第156話 カルタゴニア大陸のベルケ

「西領に置いて来た航空部隊が壊滅した?」

「はい、連合軍の戦闘機部隊の攻撃を受けて全滅したとの報告です」


 南西領に設けた仮設野外飛行場に滞在していたベルケは、エーペンシュタインの報告に驚いた。

 信じられず着信したばかりの電信文を受け取り、再び衝撃を受ける。

 だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻して分析を始める。


「現れたのは戦闘機で間違いないのだな」

「確かです」


 エーペンシュタインに言われてベルケは現実を改めて再認識した。

 偵察機ではなく、その偵察機を撃墜するための戦闘機は連合軍にはこれまで配備されていない。

 西領に置いてきた航空部隊のパイロットは実戦経験も豊富であり、航空機を見間違うはずがない。

 油断して奇襲を受けて全滅する失敗を犯したが、報告を偽るような人物でもないことはベルケが一番よく知っている。

 派遣する部隊の人選はベルケ自身が行ったのだから当然だった。

 西領に置いてきた部隊が壊滅した為、新たな増援か彼らを収容する部隊を派遣する必要が出てきて頭痛の種になる。

 だが一番の問題はそこではなかった。


「連合軍に新たな戦闘機部隊を派遣されたようですね」

「だが動きが速すぎる」


 派遣された航空部隊が壊滅すれば連合軍は増援部隊を送り込むのは織り込み済みだ。

 だが、新たな航空部隊を派遣するには準備や船舶による移動、現地での立ち上げなどで二ヶ月、最短でも一ヶ月はかかると考えていた。

 特に船で輸送するには船の足が遅いこともあり、カルタゴニア大陸が遠いこともあって時間が掛かる――、船の移動だけで一ヶ月程度は掛かるとベルケは読んでいた。

 自分たちが西領を攻める連合軍航空部隊を殲滅してから一週間で新たな増援が来るなど想定外だった。


「連合軍の増援部隊がタイミング悪く送られてきたのでは?」

「それは違うだろうな。連合軍にそんな余裕はない」


 旧大陸の前線は消耗戦に陥っており、航空部隊も例外ではない。

 前線に航空機は一機でも欲しがっているだろうから、主戦線から離れた植民地へ航空機を派遣するのは少数に止めたいはず。

 そもそも優勢であったのに、増援を送る必要はない。

 捜索のための偵察機ならともかく、戦闘機を送り込むなどあり得ない。


「第一、早すぎる」


 圧倒的な国力を見せつける連合国なら戦闘機をいずれ送り込んでくるだろう。

 だが、いくら連合国でも一週間ほどで飛行機を、それもなんの設備もない辺境に送り込み運用することなど出来ない。


「……連合も飛行船で持ってきたか」

「まさか」

「自分が出来るのに、相手も出来ないと考えるのは愚かだエーペンシュタイン。事に戦争ではな。しかも相手は我々よりも遙かに上手だ」


 前人未踏の峰に最初に立ったこともあるエーペンシュタインにベルケは忠告し、自分たちが乗ってきた飛行船を見て言った。

 帝国軍カルタゴニア級飛行船。

 全長二〇〇メートルを超す巨大な船体にアルバトロス戦闘機一二機を分解せずに搭載し輸送することが出来る。

 予備として分解状態の戦闘機を二機搭載しているが、念のためだ。

 このカルタゴニア級飛行船によって帝国は植民地の飛行場の適地に派遣し、戦闘機を下ろし発進させる事が出来る。

 平野の多いカルタゴニア大陸で運用するのに、もってこいの飛行船だった。

 カルタゴニア大陸各地の飛行場適地に降下して戦闘機を下ろし発進させるのがこの飛行船の運用思想だった。

 飛行船内部には燃料や弾薬そして爆弾までも搭載しており、繰り返し出撃させる事が出来る。

 カルタゴニア大陸帝国西領で連合軍を殲滅したのもベルケ達、カルタゴニア級飛行船に乗った戦闘機隊による戦果だった。

 他にも補給用の飛行船がいて予備の燃料弾薬と分解した戦闘機を数機搭載している。

 燃料を補給したり、故障機が出ても組み立てて供給したり、各地の植民地軍に配備する事が出来る。

一番大きな特徴は機動力で、十数機の戦闘機を格納したまま時速百キロ近いスピードで移動できることだ。

 本国から出撃し、数日で帝国領西カルタゴニアに到着し、連合軍航空戦力を壊滅させると、すぐに南西領へ移動。この地の航空戦力を壊滅させつつあった。

 事態を重く見た連合軍は主戦線である旧大陸から航空戦力を分離させ、カルタゴニア大陸へ送り込むだろう。

 そして主戦線の連合軍航空部隊が減って帝国軍航空部隊が優勢になる。

 それがベルケ達と帝国軍上層部の思惑だった。


「そうなると不味いですね。我々のプランが達成困難になります」


 結果的に連合軍の航空戦力を引き抜くことに成功したが、あまりにも早すぎる。しかも、自分たちと同じ移動速度を持つ飛行船による輸送能力と機動力を持っている。

 主戦線を立て直す時間を得るため、他の連合軍戦力を引き抜くため植民地軍にはしばらくは持ちこたえて欲しいが、連合軍航空部隊の進出が早過ぎて劣勢に陥っている。

 しかも相手が自分たちと同じように飛行船で追いかけてきているのでは、いずれ自分たちも追いつかれてしまう。


「確かにな」


 エーペンシュタインの意見にベルケは同意した。


「しかし、好機でもある」


 だが、その顔は困難に直面しつつも楽しんでいるように見えた。


「地図を」


 テーブルの上に地図が広げられ、西領と南西領の間を定規で計る。


「飛行船の速度を我々と同じと推定すると、明後日の朝には南西領の沿岸に到達するな」

「いかが致します?」

「決まっているだろう」


 疑問形で尋ねたエーペンシュタインだった、その声は闘争心に溢れて弾んでいる。

 答えるベルケの抑揚も同じだった。


「我が戦闘機部隊の全力を持って迎撃する。移動準備」

「しかし、我々は見つかり易い存在です」


 エーペンシュタインは自分たちが乗ってきた飛行船カルタゴニアを見て言った。

 戦闘機を多数搭載できる大型飛行船で、非常に使い勝手の良い戦力だ。

 ただ欠点としては、戦闘機が離陸できる適地がなければ、搭載した航空機が発進できないこと――いくら大型の飛行船でも飛行機の滑走路を作るのは当時の技術では無理であり地上に降ろして飛ばすしかなかった。

 そして飛行船の大きさ故に敵に見つかりやすいことだ。

 重要な戦力であり、移動基地である飛行船を危険にさらすことを、エーペンシュタインは危惧していた。

 だがベルケは事も無く言った。


「大丈夫だ。我々の母船である飛行船は発見されることはない」

「どうしてでしょうか」

「エーペンシュタイン、君は戦闘機乗りとしても登山家としても優秀だ。だが、気象に関する知識は心得ておくべきだ」


 目を点にするエーペンシュタインにベルケは不敵に言った。

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