第151話 若宮撃沈

「随伴駆逐艦! 前に出ます!」


 若宮の側で護衛をしていた駆逐艦が前に出て行った。

 この世界に水雷艇が現れた時、そのあまりの高速に対処できる軍艦が無かった。そのため王国海軍は戦艦及び巡洋艦を水雷艇から守るため、水雷艇を撃退する水雷艇駆逐艦という軍艦を作り出した。

 水雷艇を撃退できる上、魚雷も撃てる、外洋でも航行出来るほど大型化、だが巡洋艦ほど大きくないため使い勝手が良く建造費も安め。

 そのため駆逐艦と省略され、海軍の中で数の主力として活躍している。

 多機能性が故に護衛にも最適で若宮の護衛に二隻の駆逐艦が付いていた。

 駆逐艦は搭載した砲火を水雷艇へ向る。

 だが、水雷艇はなおも突撃を敢行し、若宮へ接近する。

 そして、若宮を舳先に捉えると、魚雷を発射した。


「敵艦魚雷発射! 雷数二! 左前方より本艦に向かってくる!」

「取り舵一杯!」


 見張りの悲鳴のような報告を受けて艦長は転舵して回避する。

 適切な回避により、魚雷は若宮の右側を通り過ぎるだけで済んだ。

 だが、これは罠だった。


「至近距離に魚雷艇! 左舷より魚雷発射!」

「なにっ」


 回避した先に魚雷艇が待ち構えていた。

 魚雷に意識が集中して魚雷艇を見落としていた。

 魚雷艇は駆逐艦の砲火をかいくぐり、すり抜け若宮に接近。

 脇腹を見せた若宮に魚雷艇が船体中央部に乗せた魚雷が放たれ、若宮に向かって行く。

 至近距離から放たれた魚雷は若宮に命中し、二本の水柱を上げた。


「前部倉庫に命中! 浸水発生!」

「機関室浸水! ボイラーの火が落ちました」

「速力急速低下! まもなく停止します!」


 乗員が次々と絶望的な報告を上げていく。

 若宮は元々商船のため、浸水を防ぐ隔壁が少ない。

 しかも機関が停止したら動くことも出来ない。


「総員退艦! 駆逐艦に収容を要請しろ!」


 艦長は命じた。

 敵魚雷艇は任務を果たしたからか、魚雷を撃ち尽くしたからか、おそらく両方の理由で離脱していった。

 ベルケの機体も、飛行機の方が余計に燃料がシビアであり、早々に空域を離脱していた。

 だが敵の援軍が来る前に乗員を駆逐艦に移乗させないと危険だ。


「艦長、水上機の発艦用意を予備機があったはず」

「この状況で何を言っているんですか!」


 敵がいない状況で乗員を移乗させる必要があるのに飛行機の心配をしている場合では無かった。

 だが忠弥は必死だったし、すべきことがあると考えていた。


「この状況だからです。幸い前後に魚雷を受けゆっくりと沈んでいます。艦を水平に沈めれば自然と水上機を海面に浮かべ、そのまま発進できる。飛行船基地への攻撃が出来ます」

「敵の水雷艇が来たんです。敵艦隊も出てくるのです。ここでの収容はほぼ不可能です」

「大丈夫ですよなんとかしますから。それより、王国本土への爆撃を阻止するのが重要です」

「……分かりました。応急員! 前後の浸水を等分にして水平に艦を沈めろ! 航空要員予備機発進用意!」


 若宮艦長は命じた。

 乗員はおかしな命令に戸惑ったが任務を果たし若宮は静かに水平に沈んだ。

 甲板に海水が入り混み水上機は徐々に海に浮かび上がる。

 そして船体が海面に没すると待機していたカッター引っ張られて大海原へ進み出した。


「機体異常ありません!」


 フロートの上に乗った整備員が報告する。


「ありがとう」


 忠弥は感謝の言葉を伝える。そしてパイロット席に乗り込むが、後ろの席に座った昴に言う。


「降りるんだ」

「降りない!」


 眉間にしわを寄せ眉を吊り上げて昴は断固として断った。

 下ろしたかったが、言葉が見つからず忠弥の方が折れた。


「行くよ」

「ええ」


 忠弥が認めると昴の声が幾分か和らいだ。


「回せ!」


 整備員がフロートの上でプロペラを回す。圧縮が出るとタイミング良く忠弥はエンジンを始動した。


「暖気よし。快調だありがとう。君たちは駆逐艦に乗り込んですぐに離脱しろ。僕たちに構うな」

「了解しました。それでは、ご武運を祈ります!」


 フロートの上に乗った艦長以下、整備員達は見事な敬礼を行った後、回れ右をして一斉に綺麗なフォームで海に飛び込んだ。


「発進する!」


 忠弥はスロットルを前に押してエンジン出力を上げる。

 機体は徐々に加速して行く。

 フロートの抵抗と爆弾の重量のため遅いが確実に加速していた。

 やがて離水速度に達して忠弥の乗った飛行機は海面から飛び上がり、まっすぐ飛行船基地へ向かっていった。




「忠弥、大丈夫なの?」


 離水した後、昴は忠弥に尋ねた。


「今更怖じ気づいた? 今なら駆逐艦に引き返して乗せて貰えるよ」


 駆逐艦には若宮の乗員を収容したら、忠弥達を待つこと無く、直ちに離脱するように命じてある。

 整備員達を収容するためにまだ留まっているはず。

 無事に帰ることが出来るだろう。

 忠弥は別の手立てを用意しており、帰還することは出来る。だが、綱渡りのような歩言う砲であり成功の保証はない。

 昴が怖じ気づいたとしても仕方ないし、帰らせる事も出来る。

 自然とスロットルを戻し、機速を落とした。


「違う。そうじゃなくて」


 機速が落ちたことに昴は慌てて、説明した。


「確かに怖いわよ。体当たりした後の夜、自分が行ったことに恐怖を覚えて震えたわ」

「なら尚更」

「そうじゃなくて!」


 昴は忠弥に尋ねた。


「何で忠弥は平気なの? 何度も失敗しても起ち上がって前に進めるの? それも死の危険があるのにどうして進めるの」


 昴の真剣な問いに忠弥は少し考えてから答えた。


「コレが正しいと思っているからだけど、逃げても同じだから」

「いつかやらなきゃいけないって事?」

「いや、そうじゃなくて」


 忠弥は言葉を選びながら答えた。


「逃げたとしても、また戻ってきちゃうんだよ。飛行機の世界に。そしたらまた同じ事をやるから。例え失敗してふてくされても、暫くしたらまた始めちゃうんだよ」


 前の世界で飛行機の世界に憧れながらも、コロナにやられて命を落とした忠弥。

 転生しても空への夢は諦めきれず、模型飛行機を作りながら機会を待った。

 そして昴と出会って、チャンスを見つけてひたすら前に進んだ。

 途中で挫折もあったが、結局空への夢を諦めきれず、戻ってきてしまう。


「これはもう僕の性だ。結局逃げても逃げなくても同じなんだよ。先伸ばしても、後になってまた飛びたくなって戻ってきてしまう。結局、先にしても後にしても同じなら今やってしまおう、やっちゃおうと思うんだよ」


 忠弥の言葉を昴は黙って聞いた。


「……分かったわ。それならあたしも付いていく。貴方が真っ直ぐ進めるように星になって上げる」

「迷っていたのに?」

「私は昴よ。夜空に輝く星の名を持っているのよ。その星のように道を示す輝きになって上げるわ。だから真っ直ぐ進みなさい」

「心強いよ」


 忠弥はスロットルを入れ直して、速力を上げた。

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