第41話 忠弥の飛行
対談で忠弥が実演飛行を提案した翌々日、二人は港の一画で実演を行う事になった。
フライングランナーが安全の為に水上しか飛べないため、港でやるしか無かった。
しかし、休日であったためこの日は多くの皇都民やその周辺の住民のみならず、各地から人が駆けつけた。
観客が集まることを狙って休日の前々日に対談し、翌日ラジオでその旨を放送し人々の興味を駆り立て、当日大勢の人が集まってきた。
人々の関心の高さにダーク氏は満足していた。
「この場で私のフライングライナーが空を飛べることを証明してやる。フライングライナーが飛んでいるところを見れば黄色い猿も誰が世界で最初に飛んだか理解できるだろう」
メイフラワー語でダーク氏は小さく毒づいた。
同時に、忠弥の飛行機、玉虫に目を向ける。
自分のフライングライナーとは違い小さく飛べるとは思えない。
「しかし、小生意気に着陸路を設定するとは」
離陸はフライングライナーと同じくカタパルトを使っているが、玉虫はその横に着陸路を設定していた。
カタパルトから飛び出した後、ぐるりと周りを一周いてカタパルトの脇に着陸すると宣言している。
「ふん、虚仮威しだ」
ダーク氏は決めつけた。
僅か十歳の少年、しかも黄色い猿が空を自由に飛べるわけがない、と確信していた。
多数の技術者が玉虫に集まり各部を点検している。
大人の力を借りているようだが、それでも空を飛ぶことは出来ない。
空を飛ぶには優れた技術が必要であり、先進国のメイフラワー合衆国ならともかく後発国の秋津皇国に出来るわけがない、と決めつけていた。
「最終確認完了!」
整備責任者が忠弥に報告する。
忠弥は頷くと、大声で観衆に伝えた。
「では私から飛行を始めさせて頂きます」
忠弥は飛行服を着て玉虫に乗り込んだ。
三ヶ月ほどの間に成長したためか操縦席は少し窮屈だった。
しかし、何とか操縦席に乗り込んで飛行準備を始める。
「では、発進します!」
忠弥が合図をすると技術者達がプロペラを回す。忠弥はタイミングを合わせてエンジンを点火して勢いよく回す。
アイドリングに入り、エンジン音で正常に作動しているか確認する。軽快でリズミカルな音。
異常は無いので忠弥は腕を上げて発進を合図する。
係員がスイッチを押し、錘が下ろされ軌道の上を台車に乗った玉虫が滑走する。
海から吹く海風を利用するためにレールの方向は海に向かっている
やがて十分な速度を得ると玉虫は海風を翼に掴み空に向かって飛び出した。
『おおおおおっっ』
玉虫が空に向かって海の上に飛び出したことに人々は歓声を上げた。
ニュース映画を見ていたが直に飛行機を見るのが初めての人が多かった。
海の上に出ると玉虫は上昇し、ビルより高い位置に付くと機体を右に傾け右旋回を開始した。
そして右へ一周すると今度は逆方向に半周して徐々に高度を下げながら陸地に向かう。
「こっちに来るぞ!」
観客席へ向かってくる玉虫に、一部の人が慌てて逃げようとする。
しかし、多くの人は空を飛ぶ玉虫の勇姿に釘付けだった。
口を大きく開けたまま、玉虫が上空を飛んでいくのを目で追い続ける。
直上を通過してもなお追いかけようとして後ろに仰け反り倒れそうになる人が続出した。慌てて、身体を反転させる人や尻餅をついてしまう人がいたが、全員、玉虫が飛ぶ姿を目で追い続けた。
観客の視線を釘付けにして、上空を通過した玉虫は着陸予定地点を左に見つつ左へ旋回。滑走路として用意された道路へ向けて着陸態勢へ入る。
玉虫は高度を下げつつ、機首を少し上げて静かに着陸し停止した。
「ふうっ、何とかなったな」
無事に着陸できた忠弥は安堵のため息を吐いた。
実験で失敗するのは怖くないし慣れている。だが、人々の前で行うデモンストレーションに失敗は許されない。
もし失敗すれば忠弥の飛行機玉虫は空を飛べないと烙印を押されてしまう。
こうして無事に下りる事が出来て良かった。
「すげえっ」
「ホントに飛んだ」
「ちゃんと旋回したぞ」
「やはり秋津の英雄は彼だ!」
「最初の動力飛行も忠弥だ」
飛行を見ていた人々が駆けてつけてきた。操縦席を下りた忠弥は観客に揉みくちゃに去れ胴上げされた。
「うわわわっっ、降ろして」
興奮した民衆に力一杯胴上げされて忠弥は恐怖を感じた。
玉虫で飛ぶのは自信があるのだが、他人の手で力一杯放り上げられるのは恐怖だった。
「あ、あの、そろそろダーク氏の飛行がありますので」
胴上げされてもみくちゃにされた忠弥は何とか興奮する観客を宥めてダーク氏の飛行を見に行った。
「すごい……」
飛行の様子を見ていた寧音は、呆然としていた。
心の中が空回りしてしまう程、熱く激しく揺れていたからだ。
初飛行のことは知っていた。
ニュース映画でも見ていた。
しかし、何処か遠くのこと、意義のある事とは思えなかった。
それは間違っていた。
轟音を立てて回るエンジン、颯爽と滑走していく機体。
徐々に浮き上がり大空へ飛び上がっていく姿は美しかった。
それだけでなく自由自在に旋回していた。
自分の方へ飛行機がやってきたときは怖かったが、その雄姿に釘付けとなりずっと目で追ってしまった。
自分の後ろに去って行った後も目で追ってしまい、離せなかった。
やがて、ゆっくりと下がっていき、着陸していった姿は素晴らしかった。
「すごいわ……」
寧音は自分の過ちに気が付いた。
飛行とは、これ程までに素晴らしい事なのだと改めて認識した。
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