其の七
†7†
「呆れたな」
「あれを
しかし、
「やれやれ、これじゃあ、
煌鷹が指を鳴らすと、その背後に揺らめいていた影が濃くなった。
正確には、影の中から何者かが浮かび上がってきた。
先ほどから何度か、煌鷹の背後にちらついて見えたのはおそらくそれだ。
雅紀は瞬時に
浮かび上がってきたのは黒いローブ姿の、身の丈二メートルほどの人間。手には一冊の分厚い本を抱えている。
フードに半ば隠れたその顔は、どういうわけか
その足元に明滅する魔法円が、その者の名と、属する世界観を示していた。すなわち、
「ダン……タリ、アン……」
「そう。
魔神は答えず、左手で彼女を指さした。
それに対して彼女は
両者それきり、まるで動かない。
いや、なにがしかの
耐え難い、振動と圧力とが絶えず空間を揺さぶり、不快な耳鳴りが
雅紀は何も出来ず、何も言えないまま、その様子を見ているしかなかった。
知らず知らず、握りこんだ手に汗がにじむ。
そのまま、どれほどの時間が経ったのか。
――
突如として
思わず目を閉じる雅紀。
その風音の中に、無数の人間の無数の声が入り交じって聞こえた。
風はすぐにおさまった。
雅紀がゆっくり目を開けると、魔神の姿は消えていた。彼女の姿もまた。
あわてて
先ほどまでの異形の気配は消え去っているが、代わりに一匹の白蛇がそばにいて、小豆を守るように煌鷹を
「気にせずとも、もう今日は何もしないよ。……行こう」
煌鷹は智明を促して社を出、白蛇から視線を外さずに脇を通り抜けて去って行った。
「小豆は……大丈夫なのか?」
雅紀はなんとか身を起こすと、倒れている小豆に駆け寄った。
白蛇の姿がすっ、と消える。
「小豆?」
抱き起こして呼びかけると、小豆はゆっくりと目を開けた。
「雅紀、煌鷹は……?」
「……逃げた」
「まあ、仕方ないわね。それより、今は休まないと」
小豆は自分で起きようとしたが、すぐにバランスを崩してしまう。
「神降ろしはやたらと消耗するのよ。まして今度は、
「ああ、そうだな」
雅紀が肩を貸して立ち上がり、社を後にする。
人を吹き飛ばすほどの衝撃だった
その直後に吹き荒れた陣風もまた然り。灯明は消えているが、風などいつ吹いたのかというくらい、まるで影響がなかった。
雅紀は不思議に思ったが、きくのはやめた。
おそらく、そういうものなのだ。
社の前には煌鷹のSUVはもうおらず、代わりに
「お前ら、無事だったか」
「ええ、なんとか。叔父さんも無事だったみたいね」
「まあな」
お互いに少なからず消耗しているせいか、交わす言葉も少なくなる。
それきり、互いに何も言わないまま、三人は車に乗り込んだ。
後部座席に座ると、隣に座った小豆が不意に手を握ってきた。
「え……?」
「あのね、雅紀……。今日は、その、ありがとう」
雅紀が戸惑っていると、小豆は耳まで真っ赤にしながら、こっちに顔を向けた。
「その、ちゃんと
「ああ、うん……」
八尺様が去った
煌鷹が次に繰り出してくる手も分からない。
だが、不思議なことに、煌鷹とはもう二度と敵対することがない、そんな気がしていた。
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