第130話 初の飛行船迎撃戦

 その日飛行船を最初に見つけたのは、ニワトリ艦隊だった。

 勿論正規の艦隊ではなく沿岸を漁場とする漁船団に与えられた、周辺住民が勝手に名付けた、あだ名だ。

 ニワトリのように密集し、彼らの船が使用する焼き玉機関――シリンダー上部に付けられた焼き玉と呼ばれる箇所を過熱させ燃料を噴射して燃焼させる機関で、ポンポンと音を立てることからポンポン蒸気とも呼ばれる。

 その独特の動きと機関音から陸の人間にニワトリ艦隊と呼ばれていたのだ。

 戦争になっても、むしろ食糧増産のためより多くの魚を求められ漁場へ出漁していた。

 忠弥が目に付けたのは彼らだった。

 彼らの何隻かに無線機を搭載させ定められた地点で哨戒させることにしたのだ。

 陸地に近づいてくる前に撃墜する必要があるから海上で早期発見するために彼らの力が必要だった。

 王国の為になるのなら、と彼らは快諾し、あっという間に必要数を満たしてしまった。

 それどころか何故らべれ無いんだと怒る人も居たし、自主的に哨戒に出る人も居た。

 そのため食料調達の担当役人は漁獲量が減ってしまうと嘆いてしまった程だ。


「哨戒点F34地点より報告! 飛行船発見。進路西、速力四〇ノット、高度五〇〇」


 四〇ノット――七二キロで移動中。

 飛行機より遅いとはいえ、海軍で最速の駆逐艦でさえ三五ノット出せるかどうかの時代に空中を四〇ノット、しかも経済速力で最大速力ではないため、更に早く進めるはずだ。

 そのことを考えると、驚異的な兵器と言える。


「間違いないか」


 ただ、彼らは熱意はあっても素人であり、ちょくちょく誤報を出していた。

 開戦直後に接近する船を軍艦と間違えて王国大艦隊の出動を要請して王国海軍を混乱させた前科があり、報告は眉唾とされた。


「近隣の哨戒点でも同様の報告が入っています」


 哨戒を頼んだ頃は忠弥達も誤報告で出撃し空振りすることに悩まされた。

 しかし、忠弥は飛行船の写真とイラストを志願者に配り、遠距離での敵味方判別テストを頻繁に行った。

 そしてランキングを発表して彼らの競争心と学習意欲を刺激し、ニワトリ艦隊はめきめきと哨戒の腕を上げた。

 その成果が、この日発揮された。


「複数の地点からの報告なら間違いないようだね」


 忠弥は哨戒点と報告された進路を航空図に記入した。

 そして飛行船の進路を予想、王都爆撃と仮定して飛行船の位置と王都までの間に線を引いた。


「出撃する哨戒点C30高度一〇〇〇で待機し待ち伏せする。第一中隊と本部に出撃命令」

「了解!」


 待機していた一個中隊一四機と忠弥が直接指揮する本部小隊四機が離陸していった。

 彼らは予め定められた海岸線の地点に向かい、飛行船を待ち構えた。


「発見!」


 最初に見つけたのは忠弥だった。

 雲の間から、飛行船が見えた。


「アレが飛行船? 小さくない?」

「広い空に比べれば飛行船なんて小さいよ」


 無線で忠弥と昴は行進する。

 小型化したとはいえ無線機は重く体重の軽い二人の乗機にしか積まれていない。

 他の機体は重量の関係で受信のみだ。


「攻撃する。第一中隊、本部と第一小隊が突撃せよ。残りは予備として待機」

「了解!」


 中隊長を務める昴が、僚機と第一小隊四機を引き連れ六機編隊で飛行船へ向かう。


「ほんと、近づくとデカいわね」


 接近すると全長一五〇メートル以上の飛行船の船体は、翼幅九メートル程度の昴達の乗る戦闘機に比べて大きかった。


「その分、当てやすいわね」


 昴は操縦桿を握りしめ前に押して降下、機首を飛行船に合わせた。


「中身は水素だから燃やしやすいわね」


 飛行船の中に詰める機体は空気より軽い気体だ。

 ヘリウムは燃焼しないため安全だが希少で、使用しづらい。

 一方、水を分解するなどして得られる水素は爆発しやすいが、入手しやすく、当時の飛行船に多く使われていた。

 一発当てれば炎上するだろう。


「貰った!」


 飛行船の巨大な船体に向かって銃撃を加えた。

 銃弾は船体に当たり、覆っている布を貫通しただけだった。


「なっ」


 確かに銃弾は命中したのに炎上しなかった。

 昴は飛行船に近づきすぎて衝突を回避するために旋回して距離を置く。

 他の戦闘機も攻撃して確かに命中していたが炎上しない。


「どうして」

「純粋な水素は燃えないよ」


 無線を通じて忠弥は言った。

 火が燃えるには燃料と酸素が必要だ。

 飛行船の船体に詰め込まれているのは純粋水素であり、十分に酸素が混ざっていないため、たとえ発火温度に達していたとしても燃えない。


「なら穴だらけにして燃え易くしてやる」


 穴だらけにしようと再び攻撃位置に付いて銃撃を加える。

 だが、貫通するだけで火を噴く様子はない。


「当たっているのに炎上しないじゃない」

「機銃が小さすぎるからね」


 搭載している機関銃は三〇口径――弾丸の直径がが7.62ミリのタイプだ。

 元々は陸戦で歩兵が使う小銃弾を使って弾幕を張るための機関銃だ。

 有効射程一〇〇〇メートル先の人一人を撃ち殺せれば良い、という考え方で作られた弾と機関銃であり飛行船の船体に小さな穴を開ける程度の威力しかなかった。

 炎上させるには更に時間がかかりそうだった。


「全然効かないじゃない」

「そうでもないよ」


 命中弾が多くなり水素の流出量が増えたためか飛行船の高度が落ち始めていた。


「このまま行けば撃墜できる」


 飛行船も墜落危険に気が付いて旋回を始めた。


「進路を変更しているわ」

「逃げる気だね。水素がなくなる前に基地に戻る気だ」


 水素が全て抜ける前に逃げ帰ろうというのだ。


「その前に落としてやるわ」


 昴は闘志を新たにして攻撃を続行しようとした。

 だが先日訪れた町がいつの間にか近づいていることに気が付いて攻撃を躊躇った。

あのデパートも上空からハッキリ見えた。

 

「もう、流れ弾が当たっちゃうじゃない」


 町の真上を通る飛行船を苛立たしく昴は見つめた。

 そして、飛行船は搭載していた爆弾を落とした。

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