機関に過負荷を与え、最大戦速を出すために大量に投入した石炭が不完全燃焼を起こし、黒煙となって空に出て黒いインクのように海に下りて広がり煙幕となっていた。

 シュレーダーの命令で入れられた石炭の粉も燃える前に巻き上げられ、煙突から放たれて濃い煙幕の一部となり戦場を黒く染めていく。

 黒い煙幕によって視界を遮られた大艦隊の前半分の戦艦が照準できなくなり発砲が止んだのだ。


「走っただけで砲撃を止めたのか」


 砲撃が止んだのを見てポールは奇跡を目撃したように目を見開いた。

 勝利が、生還への希望が見えた。

 シュレーダーへの信頼が生まれた瞬間であり、生存本能も加わり、ポールを激しい衝動が突き動かした。


「機関! 最大戦速を維持! 止まるな! 走り続けろ!」


 いつのまにかポールは叫んでいた。

 その時マストに被弾した。


「マストに被弾、戦闘旗が落ちました」

「後部マストに再掲揚! まだ戦闘中だ! 決して旗を落とすな。後続艦を率いるためにも決して止まるな! 落とすな!」


 先ほどとは打って変わったような豹変に乗組員達は驚いた。


「ヤボール!」

 

 だがポールの狂気が乗組員に伝染し彼らも熱狂に入れた。

 大艦隊から砲撃を受ける中、彼らは持ち場を離れず被害が生じても艦を走らせるべく働き続けた。

 特にポールの指揮はすさまじかった


「機関室に被弾! 右舷外側タービン室に直撃! 出力六〇パーセント低下! 速力低下します!」

「下げるな!」


 速力が下がるという報告をポール拒絶した。


「速力は絶対に下げるな!」

「しかし損傷してこれ以上出力が上がりません」

「残りのタービン三基の出力を上げろ! 機関一杯! 過負荷運転で出力一二〇パーセントで走らせろ! 低下した推進軸一基を残り三基で補え!」

「そんなことをすれば壊れます!」

「だから機関一杯と言っている!」


 機関一杯とは機関が壊れても良いから出せる限りの出力を出せという命令だ。


「兎に角、走り続けろ! 決して足を落とすな! 俺たちがヴァレンシュタインが味方を引っ張っているんだからな! 俺たちが足を止めれば艦隊も足が止まる! 止まれば外洋艦隊主力を守る事は出来ない! 任務が失敗する! だから絶対に止まるな! 速力を落とすことも許さん! 機関が壊れてもいい! 兎に角走らせろ!」

「や、ヤボール!」


そのやりとりをシュレーダーは一瞥もせずジッと前を見たまま聞いていた。


「大したものだ。それらしいことを言うだけで立っているのがやっとの私に比べて、勇ましく部下を鼓舞し指揮するポール少佐は、なんて勇敢なんだ」


 シュレーダーは呟き、海戦が終わった後、ポールの活躍を手放しで褒め立てたくらいだ。

 ポールが必死に指揮を執っている中、偶然視界に外洋艦隊総旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセが入った。

 ヴィルヘルム・デア・グロッセのマストの中間に掲げられていた信号旗が空高くへ昇って行くのが見えた。

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