第一部・その9
海に面した工場を取り壊して作られた協会正式認定の射撃場は、都内では唯一、一キロ以上の射撃が行える。そのため平日午後でも、銃の調整に訪れる者が多い。
ロビーには銃砲店、カフェ、コンビニなどが設けられ、モニターで各射場の光景やターゲットの弾着などを見る事ができる。
建物も立派だが、利用するANTAMたちの銃も、軍用と見間違うほどの高性能ライフルばかりだ。
「平日の昼に来れるような人は、生活に余裕があるからね。銃もいいのを、使ってるらしいよ」
ユウコはそう言うと、缶コーヒーを飲み干して空き缶を捨てに行った。
ケンジロウはロビーで手続きをしている。その隣に、見慣れない女性がいた……背はたぶん、ナオより少し低い。
体格は普通だが、スーツの仕立てがいいためか少し細身に見える。
長い黒髪が艶やかに揺らめいているのが印象的だった。
「手続きは済んだぞ」
ケンジロウがミユのところに戻ってくると、女性も一緒に来た。落ち着いた雰囲気の笑顔、パークバッジはクラス16。
「はじめまして、六郷ミユさん。わたくしはAsANTAC特別指定ガンスミスの、梅屋敷ミナコと申します。あなたの試射に、立ち会わせていただきますわ」
エイサンタック。正しい発音だと、協会のことをそう読むのか。
「……銃で撃たれても、不死兵は再生してしまう。ではANTAMが銃を持つのは無駄なのかと言うと、そうでもない。ANTAMの……協会の切り札が」
ナオが教壇に置いたのは、白地に青のラインが引かれた筒状の手榴弾だった。
「このEMPグレネード。ANTAMには一人二個支給されるし、会員割引で安く買える。有効範囲は5メートル程度。数秒間、不死兵の再生能力を無効化できる」
教壇の前から下がる時、ナオは時計をチラリと見た。ミユたちは試射を始める頃だ。……タカヒロが話を続ける。
「イッテンバッハ体は、何らかの形で宿主の身体情報、および短期長期の記憶を保存しているとみられています。それが電磁パルスに曝された時、活動が停止するとともに、情報の保持が不安定になるようです」
タカヒロがモニターに映した動画は、不死兵との交戦を録画したものであった。
ANTAMがEMPグレネードを投げるとその周辺に青白い閃光が走る。
それに合わせてANTAMが不死兵を撃つと、不死兵が倒れる。
「EMPが効果を発揮している間に負った傷は治りが遅い。治らないこともあります。そしてその時、脳の代わりになっているイッテンバッハ体のコロニー……つまり頭部を破壊すれば、厳密には死んでいないのですが、脳機能が正常に復元されず、体を動かすことができなくなります」
ナオが話を続ける。
「これがある限り、不死兵もうかつに近寄れない。と言っても、EMPグレネードを投げて届く範囲に不死兵がいるってのは、かなりヤバい状況だよ」
ケンジロウがバックパックから銃弾の箱を取り出す。その横に、ミナコが銃弾の入ったケースを二つ置いた。
「取り急ぎ、30口径240グレインの電解弾を三発用意致しました。それと試射用に、弾道特性が近い230グレインの重量弾です」
ケースの中の弾は、ケンジロウが持ってきた弾よりも少し長く、先が丸まっていた。そして一方の弾は、青く塗装されている。
「これが……」
「……電解弾」
ナオが見せたのは、白地に青のラインが入った散弾だった。
「簡単に言うと、超小型のEMPグレネード。これで頭を撃てば、一発で不死兵を倒せる」
正確には違うのだろう。タカヒロが少し不満そうな顔を見せていた、
「とはいえ安くても、一発二千円はするからね……二発とちょっとでEMPグレネードが一個買える。スナイパーなら選択肢に入れてもいいけど、基本的にはおすすめしないね」
「先生や梅屋敷さんは、六郷が電解弾を使う事を期待しているが、個人的には反対だ……電解弾の性能は、ざっくり言って弾の重さに比例する」
言いながらケンジロウは、自分の装備から電解弾を取り出した。ミユの電解弾よりも一回り大きく、太かった。
「そして不死兵に実際にダメージを与える弾芯の威力は、口径の大きさに比例する。30口径電解弾は、弾芯が針のように細く、最低限の威力しかない」
ミナコに向き直り、ケンジロウは話を続けた、
「加えて言うなら、銃自体も120年前の骨董品で、当時から威力不足が指摘されている。弾道特性も悪いしこれ以上改善できない……人命に関わる事なんですよ」
ケンジロウの視線を正面から受け止めながら、ミナコは穏やかな笑顔に自信を含ませて答えた。
「わかっておりますわ……だからこそ、こうしてわたくしが、わたくし自身の目で確かめるのです」
少し不安そうに二人を見ていたミユに、ミナコが撃つよう促した。
射場に向き直り、銃を取り出す。側面の給弾ドアを開けて、一発一発弾を装填する。装弾数は五発。それと、
銃の左側面にある小さなレバーを操作する。
「それは……?」
「それはカットオフレバーね。弾倉の弾を、銃に送らないようにする機構よ。通常は一発一発弾をこめて、いざというとき弾倉の弾を使う。昔はそんな使い方をしていたらしいわよ」
ミユの銃が決まった後、ミユの銃についてコノミたちが話していた時、いつの間にか電話を終えたホウコが話に割り込んできた。
「へえ……俺のベネリにもあるやつだ」
言いながらハルタカが自分の銃を見せる。
射撃場で試射か訓練をして戻る途中だったのをミユは思い出した。
トリガーガードの前の小さなレバーを操作しながらチャージングハンドルを引いてもボルトがカチャカチャ前後するだけだ。
離すと、弾が装填され、排出される。
「こいつで」レバーを操作。弾が排出されるが、装填されない。
ハルタカはそこに、自分の装備から外した弾を放り込んだ……白地に青のライン。電解弾。
「こうやって使い分ける。電解弾は高いからな……不死兵をやるって時に、使うんだ。電解弾を使うなら覚えとけ」
射場は200メートルあるが、的は100メートル先に設置されている。ど真ん中に狙いを定め、引き金を引く。
反動。不死兵のライフルよりは軽いが、強めのキックが肩を打つ。
M16の三点射を撃つよりは、扱いやすいようにミユは感じた。
続けて二発、三発。ボルトハンドルの引きが、不死兵のライフルよりもなめらかだ。
ターゲットを見る……手元のモニターで確認できる。
ターゲット用紙のかなり下。眉間を狙って首に当たる感じだ。
弾のまとまりもよくない。眉間を狙ったとして、顎、喉。一発は首をかすめるかどうか。
M16なら、三点射が眉間に数センチの範囲でまとまる。
狙いの修正。頭のてっぺんを狙う。息を吐いて、手のぶれを鎮める。引き金が不思議と、指になじむ。
狙い通り。眉間に突き刺さる。もう一発……頬のあたりだ。三発目……右目の眉。
もう一回。弾倉に五発、銃に直接一発。
呼吸を整える……呼吸を、合わせる。呼吸が合った時、思い通りに弾が当たる。そんな気がした。
左耳。口の端。鼻。……右目の下。頭をかすめる。……眉間を撃ち抜く。
どっと疲れが押し寄せるのを感じ、ミユは銃を下ろした。……かなり集中して撃ったはずだが、中国製の56式の方がまだ当たりそうだ。
ケンジロウの視線が突き刺さるようだ。
標準以下の性能しか発揮できない。こんなのがマッチドであるはずがない。
やっぱりわたしの選択が間違っていて、勘違いしているだけなのか。
だけど。
ミナコが重量弾のケースを、ミユのそばに寄せた。
「電解弾とほぼ同じ弾道特性です。慣れておくとよろしいですわ」
一発手に取るだけでも、重みが違うのがはっきりわかる。……照準を調整する。弾の落ちる分。もっと落ちる。もっと上に。
「慣れ……れば、もっとよく撃てますか」
くすっ、ミナコがすこし、意地悪そうな笑顔を見せた。
「恐らくは難しいでしょう……この銃がフィリピンで発見された時点で、製造から100年近くが経過しておりました。その後のレストアも撃って壊れない程度しか行っておらず、銃身も錆びてライフリングがボロボロの状態です」
100年放置されていた、撃つのがやっとの骨董品。ケンジロウがこの銃を使うのを渋っていたのは、そのためだったのだ。
「……ですから、ね。六郷さん。本当なら的に当たらなくてもおかしくなかったのですよ」
ミナコがケンジロウを振り返る。ケンジロウも渋々うなずいていた。
「銃身を仕立て直すプランはいくつか考えております。この場はこれを使ってみてください……今はあなたと、あなたの銃の、対話を聞きたいのです」
深いため息をつきながら、ケンジロウが続けた。
「まだ時間はある。撃って、慣れておけ。修理が終わったら、この銃で不死兵と戦う事になる」
ミユが射場に向き直る。それを見ながら、ケンジロウはミナコに向き直った。
「なるべく早くでお願いします。前回の不死兵の襲撃から時間がたっている……いつ襲撃があっても」
一瞬照明が落ち、赤いランプに切り替わった。アラームが鳴る。
「東京第四区内に、シュリンゲンズィーフ線の発生が確認されました。不死兵出現の可能性あり。ANTAM武装許可、ACRコマンド、出撃を要請します」
反射的にケンジロウがパークバッジを押して位置を確認する。Y11。西に三キロ。
「……嘘だろ」
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