第141話 晩餐会とダンスパーティー

「空のお話を聞かせてください」


 叙勲の後は、それを祝う晩餐会だった。

 パートナー役が予め決められており、案の定というか、忠弥のパートナーはメアリで、昴のパートナーはメアリの兄である王太子ヘンリー王子だった。

 パートナーとゲストは隣同士の席に着き、おもてなしするのだが、メアリは積極的に忠弥に話しかけてきていた。

 かつての碧子のように好奇心一杯に尋ねてくる。


「どうして空を飛ぶのですか?」

「翼に風を受けると上に向かう揚力が発生するからです」

「自由自在に飛ぶのに、どうして相手の飛行機を落とせるのですか?」

「できる限り近づいて攻撃するからです」


 ただ空の話をするのが忠弥は隙なので聞かれたことは、食事もそっちのけで丁寧に答える。

 戦時下故に食材は限られているが、王国最高の料理人達が作り上げているだけあって、どの料理も美味なのだ。

 協力してくれるニワトリ艦隊が提供してくれたタラもスモークされ、ソースをかけられて美味しく出来ている。

 しかし美食そっちのけでメアリは忠弥に空の話をせがむ。


「……」


 それが余計に昴には気に食わなかった。


「昴さん、空の話を聞かせてください。出来れば私も飛べるように指導して頂けると嬉しいのですが」


 一方、忠弥とメアリの同じテーブルの反対側では昴のパートナー役の王太子ヘンリーが、軽い口調で昴に話しかけている。

 王太子は昔から新聞のトップを飾るほど美男子のためプレイボーイで有名で多くの女性と浮名を流している。派手な女性遍歴から「プリンスチャーミング」と表される程だ。

 ただ、王太子として、王国の一員として役に立とうという義務感は人一倍であり、戦争が始まった時は近衛連隊と共に戦場へ行くことを連隊長に嘆願した。だが、陸軍大臣が「万が一、王太子が捕虜になった場合、王国が受ける損害は計り知れない」として、拒否している。

 代わりに、王族の一員として幾度も前線へ慰問に行っている。

 気さくに一兵卒にさえ話しかけるため、兵士達からの人気は高い。しかし、本人は前線に出られないことが苦痛であり、慰問の功績で勲章を受けた際も、

「戦わず、命の危険も無い場所にいただけの私はこれを付けるに値しないし、恥ずべき事だ。これを付ける相応しい勇士が大勢いるというのに、これを付けて彼らの前に出るのは苦痛だ」

 と述べているほどだ。

 そのため、このときの王太子は多大なストレスが溜まっており、女性を物色していた。

 特に昴は女性のみでありながら女性初の有人動力飛行に成功し、この戦争でも優秀な戦闘機パイロットとして敵機を撃墜し、飛行船も撃墜して勲章を授与された英雄と言って良い存在であり、王太子の興味は尽きなかった。

 だから、話しかけるのだが、昴は適当に相づちを打つだけで、相手にしていなかった。

 ただ、忠弥の方も気が気でなかった。

 積極的に昴に話しかけてくる王太子が、男の忠弥からしても魅力的で、王太子に昴がなびくのではないかと、気が気ではなかった。




 晩餐会が終わると、続いて会場を移してダンスパーティーとなった。

 パートナー役と共にホールで踊ることになる。


「あっ失礼」

「落ち着いてください」


 足を踏んでしまった忠弥が謝ると、メアリは朗らかに流して指導する。


「丁寧にゆっくりとすれば良いのですよ。そう、右足を右前に出して、そうしたら左足を右足の横へ」


 空のことなら誰にも負けない知識と腕を持っている忠弥だったが、ダンスの技術など持ち合わせていない。

 そのため、必死にメアリの指導を聞いていた。

 本来ダンスは男性がリードするもので、女性であるメアリに指導され動くのは滑稽だが、互いに十代前半と言うこともあり、微笑ましかった。


「……」


 一方、昴は華やかなのが好きで、父親の趣味もあって早い内からダンスを習っていたし、皇国での晩餐会やダンスパーティーにも出ていたので、腕は上だった。

 ただ、このときの昴の動きは優雅だが早く、時に荒々しく見えるほどだ。


「ほほう、なかなかの腕前で」


 だが、社交界を渡り歩いた王太子のダンスの腕も良く、むしろ積極的に踊ろうとしているようで昴を好ましく思っていた。


「ならば、今宵は心行くまで踊りましょう」


 王太子は、昴の更に上を行くスピードで踊り始める。

 突然のスピードアップに昴は戸惑ったが、空戦で鍛えられた身体能力を発揮して、王太子の動きに付いていった。

 二人の踊りは、果断な動きで荒々しいが、動作の最後がキレよく美しく止まるため、その姿は彫像のようで見応えがある。

 そのため二人は会場の注目を浴びた。

 しかし、荒々しい動作の為、動きが大きく、忠弥とメアリのペアにぶつかってしまった。


「あっ」


 昴と王太子の勢いがあったため、忠弥とメアリは転倒してしまう。


「あら、失礼。けどよそ見をしすぎでは?」


 倒れた忠弥に、昴が敬語で話しかける。


「……棘があるね」

「そうかしら? 普通だけど」


 忠弥にも昴が不機嫌なのは眉に皺が寄っているので理解している。しかし公式な晩餐会とダンスパーティーなので、不機嫌になるのは勘弁して欲しかった。


「申し訳ございません、お二方。私もヘンリーも疲れてしまったので、交代していただけないでしょうか?」


 二人の様子を見ていたメアリが、頼み込む。


「え、でも」

「お願いします」


 渋る昴にメアリが言った瞬間、次の曲が始まり、メアリ達は壁際に下がっていく。


「じゃあ、始めましょうか」

「そうしようか、あ、それと」

「分かっている、教えるから」


 昴は忠弥をリードしながら踊り始めた。


「本当に、不器用ね。空だとあんなに俊敏で綺麗な動きをするのに」

「仕方ないだろう」


 何度も忠弥に足を踏まれて昴は呆れ、忠弥は恥ずかしがる。


「大丈夫よ。ほら、私の動きに合わせて。動きやすいところに足を運んで」


 昴に少し引っ張られ、動かし、足を運んで行く。一寸強引だが、こちらの動きに合わせてくれているのが分かる。

 それでいて様になっているようで、周りも注目している。


「さすがだね」

「当然よ。私は昴よ。夜空に輝く星、人を導く星よ。ダンスのリードぐらい、簡単よ」


 幾度も忠弥を助けてくれた昴。このときも助けてくれたことに忠弥は感謝した。


「うん?」


 曲が中盤に入ったとき、忠弥は外におかしな物体を発見した。


「どうしたの?」


 忠弥の動きを不審に思い昴は動きを止め、同じ方向を見た。

 雲にしては、整った形で、高度が低いのか町の灯りに照らされている。


「何よあれ」


 昴の疑問に、必死に目をこらして形状を把握し間違いが無いことを確認した忠弥は顔面を蒼白にして叫んだ。


「帝国の飛行船だ!」

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