第42話 ダーク氏の飛行
「なんてことだ……」
一方のダーク氏は忠弥の飛行を見て苦虫を噛み潰していた。
忠弥が旋回できたのは、自分の機構を真似したからであり、向かい風に乗って機体が偶然旋回したのだと思っていた。
しかし、今実際にニュース映画と同じ飛行を目の前で行った。
右に旋回し、次いで左へは半周、周り観客の上空を通過してから更に半周して着陸した。
これは偶然では無く、忠弥の飛行機玉虫が旋回を含む操縦性を獲得している証拠だった。
忠弥が指摘した通り、ダーク氏のフライングランナーは旋回が出来ない。
たわみ翼にした尾翼を使って機首を左右に向ける事は出来る。だが、そのまま機体は横滑りしてしまい針路を変えることが出来ない。
それでは忠弥が言うとおり巨大な模型飛行機に人が座っているだけと言える。
その事実に気が付いて、自分の飛行は確かに飛行と呼べるものでは無いのではないか。その疑念が心の中に生まれダーク氏の中を黒く染め上げていく。
自分の功績が数十年の研究が否定される恐怖に駆られたダーク氏はパイロットに駆け寄る。
「何としても旋回させ一周するんだ」
ダーク氏はパイロットの襟首を掴んでに命じた。だが、パイロットはおどおどと答える。
「し、しかし、横滑りするだけで、旋回は無理です。しかも一周なんて」
最初の飛行の時から旋回は不能だと身を以て知っているパイロットは怯えるように小声で言う。
そもそも旋回出来るかどうか試したことがなかった。
「何とかするんだ!」
きつくダーク氏が言うとパイロットを操縦席に乗せた。
「無理ですよ、この機体には私はまだ七回しか乗ったことが無いんですよ」
パイロットがこの機体に初めて乗ったのは、最初の有人動力飛行の時だ。
それまで無人で何度も飛んで一キロを超す飛行に成功していたが、パイロットが機体に乗ったのはその時が初めてだった。
ダーク氏の考えは安定性に優れた模型飛行機を作り完成させる。それを人が乗れるまで大型化して人を乗せれば、有人動力飛行に成功するという仮説に基づくものだった。
そのためパイロットは初めての機体にぶっつけ本番で乗ることとなり、初めての機体に戸惑って一回目は川に墜落した。
忠弥が模型を作った上で、動力無しの実機を作りグライダーとして千回以上も操縦を繰り返し、操縦技術を磨き上げたのと正反対の方針だ。
忠弥が玉虫の初動力飛行で飛ぶことに成功したのも、その前にグライダーとして機体を何時間も操縦していたためだった。
それでもダーク氏は最初の失敗でも諦めず実験を継続し、三回目でようやく成功し人類初の有人動力飛行として宣伝した。
その後も飛行実験を続けたが、忠弥の指摘するように旋回が出来なかった。
そこへ忠弥の人類初の有人動力飛行の報道と旋回する様子が、自由自在に空を飛ぶ様子が収められたニュース映画が流れて来た。
人々は元々科学者にして発明家として名声を得ていたダーク氏は尊大で人から嫌われていた。そのため人々はダーク氏の飛行に疑義を生じていた。
ダーク氏の研究費用を出している議会からも疑問の声が上がっており、一部では資金援助の停止を唱える動きもある。
人類初という名声を守るため、自分への反感を払拭し、地位を安泰にするためにダーク氏は宣伝活動を開始。凱旋ツアーに出たのもそのためだ。
忠弥の飛行が偶然と思っていたこともあり、最初に秋津皇国に来て忠弥の飛行を否定するつもりだった。
しかし、忠弥の飛行は見事で、本当に旋回に成功し、機体を操縦していた。
しかも自分の機体の原理構造とは全く違う機体だ
ここで同じ事が出来なければ自分の機体への疑義が生じ、忠弥に人類初の有人動力飛行の栄誉を奪われてしまう。
だからダーク氏はパイロットに旋回するように命じた。
「あの、ダーク氏」
「何だ!」
声を掛けてきた司会にダーク氏は怒鳴り返した。
「あ、あなたの番になりました。どうぞ飛行を」
「ああ、済まない。すぐに向かおう」
狭まっていた眉を柔らかく広げ、好々爺のような声色でダーク氏は返事をした。
怯えながら戻っていく司会を見送った後、ダーク氏は再びパイロットへ向き直り、般若のような表情で言いつのる
「兎に角、何が何でも旋回させるんだ。いいな!」
「で、ですが」
「良いから行くんだ」
パイロットを追い立てるようにダーク氏はフライングライナーへ追いやる。
そして怯えるパイロットを無理矢理操縦席に座らせ、ベルトを締める、いやパイロットを機体に固縛した。
「いいな! 絶対に旋回させるんだ」
「しかし」
「くどい」
ダーク氏は念入りにパイロットに言い聞かせ、強要する。
「エンジンを回せ!」
作り上げた発射台の上に置かれたフライングランナーのエンジンが始動する。
怪獣の咆哮のようなエンジン音を響かせて回転を上げていく。
「おおっ」
水冷五気筒星形エンジンが今まで聞いたことの無い轟音を響かせ、見ていた観客を圧倒した。
玉虫は四気筒一二馬力しか出せないが、フライングライナーのエンジンは五二馬力。
圧倒的なパワーの差を見せつけ、いや響かせる。
そのパワーを強力な推進力にするプロペラが勢いよく回り、エンジンの振動で機体もビリビリと小刻みに振動する。
「発進準備完了!」
エンジンが規定の回転数に達した事を確認した技師が伝えた。
「発進させる」
「ひいっ」
パイロットは怯えていた、しかしダーク氏の命令は絶対だった。
カタパルトのスイッチはダーク氏の手に握られており、彼の意志は関係なかった。
「発進」
ダーク氏が発信ボタンを押すと同時にフライングランナーは前進。
矢のような加速で飛び出した。
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