第155話 飛行船機動任務部隊

 航空機など配備していない帝国植民地軍を相手にしていた連合軍は完全に空への警戒と対策を怠っていた。

 最初の奇襲で、航空機を破壊された上、地上部隊の奇襲を受け、西領へ侵攻していた連合軍部隊は壊滅し、敗退した。

 その後も各地で襲撃は続き、植民地軍を捜索している連合軍航空機を次々と撃墜されたために連合軍は捜索手段を奪われ、追跡に失敗し港まで撤退する羽目になった。

 なんとか立て直しを図ろうとしている連合軍だが、一番の問題は植民地にどうして帝国軍の戦闘機がいるかということだった。

 元々帝国軍航空部隊の予算は少なく開戦時に航空機が帝国植民地に配備されていないことを連合軍は確認済みだった。

 もし開戦前に配備されていたとしても、今まで使われなかった事が不思議だった。

 疑問に思った連合軍は忠弥に意見を求めた。


「開戦後に航空機を運び込んだのでしょう」


 海上封鎖も万全では無く、中立国の商船に偽装して封鎖を突破する封鎖突破船がいて帝国は海外の中立国と軍需物資を貿易したり、通商破壊艦への補給を行っていた。

 そのうちの一隻が飛行機を密かに送り込んだと考えられた。

 状況を打開するべく、帝国軍戦闘機部隊を植民地から排除するため、連合軍は直ちに新たな航空戦力の投入を決定した。

 しかし、植民地に送り込むには時間がかかりすぎる。

 そこで白羽の矢が立ったのが皇国空軍が建造していた飛行船飛天だった。

 開戦前から建造されていた飛天がようやく完成し、訓練を迅速に終了させた。すべては初出撃で帝国軍の戦闘機部隊を撃破するためであり、忠弥率いる新型戦闘機部隊を乗せて向かわせていた。

 完成した飛天と同型の越天、回天の三隻にも航空機を搭載し運び込もうとしていた。

 他にも偵察用として少し小型の飛行船雄飛型を四隻、補給用に搭載力のある斑鳩型飛行船六隻を用意。

 これらの飛行船に合計数十機の飛行機を乗せて忠弥を指揮官とする飛行船機動任務部隊を編成し送り込んだ。

 任務部隊の最初の目的地は最初に帝国軍の航空機が出現した帝国領西カルタゴニアだ。

 植民地獲得競争に遅れを取った帝国は、各国の手が及んでいない土地に探検隊と開拓団を送り込んでいた。

 そのため、植民地の間には他国領があり、大陸各地に点在していた。

 カルタゴニア大陸における帝国植民地は大きく分けて西、南西、南東、東にまとまっている。

 西の植民地領は旧大陸に一番近く、出現しやすいだろうし、忠弥達も行きやすかった。


「緊急報告です」


 通信員が艦橋に飛び込んできた。


「南西領を攻撃していた部隊が航空攻撃を受けました!」


 これから向かう西領より更に南にある植民地に航空戦力が現れた事に艦橋内は動揺する。


「被害状況は分かるか?」


 だが忠弥は冷静に尋ねた。


「はい、後方の補給基地が突如空襲を受けて混乱。三派にわたる攻撃で守備隊が壊滅したところを地上部隊に襲撃されました。救援部隊は航空機の妨害によって遅れ到着したときには、壊滅していたそうです」

「航空機の偵察と警戒で動きやすくしていたようですね」


 少数の機体しか無いとは言え、最大限に航空機を活用した作戦だった。

 空から偵察し、弱点を見つけ、奇襲し、救援部隊を警戒し、追撃を妨害して撤退。

 見事な航空作戦だ。


「どうするの忠弥?」


 副官として参加している昴がブリッジに下りてきて尋ねた。


「ベルケが関わっているでしょうね」

「同感だ」


 これほど鮮やかな手際はベルケ以外にいない。

 航空作戦は旧大陸で行われているが、遠隔地で初手から見事に作戦を行えるのはベルケ以外に知らない。

 だから忠弥は慎重に考え、決断した。


「南西領に向かいましょう」

「西領は良いのですか?」


 当初の目的地である西領へ向かわないことに艦長である草鹿中佐は怪訝に感じた。


「通信、西領の襲撃状態はどうですか? 少なくとも我々が出撃してからは帝国側の航空機の襲撃は無かったはずですが」

「はい、偵察機の接触はありますが、戦闘機の襲撃はないようです」

「それがどうしたの?」


 昴は疑問を口にし、忠弥は答えた。


「再度の襲撃がないのがおかしい。僕だったら大規模な襲撃を繰り返し行う。そもそも航空機は拠点から移動し辛いからね」


 飛行機は空を自由に飛べるように見えるが違う。

 拠点となる飛行場から離れる事は難しい。補給、整備、気象情報などの支援が必要であり、それらが無ければ飛べない。

 最悪の場合、整備不良や突然の天候不良で墜落してしまう。

 一度拠点を設けたらそこから、何度も活動するのが自然だ。


「運び込んだ物資が尽きたことも考えられるけど、襲撃期間が数日間だけというのが気になる」


 今の飛行機は最大で重さ二〇〇キロぐらいの消耗品を一回の飛行で消耗する。

 一日三回出撃したとしても、六〇〇キロ、一週間なら四.二トン。

 正確な数字は分からないが帝国軍の活動している戦闘機は二〇機ほどだから八四トン前後の物資だ。

 膨大な量に見えるが、平均的な外洋を航行する貨物船は二〇〇〇トンほど。航空機は一トンの重さもないので、支援要員の装備や食料を考えても、航空部隊の活動の期間が短すぎる。

 上陸時の輸送の手間がかかり少ない量しか運び込めなかった事も考えられるが、それにしては襲撃した航空機の規模が大きすぎる。


「南西領での動きが気になります。直ちに向かいましょう」

「西領はどうするのですか?」


 草鹿中佐が尋ねてきた。

 西領を攻略中の連合軍は、航空機を軒並み撃墜された上、帝国軍の偵察機の接触を受けて追撃部隊の情報がダダ漏れとなり、敵部隊を捕捉するどころか、逆撃に遭っていた。

 忠弥の航空部隊の到着を一日千秋の思いで待っているのだ。


「陣形を広げ、偵察機を捜索しながら進みます。輸送用飛行船に乗せている増派予定の偵察機と戦闘機を予定通り下ろして彼らの増援にしましょう。ですが本隊、任務部隊航空団の航空機は割きません。このまま南西領へ向かいます」

「敵戦闘機と戦わないの?」


 元々お転婆で負けず嫌いな性格だが、飛行機や戦闘機に乗るようになって更に闘争心に磨きがかかっているのか昴が好戦的な意見を言う。


「西領を攻めている連合軍は港町へ撤退しているからね。敵機はその周辺に居るはずだ。行きがけに攻撃して撃破出来るよ。これには任務部隊航空団も参加する。いや、後顧の憂いを断つために、全力で潰す。それから南西領へ向かう」

「いいわね」


 昴は納得してにんまりと笑った。

 接触できなくても南西領へ向かうつもりだったのだが、撃墜するまで留まると言いかねず忠弥は少し悩む。


「手練の一撃を加えれば残心することなく退くべし。古来の剣術に通じるものがありますな」


 草鹿中佐も同意、いや乗り気になっている。

 万が一、西領で敵と接触できなかったら、二人は忠弥の方針に反発しかねないと懸念する。

 だが、その時はその時だと忠弥は諦めて命じた。


「というわけで艦長。各艦に連絡を」

「了解、各艦に伝えます」


 飛天から各艦に弱出力無線電話と発光信号で伝えられ、飛行船団は南西領に向かって飛行を続けた。

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