第162話 疲労蓄積の結果

「司令」


 作戦指令室で忠弥が頭を悩ましているところへ飛天の艦長草鹿中佐が入ってきた。


「補給の件でお話が」

「補給ですか?」

「はい、このところ出撃回数が多く、そろそろ補給しなければ作戦行動が行えません」


 航空機は燃料を消費して空を飛ぶことが出来る。

 だから燃料がなければ、空を飛ぶことが出来ない。

 反復攻撃が可能なのは、予め燃料を備蓄しているからだ。

 一回の攻撃で一機当たり二〇〇キロの燃料弾薬を疾鷹は消費する。

 一個中隊一四機を出撃させる事の出来る飛天は一回の全力出撃で二.八トンの燃料を消費する。

 五回の攻撃なら一四トンもの燃料弾薬を消費する。

 その膨大な物資を全長二〇〇メートルを超す巨大な船体に搭載することが出来るが、航空作戦を行うにはあまりにも少ない。

 激戦だと一日一回以上出撃しそれを数日続けることが地球では当たり前だったが、五回というのはあまりに少ない。

 飛行船というこの時代にしては巨大な搭載力を持つ航空機でも、七〇〇キロの重量を持つ航空機を搭載しつつ運用するには、必要物資の重量が膨大すぎて、現状、五回分の燃料を備蓄するのが限界だった。

 航空技術が低く、小型の飛行機しか開発できないため、運用できているような状況であり技術的な限界でもあった。

 むしろ戦力出撃五回分もの備蓄を行える事が奇跡としか言い様がなかった。

 補給用の飛行船から空中給油――船体下部から下方の飛行船にホースを下ろし、燃料を流し落とすという原始的な方法で補給は可能である。

 しかし、燃料弾量以外にもパイロットの食料や生活必需品が必要であり、補充する必要がある。

 補給用飛行船から受け取ることは出来るが、燃料に比べて難易度が高い上に、量が少ない。

 なので海上の船舶から補給を受ける事になっていた。

 飛行船用の係留塔を装備する商船改造の飛行船母艦が派遣されており、補給を受けられる事になっている。


「もう少しとどまれない? 燃料も食料も切り詰めれば」

「そうはいかないよ」


 昴の提案を忠弥は却下した。

 補給以外にもパイロット及び乗員の疲労という点を無視できない。

 飛行船という容積も重量も制限される空間はストレスを溜めやすい。

 連続した機動作戦で休む暇のない乗員やパイロットそして整備員は疲れている。

 人数も制限される飛行船は一人当たりの作業量も多く、このままでは疲労で事故が起こりかねない。

 昴が苛立っているところから見ても、限界だと忠弥は判断した。


「作戦中断。補給と休養を行う」


 その時、突然激しい風が吹いた。

 このあたりの土地では、地形の関係から気まぐれに強風が吹くとされている。

 それが忠弥達の飛行船団を襲った。

 巨大な飛天の船体も珍しく揺れた。巨体故にボールペンを立てたまま十数時間も倒れなかった程、安定性に優れた船体だがそれでも揺れた。


「結構激しかったな。他の艦は大丈夫か?」


 心配になった忠弥は、外に出てブリッジに向かった。


「地上で補給作業中の補給用飛行船丹頂が風に煽られ倒立しています!」


 ブリッジに入ると見張り員の悲鳴が上がった。

 窓に張り付くと、一隻がまるで風船のように艦尾を天に向けて立っていた。

 地上では残った一本のロープで飛行船を固定しようと地上要員が集まっている。


「だ、大丈夫?」

「かなり拙いな」


 いきなり通路が落とし穴になったような物だ、乗員の中には落下したり、移動した貨物に潰されている可能性もある。


「立て直しは難しいな」


 荷物が前に移動したことで、重心が前寄りになり、後ろが軽くなって仕舞っているだろう。重量物を後ろに持って行かないと、バランスがとれないが、垂直に立ち上がった状態では荷物を運び込むのは不可能だ。


「ゆっくり水素を放出して艦尾を下げろ」


 浮力である水素ガスを抜けばゆっくりとさがることが出来る。

 しかし、完全に倒立状態のため操作ができるかどうか心配だった。


「斑鳩、救援に向かいます!」


 同じく補給用の飛行船斑鳩が倒立した飛行船丹頂の艦尾に接近していた。

 真上に来るとロープを下ろし艦尾に乗り込む。

 ホースも伸ばしているところから見ると、バラスト水を送り込んでいるようだ。

 飛行船には樋があり船体に結露した水滴を集めてタンクに送り込みバラストとして使用できる。

 その一部を斑鳩は丹頂の艦尾バラストタンクに送り込み艦尾を下げようとしていた。

 他の缶のバラストも送り込まれ、艦尾の気嚢から水素ガスの放出も行われ、丹頂は、無事に水平に戻った。


「死者が出なくて幸いだったな」


 事故の報告を受けた忠弥は死者がいなかったことにほっとした。

 負傷者は出ていたが、あれだけの事故で死人が出なかったのは奇跡だった。

 だが、事故原因は係留に使っていたロープの結び方が不十分だったためだ。

 乗員のミスによるものだが、疲労が原因と考えられた。

 忠弥は決断した。

 これ以上の疲労によるミスが拡がれば飛行船団が壊滅する。

 丹頂は倒立したため内部の機器に異常が生じており、修理のため本国に送り返す。

 戦争では敵の攻撃に喪失する船もあるが戦時平時を問わず、事故やミスで失う船も多い。

 もし飛天級飛行船で同じ事が起きれば、例え一隻でも事故で戦闘不能になれば戦力は三分の一になってしまう。


「皆に休んで貰おう」


 母艦に行けば、船とはいえ飛行船より広い休憩用の船室、豊富な食料が与えられ、十分な休息が得られる。

 大急ぎで呼び寄せたために、独行させた結果、一隻が敵の通商破壊艦に拿捕されたのか通信が途絶していたが、あと三隻は飛行船母艦がいるので困りはしていなかった。

 作戦要員を休ませ、リフレッシュさせるためにも作戦の一時中断を決断した。

 全員がほっとしたし、一部は喜んでいた。

 反対していた昴も事故の後では、文句を言わなかった。


「ねえ、忠弥」

「なんだい? 作戦中断は納得しただろう」

「決まったことを蒸し返さないわよ。一つ疑問があって」

「なにが?」

「ベルケはどうやって休息しているのかしら? 向こうも飛行船でしょう。私たちみたいに狭い空間で過ごしているでしょうに」

「……現地の植民地軍に支援する余裕はないだろうね。むしろ彼らに補給と支援を行うために送られているようなものだから。報告を聞く限り、何処も接触していないし攻撃も行っていない。もしかしたら本国に帰っているのかもしれない」


 帝国は連合軍の海上封鎖がされており、ベルケ達は忠弥達と違って船舶からの補給を受けられない。

 高度な支援設備がないため、飛行船の整備を行えるのは、本国のみだ。

 一月以上も作戦行動をしているのだから、大規模な整備が必要になる。

 連合軍への攻撃が無い事もあり一度帝国本国に戻っている可能性は高い。

 だが、忠弥の予想は半分当たり、半分外れていた。

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