第35話 買い物

「さあ、始めるわよ」


 ダーク氏との対談、いや事実上の対決を皇都の港で夕方に控えたその日、昴は忠弥の手を引いて、皇都の繁華街に来ていた。


「いや、これでいいよ」


 今朝皇都に着いたばかりなのに昴に連れ回されている忠弥はウンザリした表情で言う。

 実は、ダーク氏へ電報を出した直後には忠弥達は対談の為に工場を出て皇都に向かっていた。

 ダーク氏の返信を待ってから出発したのでは指定した時間に間に合わないからだ。

 拒絶されたとしても、そのまま皇都においてダーク氏抜きで聴衆の前で人類初の有人動力飛行が自分の功績である、ダーク氏の飛行に疑問があり、その点を指摘するための演説を行う。

 勿論、ラジオ中継で皇国中に流れるように手配している。

 現在も、ダーク氏の飛行に疑問がある事をラジオのニュースで放送中だ。

 夕方の対談中継の番組宣伝をかねて、ダーク氏の飛行の何処に疑問があるのか、対談の焦点は何処かを明確にするためだ。

 その手配を電報を打っている間に行い、皇都に着いてからは、確認作業に追われていた。

 一連の仕事が終わって忠弥は対談の準備に入ろうとしたが、そばに居た昴に引きずられて忠弥は繁華街に来ていた。

 傍目には恋人繋ぎをした微笑ましい少年少女のカップルだ。

 だが、昭弥の心情的には首に縄を付けられて引きずり回されていると言った方が正しい。


「新しい服なんて買う必要ないでしょう」


「ダメです。そんな小汚い小袖に袴では、皇都の人間に馬鹿にされます」


 忠弥は田舎の鍛冶屋で育ったため、ずっと小袖に袴の生活だった。

 なので違和感なく着ている。外出用の一張羅であり、これまでも学校行事で使った実績がある。


「そんな田舎くさい格好ではダメです」


 だが、洋装が主流で最先端の皇都では浮きまくる。

 ファッションに興味を持ち始めた昴には、芋っぽい、田舎くさい。

 せっかく、人類史に残る功績を挙げた忠弥がみすぼらしい服装で出て行って笑われるなど側に居る昴のプライドが許さなかった。


「じゃあ他の服にしておくよ」


「良いですよ。作業着と飛行服以外なら」


「……」


 飛行機製作に夢中で、お洒落に興味が無かった忠弥はその三種類以外に服を持っておらず黙り込んだ。


「ならば、服を買いに行きますよ。皇都で一番の洋服屋です」


 そのまま忠弥は昴に連れられて洋服屋に入っていった。


「結構、広いお店ですね」


「ええ、洋物の衣服を扱っている皇都一のお店です」


 中に入ると紳士服と共に女性のドレスも展示されている。

 元の世界なら男女別に各店舗で扱っている。だが皇国では海外からの輸入のため手続きを簡素化するために男女ともに纏めて取り扱う方がこの世界では一般的なようだ。


「一寸良いかしら」


 昴は店員を見つけ出すと手早く指示する。何を言っているのか分からない。

 このような洋服店など入ったことはない。前世だと就活でリクルートスーツを購入しに量販店に入った時ぐらいだ。

 だから昴が理解不明の言葉――学生仲間が二郎系のメニューについて話していた時の呪文のような会話を店員としていても理解できない。


「ではお願いします」


 注文、仕様が決まったようで昴が頼み込むと、店員が忠弥に近づいてくる。

 まるで奴隷商に売られたような気分になる。


「では寸法を測ります。腕を上げてください」


 忠弥はそのままメジャーで体の隅々まで計測され指示通りに体を動かし、店の服を次々と試着させられた。


「ほほほ、やはり忠弥は素晴らしいわ」


「そうかな?」


 十数分後忠弥は鏡を見て自分の姿が照れくさくなった。

 着ているのは昴が連れていった洋服屋が用意したスーツだ。

 黒の上着に同色のズボン、白のシャツにネクタイ。靴は革靴。

 まるで七五三だと思ったのは、見当違いでは無い。子供用のスーツなど七五三か卒業、入学祝いなどで着る以外に無いからだ。

 人類初の有人動力飛行を成功させたとは言え、忠弥はこの春小学校を二年飛び級で卒業したばかりの子供なのだ。

 因みに小学校は去年の夏頃から飛行機製作などで欠席をし続け、出席日数が足りなかった。だがそれまで二年飛び級するほど成績優秀だったのと、人類初の有人動力飛行を成功させた偉業が学業の一部と認められて卒業相当と認定され、無事に卒業証書を手にしていた。

 結局、今年に入って小学校に行ったのは証書を手にするために卒業式に出たときだけだった。

 その一日だけで卒業してしまったことに飛び級させて貰った忠弥は若干の申し訳なさ、碌に出席せずに卒業したことを悪かったと思っていた。


「これで対談の時に遅れを取ることはありませんわ」


「服で勝負するわけじゃ無いんだけどな」


「あら、何を仰いますの。人は見た目が九割ですわ。どんなに内心がどす黒くても、見た目が立派で礼節正しければ人は警戒を解きますし、親しく話します。印象も良い者ですよ」


「そうなのかな?」


「そうです!」


 昴は力強く断言した。


「以前、それは容姿端麗で礼儀正しい方がおり御父様と共同事業を行おうとしていましたわ。私にも優しく高価なプレゼントを下さる素敵な見た目の方でした。ですが、本性は御父様の財産を狙う詐欺師。共同経営と言って会社の資産を奪うつもりでした。途中で気が付き御父様はそいつを警察に突き出して損害賠償請求を行い無一文にして刑務所へ送り込みました。人は見た目ではありませんが、見た目で印象が人々に定着するというのは間違いありません」


「そ、そうか」


 昴の力説に忠弥はたじろいだ。


「だから御安心下さい。誠意を込めて選ばせて頂きました」


 昴は満面の笑みを浮かべて忠弥に言う。


「……そうだね。ありがとう」


「良かったですわ。あ、オーナー、何か新しいお洋服はあります」


「はい、昴お嬢様。旧大陸ラスコー共和国の首都パリシイにおいて発表され輸入されたばかりの新作がございます」


「まあ、素晴らしいわ。今日の対談で忠弥に恥を掻かせるわけには生きませんので私も着飾らねば」


 そう言って昴は銃数着の洋服と多数の装飾品を買っていった。

 忠弥は明らかに自分の為に買って居ると思っていたが口にしなかった。あとで昴に何を言われるか分からないからだ。

 確かに忠弥の推理は当たっていたが、原因については理解していなかった。

 忠弥が勝利することは確実であり、負けることなど無い。

 だから気楽になって自分の買い物を楽しんでいたのだ。

 その時、店のドアが開いた。

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