なるべく盛大に裏切りたい

つい

第1話

 裏切りたい。一度でいいから盛大に裏切ってやりたい。


 例えば王様に頼まれて、魔王討伐に行く勇者。


 王様のしょっぼい援助を受けて、各地で問題を解決して、感謝されたり邪険にされながら最後に魔王城へとたどり着く。


 魔王の甘言は一蹴し、正義の鉄槌を下す。


 王都では賞賛され、国を挙げてのパレードが始まる。


 にっこにこの王様に勧められるがまま酒を呷り、真っ赤な顔で、上機嫌でお立ち台にのぼる。


 そして国民全員に聞こえるように、笑顔で声高に宣言するのだ。


「今日からこの世界は俺のもんだ!」


 ここからは皆殺しルート。勇者パワーで王都を滅ぼし、今まで助けた小さな村も滅ぼす。


 逃げた人間も全員サーチ&デストロイで滅ぼし。ついでに魔物もすべて滅ぼす。


 一人ぼっちになった世界の中心で全てを嗤う。


 ……ちょっと待ってくれ。ずいぶん熱く語ってしまったが、こんなことを常日頃から本気で妄想しているわけではない。


 ただ単に「このタイミングで裏切ったらどうなるんだろー」という好奇心である。別に世界を憎んでいるとかそういうことではない。あいらぶセカイ。


 ……とにかく、俺は損得を度外視した「え? お前ふつうここで裏切る?」みたいにドン引きされるような、意味の分からないタイミングで誰かを裏切ってみたいのだ。何度でも言うがあくまで好奇心である。


 そうは言ってもこれはそう簡単にできることではない。


 確かに探せばかなり自由度の高いゲームというのは存在するが、自分のやろうと思ったことがなんでもできるゲームは……一つしか存在しない。ゲンジツっていうやつなんですけど。


 流石にこんな妄想で人生を棒に振るのは馬鹿らしいので自重する。結局のところ、この妄想は妄想で終わらせるしかないのだ。


 というか、そもそもなんで俺は急にこんな気持ち悪い妄想を思い出していたのだろう。


 そう思った瞬間、一気に頭が覚醒する。


 五感に情報が舞い込んでくる。


 風になびく草。一面緑の草原。


 草同士が擦れる音や、かすかに聞こえる鳥の鳴き声。


 ほんのりと青臭い匂いや、土の匂い。


 味は……特に感じない。


 そして柔らかい草の感触を体の下に感じる。


 視線を下に落とす。


 鋭利な爪が伸びる手。腕は太く、ごつごつとした鱗に覆われている。明らかに人間ではない身体。


 ……そういえば俺、転生したんだっけ。


 *****


 空を飛ぶ。


 転生したての俺は家もないので目的地があるわけではないが、せっかくドラゴンに転生したのだ。これは飛ばねば無作法というものだろう。知らんけど。


 飛びながら、自身の現状を整理する。


 まず前世の知識をどれだけ覚えているかの確認だ。


 俺が前世から継承したのは、自分に関する情報以外の記憶、言語能力。


 前世が人間であったことは覚えている。しかし自分の名前すら思い出すことができない。唯一の例外として、あの妄想が自分の物であることだけは分かる。



 まあ、言語能力あるだけましだと考えよう。俺は多分魔物に分類される。前世知識だが、最悪本能のままに食っちゃ寝を繰り返すマシーンと化していたかもしれん。


 で、転生後の姿はすでに何度も確認しているがドラゴン。それも多分聖龍というやつだろう。鱗が白く、なんか聖なるオーラを感じる……気がする。これで邪龍とかだったら詐欺罪と器物破壊罪裁で訴えるわ。


 とまあ冗談は置いといて、この世界でドラゴンがどういう扱いなのかは知らないが、ドラゴン=悪とかいう世界でもない限り、ワンチャン人間との共生が望めそうだ。万が一戦闘になっても人間なんて、それこそ勇者でもない限り脅威にならないと本能でわかる。魔王幹部に雇ってもらうのもありだな。


 とにかく、現状はそこまで悲観するものではない。前世の記憶が少ないおかげで執着がなく、すんなりと現状を受け入れられているのだろうか。その点は感謝。……感謝なのか?


 ……整理はこんなもんでいいだろう。何よりいくら整理したって変わるわけではないのだから。


 それにしても飛ぶというのはかなり心地よい。この大空を飛んでいると些細な悩みなんてどうでもよくなってくるな。……いやまあ転生とか全然些細なことではないのだが。


 自分がどんな人間だったのか、興味がないといえば噓になる。でもドラゴン、それも聖龍に転生したんだ。心配せずともきっと徳をガン積みした世界最高峰の聖人だったに違いない間違いない異論は認めない。


 新たな生活を楽しむというのを目標としたって罰は当たらないだろう。









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