第17話 トリック・・・
〈トリックオアトリート。お菓子くれなきゃ、いたずらするよ〉
私はこの言葉が苦手だ。
数か月前の部室
巷ではハロウィーンイベントで浮かれている10月の終わり。私は一人、BL小説の構想を練っていたのだが。
「話が思いつかない・・・」
私、東雲亜里沙は悩む。
BL小説でハロウィーンを題材にして書こうと調べていたら、いろんな情報が出てきて混乱する。
ハロウィーンは元々、海外の風習でそれが日本に入ってきていつの間にか定着してコスプレして騒ぐみたいな形なっている。ハロウィーンは諸説あるけど、子供たちが練り歩き、魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする風習が私としては一番可愛いと思っている。
だから、日本も細々とハロウィーンをした方がいいと思った、その時だ。
「トリックオアトリート。お菓子くれなきゃ、いたずらしますよ」
部室の扉が開けられ、その光景を見た私はびっくりして立ち上がり椅子を倒してしまった。
「うげっ」
そこにはジャックオーランタンでは無く、どう見てもなまはげの姿をした芳賀康太君が立っていた。
「何やってるの、芳賀君?」
「あぁ、これですか?日本文化研究会から秋田のお祭りの衣装を借りてきました」
私はあきれ顔から驚きの顔に変わる。いや、ちょっと待ってそんな部活あるの?初めて聞いたんだけど。
「そんな部活あるの?私、知らないんだけど」
「部費は出てないんですけど、ありますよ。他にも、ダンス研究会、コンビニ飯研究会やゲーム研究部とか」
「それって、学校公認じゃないの?」
「公認じゃないですよ」
まだまだ私の知らない学校の事が多いのを知った。しかし、この文芸部はあの高瀬先輩が志藤生徒会長をうまく丸め込んでる生徒会から部費を勝ち取っていると言っていたのを思い出す。うちの部長の根回しのやり方はえげつないから、想像出来ない。
「そういえば、これ。今度の社会奉仕活動に高瀬先輩が使うって言ってました」
「社会奉仕ってうちの部活にふさわしくない活動ね」
うちの部活が社会奉仕って、部員みんなオタク以外にはコミュ障だから無理じゃないのと私は思ってしまう。何でも、この高校では偶に地域の皆さんと交流するのが風習らしい。特に文化部は交代制で社会奉仕を行っている。今年の奉仕活動は文芸部の担当とも言っていた。
今回の奉仕活動は幼稚園に赴き、園児とハロウィーンで交流するという企画。企画書はその部活で考える。企画のタイミングは大体、国民の休日や日曜日、イベントに合わせ行われる。企画に関しては町のゴミ拾いや挨拶運動、老人福祉施設に行ってシニア世代との交流などが挙げられる。私たちみたいに幼稚園や小学校で園児や生徒と交流する部活もある。地域に貢献したら、生徒会に写真とレポートを提出して、合格すると部費が少しもらえるという特典の付いてくる。
「さぁ、諸君。次回はハロウィーンだ。楽しもう」
その声はどこからともなく聞こえてきた。手芸部の部室の扉が開かれ、高瀬先輩は豪快に部室に入ってきた。
「いきなりどうしたんですか?」
「いや、前の奉仕活動の企画書どう思った」
「いいんじゃないんですか。園児とハロウィーンで楽しむなんて素敵じゃないですか」
高瀬先輩の質問に私はいいじゃないですかと言ったのに、高瀬先輩はしっくりこない顔をしていた。何かおかしい事言ったかな?と私は思った。
「芳賀、お前はどう思った」
高瀬先輩は私に聞いてきたのに芳賀君にも意見を求めてきた。
「んー、やはりBLの信仰する要素が少ないですね」
「やっぱり、そう思うか」
私は高瀬先輩の質問に対する芳賀君の答えに思わず、「は?」と言ってしまう。高瀬先輩は芳賀君の言葉にしっくりしていた。何、言い出すの芳賀君は。
「いや、おかしいですよね。ハロウィーンにBL関係なくないですか?」
「BLの新しい芽を芽生えさせるのは私たち文芸部の仕事かぁ」
「そうですよ、高瀬部長。ハロウィーンにBL欠かせません」
高瀬先輩の言葉に芳賀君が支援する。そこは私たちだけ腐ればいいのにその菌をばらまくなんて、怖すぎる。BLをお茶請け代わりみたいに言うな。
いやいや、まずいですよ。私は「そんなことやったら先生並びに保護者にめちゃくちゃ怒られますよ」と私は高瀬先輩に抗議した。しかも、今まで築いてきた周辺地域の関係を壊しかねない。
「大丈夫、ばれないようにやるから」
高瀬先輩は自信満々に答え、胸を叩く。そういう問題では無いような気がしますと私が言おうとすると芳賀君も高瀬先輩の声に賛同する。
「BLの布教は大事ですもんね」
「・・・・」
私は呆れ何も言えないでいると高瀬先輩がこう言ってきた。
「BLとは思えない布教するから大丈夫」
「悪魔ですか、高瀬先輩は?それに生徒会長の顔を立てないと・・・」
「そこは何とでも言いくるめれるから問題ないわ」
高瀬先輩は生き生きと言ってくる。私はその言葉を聞いて思う。もう、何言って駄目だ。生徒会長もかわいそうになってきた。
「まぁ、私に任せなさい。ハロウィーン当日は〇〇幼稚園、10時集合」
と高瀬先輩はその言葉を言い残すと部室を出て行ってしまった。私たち二人は部員全員にスマフォのSNSで連絡すると全員から了解やOKの返事が返ってきた。ハロウィーン当日は高瀬先輩の言葉が不安でしょうが無かった。私も構想がいまいち湧かないので芳賀君と部室を後にするのだった。
ハロウィーン当日
「きょうは、よろしくおねがいします。お兄さん、お姉さん」
私たちをお出迎えしてくれたのは園児の元気のある声だった。園内の教室で保育士さん2人と園児30人ほどおり、教室内はハロウィーンのかわいい装飾が園児たちの手によって施されていた。
こういう装飾のこの手作り感、凄くいい。園児たちはカボチャの切り絵を頭につけ、トリックオアトリートとこれまた元気に私たちに言ってきた。可愛いわね、ショタ好きの気持ちが私は少しわかった気がするわ。コミュ障の私たちは園児の可愛さでコミュ二ケーションで何とか持ちこたえる。
私たち文芸部の部員はそのセリフで保育士さんたちが用意してくれたお菓子のセットを園児たちに配る。園児たちはお菓子を貰うと喜びはしゃいでいた。また、この姿も可愛いかった。
その後、私たちはハロウィーンとは関係ないが椅子取りゲームやトランプの神経衰弱などの遊びで楽しい時間を過ごす。
「ここからはお兄さん、お姉さんが用意した紙芝居をみんなで聞きましょう」
「はーい」
保育士さんの声に合わせ、園児たちの返事が返ってきた。ここからは私たちが用意した企画がスタート。企画は高瀬先輩が手作り話を作りでえは漫研に頼んだとの事だった。あのBL発言の後だから、どんな話をするのか不安で仕方がない。芳賀君はと云うと園児たちと遊んだ後、企画がスタートする前にコスプレをするために他の部屋に行ってしまった。あのコスプレほんとにやるのかと思うと私の胃が痛くなる。
高瀬先輩は紙芝居を取り出し読み始めた。
「じゃぁ、泣いた赤鬼を読みますね。みんないいかな」
「はーい」
園児たちは大きな返事で返すと高瀬先輩は〈泣いた赤鬼〉を読み始めた。私は幼稚園児の時、読んだことがある。
簡単な大まかなあらすじは人間と仲良くなりたい赤鬼はいろんなことをして仲良くなろうと試みるがそれが上手くいかず悔しがる。そこに青鬼が妙案を持ってくる。俺が人間を襲うからお前がその場を助ければ、お前に対する人間の見方も変わり、仲良くなれるという作戦だった。赤鬼はそれは青鬼が悪者になるから駄目だと拒否をした。しかし青鬼は無理やりその作戦を無理やり決行し、赤鬼は青鬼から人間を助け、人間からの信頼を持ち、人間の友達が出来た。それは良かったのだが、その事件以来、青鬼は赤鬼の所に来なくなった。赤鬼は何かおかしいと青鬼の家に赴く。しかし家の前に張り紙が貼ってあった。そこには青鬼から赤鬼への手紙が書かれていた。”私と仲良くしてしまうと人間からの信頼は消えてしまいます。もう、あなたとは会いません。だから私は一人旅へ出ます。幸せに暮らしてください”と手紙には書かれており、赤鬼は何度もそれを見て、泣いたという話だ。子供の時は赤鬼は何で泣いてるの?と私は思う。しかし、今この話を見ると何て切ない話だと感じてしまう。
「赤鬼は人間と仲良くなるために・・・・」
と高瀬先輩は園児に読み聞かせ、赤鬼の絵を見せる。
「⁉」
私はその赤鬼の絵を見て愕然とする。その赤鬼は漫画研究部によって描かれたものなのだが顔がめちゃくちゃイケメン。鬼ってこんな顔だっけと言わんばかりの美形だったことに私は後ずさりした。文芸部の部員は逆にその紙芝居の興奮していた。その後、出てきた青鬼も「まぁイケメンですよね」と言わんばかり超美形。これ園児が見て分かるのと私は疑問に思う。何故かその絵に保育士さんも前かがみに反応していた。保育士さんもこういうもの好きなんですねと私は嬉しくなる。
その後、泣いた赤鬼は話は終盤になり、本筋とは変わらず高瀬先輩は話を進めていく。しかし、紙芝居の画力が高いので園児以外のみんな見入ってしまう。
ここで、青鬼の家を訪ねた赤鬼の所で話が代わる。
「手紙を読んだ赤鬼はまだ青鬼が家にいる事を確信する。家に明りが点灯していたのが見えたからだった。赤鬼は青鬼の家に入るとそこには今にも旅に出ようとしている青鬼がいました。青鬼は赤鬼の目を見ようとしません。赤鬼は青鬼にその場で抱き付きました。赤鬼はお前が俺には必要なんだと抱き締めた。そして、赤鬼は青鬼のこん棒を・・・」
「ちょ、ちょっと。この先はストップです、部長」
私は高瀬先輩の紙芝居を大声で強制停止する。流石にこの先の話の展開はマズイと思った。私は「二人の鬼は人間と仲良くなり、村で暮らしました」と締めくくり、話を終わらせる。
子供たちは「ふーん。そうなんだ。鬼さん良かったね」と反応した。これが腐ってない人の普通の反応。保育士さんの反応は「その先はどうなったの?」と言いたそうな、体制になっていた。これは腐っている人の普通の反応。どちらが正しい反応か迷ってしまう。
また、ここで面倒くさい展開になる。恐らく部屋の外で話を聞いていたであろう芳賀君がなまはげのコスプレで部屋に入ってきた。
「悪い子はいねがー。悪い子がいねかーーー」
芳賀君は定番の台詞で入ってきた。園児たちはなまはげの姿を見て、逃げると思った。しかし、園児は泣きも怖がらずにその場で立ち、こう言った。
「赤鬼さん、良かったね。私のお菓子あげる。青鬼さんと一緒に食べて」
「私のもあげるよ」
「青鬼さんと仲良くね」
園児たちは怖がるかと思ったがその逆でなまはげに近寄り囲ってくる。何この光景、私の目に涙が。
この園児たちはなまはげでは無く、赤鬼に見えているようだ。自分たちが貰ったお菓子をなまはげに扮する芳賀君に渡していた。確かにこの流れではそうなるよね。園児たちは反応が純粋すぎて、腐っている自分が嫌になる。
この芳賀君のなまはげコスプレは最後に驚かせて園児たちにキャーキャー言ってもらい鬼ごっこして終わるはずだった。目測とは違い逃げ纏うどころか、近寄ってくる始末。
私がどうするのよこれ?と思っていると保育士の二人が芳賀君に助け舟を出してくれた。
「赤鬼さんはみんなが怖がってくれないとお家に帰って、青鬼さんに怒られちゃうのよ」
「それに赤鬼さんが青鬼さんにいじめられちゃうよ」
「ほんとぉ。みなせんせい。まおせんせい?」
「だから、今日は赤鬼さんの言う通りにして、みんなで逃げましょうー」
「はーい」
園児たちは保育士さんの美奈先生の名前を呼び、芳賀君のコスプレ姿(赤鬼)にキャッキャッ言いながら楽しそうに逃げ回る。
ここで初めて、可愛い保育士さん二人の名前を知った。胸の名札には美奈先生、真央先生と書かれていた。先生も腐女子なんですねと私は心の中で「同志よ⁉」と思ってしまった。
とりあえず、この場は先生の機転で事なきを得た。一時は、子供にはまだ早いものを見せてしまうのではないかと心底ひやひやした。その後、先生たちはBL仕様で描かれた紙芝居「泣いた赤鬼」を最後まで読みたいと言う事で作品データを渡し、喜んでいたのは言うまでもない。確かに漫画部の画力でアレを見たら、私でも前かがみで見てしまう程の物。ハロウィーンは園児の「ありがとうございました。」の声で終了した。
ハロウィーン終了後
私たちは学校に戻り、部室で後片付けをしていた。
「今日は楽しめた?みんな」
「あの紙芝居は園児にはまずいですよ、高瀬部長」
「でも、保育士さんにはウケたわ。布教よ」
私の抗議に高瀬先輩は一蹴した。他の部員は楽しかったよねと喜び、ショタBLもいいわねとはしゃいでいた。どうしてもBLに繋げてしまうのは腐女子の性。芳賀君はと言うと黙々と今日のイベントの片付けをしていた。高瀬先輩の言葉に芳賀君は何も反応しなかった。
「何か、反応しないの、芳賀君?いつもなら、真っ先に反応するのに」
「そうです・・・ね。良かったと思いますよ」
芳賀君は私の質問に反応したが歯切れが悪い反応だった。その後はまた、片付けに戻る。いつもなら五月蠅い位に先輩に反応するのに。どうしたんだろか。
そうこうしている内にハロウィーン片付け終わり、高瀬先輩と文芸部の部員は部室から出て行ってしまった。恐らく、帰路に就いたのだろう。私と芳賀君も作業が終わり帰ろうとした、その時。
「僕はショタのBLは無いと思います」
「どうしたの。急に」
「ずっと、考えていたんです。他の方がショタBLもありと言っていたのが」
「そんなの、人それぞれじゃん。気にすること無いよ」
芳賀君は首を横に振る。芳賀君の中での考えはこうだった。ショタ同志でのBLは罪の意識が高すぎて、これでは犯罪になってしまいますと芳賀君の意見だった。
そんな事言ったら、私、想像で犯罪すれすれと言うか、限りなくOUTな想像を何万回、何十万としてますけどね。
「ショタは精のはけ口では無く、愛でるものです」
「まぁ・・・そうね。愛でるものとしておきましょう」
私はこの話題についてはなかなか解決策が難しいもので一言では言えない。それを議論すると長くなりそうだったので私は有耶無耶にした。
「それと東雲さんが楽しそうに子供たちと遊んでいる姿を見ると・・・」
私はその言葉の続きを可愛いですねと予測。芳賀君の無自覚な言葉の衝撃に備えた。私も馬鹿ではない。
「嫉妬してしまいました。子供たちに東雲さんを取られたと思ってしまって、嫌だなと・・・・」
尚、私はその衝撃に耐えきれなかった模様。芳賀君の言葉に生まれたての小鹿の様に足はブルブル。今まで彼氏彼女の関係で芳賀君がまさか幼児に変な嫉妬生まれてしまうとは。幼児恐るべし。
「まぁ、向こうは遊んでくれるお姉さんとしてしか、見てないから」
「そういうものですか?」
「当たり前でしょ。そんなところに嫉妬するとか、あり得ないわ」
「そうか」
「それにそんなに私の笑顔見たいなら、偶に見せてあげるわよ。減るもんじゃないし」
私はツンデレになってみた。ツンデレやってみるのも恥ずかしいわね。
「じゃぁ、合言葉で僕が『トリックオアトリート。お菓子くれなきゃ、いたずらするよ』って言ったら東雲さんの笑顔見せて下さい」
「は?」
私は芳賀君の言葉に意味が分からず、思考回路が停止する。
「意味わかんないんですけど」
「その言葉に合わせ、笑顔になるって言ってるんです」
「そんな言葉いらないでしょ」
「園児にその言葉言われて、笑顔になってたじゃないですかっ」
「あれはハロウィーンのイベントに合わせてやっただけで・・・」
私は芳賀君の言葉に言い返す言葉が見つからなかった。変なところ、よく見てるわね。
「じゃぁ、僕にもお願いしますよ」
芳賀君は懇願してきた。
「・・・・分かったわ。それなら」
私は考えに考えた末、妥協点として芳賀君に提案した。
芳賀君には、この部室及び二人の時限定にした。部活の人なら大体、私たちの事は察してくれるし、二人の時はまぁいいとして。
自分で言ってて恥ずかしくなる。
芳賀君も私のこの提案にはOKしてくれて、その場は事なきを得た。
しかし、そこから地獄が始まった。2か月間に渡り、部室では芳賀君の合言葉に笑顔で返す私に文芸部員は震撼していた。私が芳賀君をドS対応したMにしか見えなかったらしく、何かのプレイですか?と何度か聞かれた。私がその誤解を解くのに数か月かかったことは言うまでもなかった。
私は〈トリックオアトリート。お菓子くれなきゃ、いたずらするよ〉の言葉が嫌いになった。
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