第二部・その3


 抵抗しているANTAMの56式とは違う銃声。援軍が来るにせよ早すぎはしないか。

 食べ残しは部下に任せて、士官は口元の血を拭いつつ玄関のドアを開けた。

 銃声は止んでいる。出遅れたチームがANTAMの抵抗を潰した……ようには聞こえない。

「こちらプラムL6、3ダウン。周囲の敵を排除……車はタイヤが破壊されています」

「了解しました。M15-02Fが現在最寄りの緊急避難所に指定されています。そこからL17-06Vの一時避難所に向かってください」

 ANTAMの無線は傍受が容易だ。オープン回線は連絡が飛び交っている。日本語は得意ではない。

 しかし、民兵向けの簡易ロケーションは聞き取れる。エム……じゅうさんに到着したANTAM。

 およそ40メートル先、停止している車の向こうに、何か作業をしている人影が見える。人を運び出そうとしているようだ。

 狭い道を挟んだ向かいの家、その屋根にANTAMが立っている。何か手動式のライフルを持った、女学生。

 3ダウンを取った……不死兵3人を倒した……ANTAMの声は、若い女性と思われる。あれか。あれが、

「プラム、エル、……シックス」

 女学生がこちらの気配に気付いたようだ。だが、構っている暇はない。

 屋根伝いに移動するANTAMがいる旨を指揮官に伝えておく。あとは適当にやればいい。

 日本の家屋は狭く、密集している。二階に上がり、ベランダから外に出る。先ほどの女学生は、南に退却するようだ。

 更なる援軍。機関銃手。女学生の後退を援護するようだ。EMPグレネードの支援を要請している。

 無駄な損害を、出さないで欲しいものだ。そう思いながら、士官は部下とともに裏の敷地に飛び降りた。



 奥のガレージでは、ユウコとコノミがミユに交通ルールを教えている。緊急時なら無視していいと前置きしながらも、間違ったことは教えていない。

 椅子に座り直すと、ケンジロウはタブレット端末に表示されたレポートに視線を落とした。

「何見てるの?」サチが聞く。

「プラムL10が見つけた死体に関するレポートだ。昨日の不死兵の襲撃は主にネストから西と南方向に向かって行われた。しかしこの死体は、北側……K8エリアで発見された」

 ネストから1キロ以上離れている。いくつかの一次避難所もそう遠くない。

「不死兵の協力者……になろうとした男だ。身元が判明した。名前は公開されていない。元ANTAM。五年前に、協会メンバー以外の者に協会の銃を何度も転売して、猶予期間なしの除名処分となった」

 ANTAMが除名処分となれば、銃の所有権を失う。通常は処分を宣告されてから、除名となるまでに銃を返納するための猶予期間が設けられている。

 猶予期間なしと言うことは、日本においてはその時点で銃刀法違反が確定する。警察が同行し、除名即逮捕という、制裁めいた行為が行われるのだ。

「出所から半年もたっていない。おそらく初仕事で……しくじったのだろう。協力者であっても不死兵と接触して生きていられるかどうかは、不死兵の腹具合で変わってくる」



 地域の大動脈となる幹線道路を抜け、町内を走る小さな川。狭くよどんでいるが、汚れに強い魚は生息している。

 川が暗渠の下から姿を表した少し先、線路の下が指定された合流場所だ。

 幹線道路、鉄道、川。見晴らしがよく、ANTAMのスナイパーが先を争って確保する。怪しい動きをすれば、勘づかれる。保険のつもりなのだろう。

 避難はまだ完了していないが、人の流れは避難所に集中している。スナイパーさえ警戒すれば、移動は容易だ。

 線路の下に立つ小太りの中年男性。こちらを見かけると、不敵にも会釈をしてきた。

「あー、あんたが連絡係か。はじめまして……かな?俺は」

 手を上げて、止めさせる。話し声がうるさい。自分が小者でないと見せかけたくて、声を張り上げるのだろう。

「にほんご、わかります。でも、すこし。たのんでいたもの、ありますか」

「おう、これだな」

「かくにん、します」

 封筒を受け取る。必要な情報は、記載されている。

 多少声のトーンを落としてはいるものの、男はその間も話を続けていた。

 協会から理不尽な仕打ちを受けて自由を制限され怒りを覚えていること、情報の入手経路、利用した人脈。有能な人材であることをここぞとばかりにアピールしている。

「なるほど、いいでしょう」

 士官は細い路地に合図を出した。かばんを持った部下が姿を表す。

 士官がかばんを開ける。中には金の延べ棒がぎっしりと詰まっている。刻印は打たれていない。

「よい、いぬには、よい、エサ、を、あたえないと」

 かばんの金に目を輝かせていた男の顔が、不意に視界から消える。……音もなく駆け寄ってきたNK9が、その喉笛に食らいついていた。

 追い付いたハンドラーが、男の体を周囲から見えにくいところに引きずる。一瞬で喉を噛み潰された男は、苦痛とショックで身悶えするばかり。

「うるさいのは、きらいです。そのくらいが、いい」

 ハンドラーが男の体を改め、拳銃と無線機を川に投げ込む。ハンドラーが上半身を押さえ込むと、NK9は下半身に回り込んだ。おやつの時間だ。

 損傷したパイプから空気が漏れるような悲鳴。泡立った血があふれる音が、さらに壊れたパイプを連想させる。

 済ませたら先に帰還せよ。私は少し寄り道をする。そう伝えると、士官は部下を連れて川の下流の方へ向かった。



「それと、目撃情報だ」

 レポートに添付された動画。無人の商店街を悠々と歩く、黒いコートを着た不死兵。士官らしい。

「データベースと一致した……ヘンリック・ムルナウ小佐。不死旅団の情報士官。今となっては数少ない、不死旅団のオリジナルメンバーだ」



 件の女学生は南方の一次避難所に到達し、そこで警戒にあたっているようだ。

 西側の緊急避難所を襲撃した部隊に多大な損害。得られた戦果は乏しいようだ。

 自衛隊もヘリコプターで駆けつけてくる。なんらかの策を考えないといけないだろう。

 物見遊山の時間はない。ないのだが。


「奴が現れたということは、何らかの大規模な作戦を行う予兆と言って間違いない。奴が何を入手したのか……協会が調査を行っている」

 動画の終わりは、商店街の一軒の店に入っていくところだった。

「ムルナウ小佐が何を入手したのか……確かなものは、ひとつある」


 木製の引き戸を開けると、はめ込まれたガラスがガタガタと鳴る。店内は薄暗く、埃っぽい。

 テレビも消さずに逃げ出したのだろう。ニュースがまさに今、ここの襲撃を報じている。

 小学校が近くにあるのだろう。縄跳び、上履き。

 児童向けの文具にあしらわれている漫画の絵は、最新の番組のものではないようだ。不死兵どもが略奪する品にも、こちらの世界の流行り廃りが現れる。

 めまぐるしく変化していく時代に取り残されたような雰囲気は、居心地がいい。だが、時間はない。欲しいものは、


「奴は現れるたびに、文具店に寄って鉛筆とノートを買っていく」


 消耗品はサイクルが早い。時代に取り残されたような店でも、状態のいい新品が手に入る。

 少し多めに、もらっておく。袋も欲しい。

……女学生が、重装不死兵の襲撃を生き延び、逆に倒したと仲間が報告している。侮れない戦力のようだ。

 あの男の遊び相手が増えるのならば、喜ぶだろう。

 部下のかばんから金の延べ棒を一本取り出して、古くさいレジの脇に置く。

 店を出ると自衛隊のヘリコプターの音が、遠くから聞こえてくる。急がなければ。足を早める。



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