第160話 機動戦の本質

「いやあ、助かりました」


 ベルケの襲撃を受けてから数日後、連合軍帝国領南西カルタゴニア攻略部隊の司令官はやってきた忠弥の飛行船を見て感動していた。

 全長二〇〇メートルを超す飛行船は主力戦艦より巨大。

 それも空に浮かんでいる様は、圧巻と言うほかない。

 そして飛行船の中に積まれた戦闘機疾鷹が、襲撃してきた帝国軍のアルバトロス戦闘機を駆逐してくれたのはありがたい。

 南西カルタゴニアで暴れ回っていた帝国軍植民地部隊もここ数日の忠弥の航空機による捜索と空爆によって壊滅しつつある。


「これで安心できます」


 飛行場に並んだ数十機の疾鷹戦闘機を見て司令官は安堵した。


「これだけの機体があればすぐに帝国軍の部隊は見つかり、撃破することが出来るでしょう」


 司令官は飛行船が威圧し戦闘機が乱舞して地上に居る帝国軍を撃破してくれるイメージが頭の中で浮かび必勝の確信を持っていた。


「残念ですが、長居は出来ないでしょう」


 しかし忠弥は水を差すように言った。


「どうしてですか」


 忠弥の言葉に司令官は狼狽した。

 圧倒的な優位を維持したまま攻撃が出来る、軍の司令官にとって夢のような状況が出来ないと言われてしまっては、驚きを通り越して恐怖、負けフラグのように思えてしまう。


「こちらに輸送予定の航空機は置いていきます。しかし、飛行船任務部隊と航空団は、帝国軍に飛行船部隊を追いかけて行くことになります」

「こちらに来る途中で飛行船団を攻撃した連中ですね。しかし、連中の攻撃は撃退されたと聞いておりますが。またやってきたとしても返り討ちでしょう」

「残念ながら、敵の指揮官と推定されるベルケは、それほど甘くありません」

「かかってくると言うのなら撃退してやりましょう。我々は協力を惜しみません」

「いえ、そのような事、ここを攻撃してくることは無いでしょう。ですがベルケは攻撃の手を休めません」

「? どういう意味でしょう」

「緊急電が入りました!」


 飛天の通信員が電文を持って忠弥の元に駆け込んできた。


「帝国東カルタゴニア領を攻撃してた味方部隊が航空攻撃を受けて壊滅しました!」

「やっぱりね」


 驚く司令官に対して忠弥は予想していたため冷静だった。

 迅速な移動が可能な打撃部隊を持っているのなら、自分が優位な地点へ移動して圧倒的な戦果を上げれば良い。

 有力な敵を相手に戦うのは、外聞が良いしロマンがある。

 しかし損害は膨れ上がり、戦果を得にくい。

 勝てる戦場で勝つ事をベルケは選び実行していた。

 真っ正面から戦ってくれる事を忠弥は望んでいた。

 だが、ベルケは誘いに乗らず、将として指揮官として連合軍の不利な点を突いてきた。


「このようなわけですので、我々はベルケの飛行船部隊を撃破するために向かいます。明日、いえ今日中には出発します」

「我々はどうなるのですか」

「予定通り、輸送用の飛行船が持ってきた疾鷹の単座四機と複座四機を置いていくので、それで地上の敵を見つけて攻撃してください」

「そんな少数で対応できるのですか」

「ベルケが立ち去った今、目の前の植民地軍の航空戦力は殆ど無いでしょう。むしろ戦力を集中するためベルケは自分の元に航空機を集中させているはず。余分な航空機を置いているはずがありません。それに間もなく航空部隊を積んだ輸送船が到着予定です。十分に活躍できるはずです」

「もし、ベルケが飛行船と戦闘機を率いて戻ってきたらどうするのですか」

「その時は、我々が駆けつけるまで航空機を失わないよう耐えてください。ベルケを引きつけてくれれば、その背後を我々が撃つことが出来ます」

「どうやって耐えろというのだね」

「飛行場をいくつか作って分散配置してください。被害を少なくすれば勝ち目はあります」

「少数の帝国軍相手に耐えなければならないとは」

「特定の状況において航空戦力では向こうが圧倒的です」


 航空機の有無で戦局が大きく作用されるのが、この時期のカルタゴニア大陸方面の特徴だった。

 生産力が低く人口も少ない広大な大地では戦線を作る事が出来ず、自ずと複数の独立部隊を作り互いに側背に回り込もうとする機動戦がメインとなった。

 敵より優位に立つためには敵の情報、兵力、進路、陣形などは勿論、位置、敵が存在するかどうかという基本情報さえ死活問題となり勝敗を左右する。

 機動力があり高所から偵察できる航空機はまさに必要な存在であり、少数でも航空戦力を持って優勢を確保した側が勝っていた。


「敵の中心戦力であるベルケの飛行船を撃破しに向かいます。それでは」

「待ち給え、ここから離れる事は許さんぞ」

「残念ですが、私は皇国空軍の所属で、自由行動を許されています。ベルケを撃破するために出撃します」


 忠弥はそう言うと、司令官の罵声を浴びつつ飛び去っていった。


「フォローしなくて良いの?」


 見苦しいほど取り乱している司令官を見ながらも昴は尋ねる。


「今、帝国の主力戦力はベルケだ。ベルケを撃破すればここの戦線は有利になる。ベルケを追いかける」

「今度こそ決着が付くのね」

「だと良いけど」


 戦いの予感にウズウズする昴に対して、忠弥は期待薄という反応を見せた。

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