其の三
†3†
その週末のこと、
そもそもの
一緒に来た
「……ねえ、雅紀。
待ち合わせ時間が近づくにつれて、小豆が殺気立ってくる。
「どうしたって……わかった、電話してみるよ」
雅紀はスマートフォンを取り出して一也に電話をかけてみた。一也は数回のコールで出た。
『よっす、どうした、雅紀?』
「もうすぐ時間だけど、今どこにいるんだ?」
『あー、もうみんな集まってんのか。わかった、今行くからちょっと待ってくれ』
電話はそれで切れた。
「かずくん、なんだって?」
「すぐ来るって言ってた。ってか、なにも言ってないのに集まってるのがわかったような口振りだったな」
「ふうん? どこにいるんだろうね?」
京が右手を額にかざして周囲を捜すポーズをする。
「そんなことしても見つからないでしょ、普通」
千佳がきくと、京はにっ、と笑って背筋をまっすぐ延ばし、右手で一点を指さした。
駅前通りの向こう側にある小さな、しかし霧雨市周辺で唯一のアニメショップ。その入り口が開いて、一也ともう一人、線の細い
短い髪を軽く逆立て、寒色の地味なジャケットを着ているが、見えている腕は細いながらにしっかりと肉が付いている。
「悪い悪い、こんなに早く集まるとは思わなくてさ」
一也は横断歩道のところで手を振っている。
「やれやれ。行こうか、小豆」
雅紀は肩をすくめると、先に立って歩き出した。横断歩道を渡って一也たちと合流すると、すぐに千佳が口を開いた。
「それで、かずくん? そっちの人ははじめましてだよね?」
「おう。同じ一年の
「そっか。あたしは
「よろしく……。あのっ、その、きよっさんっていうのは……」
「ごめん、赤尾。千佳は大体いつもこんな感じなんだ。ちょっと馴れ馴れしいけど、気にしないでくれ」
雅紀がフォローに入ると、清志はうん、とうなづいた。
クラスが違うので雅紀も初対面なのだが、話し方から、あまり女性慣れしていないような印象を受けた。千佳の態度が気に
「あんまり気にしない方がいいわよ。彼女、あまり人のペースに合わせないタイプだから。それより、早く行きましょ。お腹空いちゃったわ」
「それもそうだな。行こうぜ」
小豆の提案に一也が同意する形で、一行は『ダニエルズ』に場所を移した。
四人掛けのテーブル二つをつなげた八人席を押さえ、軽食とドリンクバーを注文すると、一也が早速スマートフォンを取り出した。
「あ、待ってよ。あたし、タブレット持ってきてる」
千佳がそう言うや、ショルダーバッグからタブレット端末を出してきて動画配信サイトに接続した。
「こっちの方が大人数には向いてるでしょ?」
「準備いいなぁ、海北」
「まーね」
千佳は満足そうに笑う。
「じゃ、再生の準備しとくから、みんな飲み物取ってきていいよ。……京、あたしの分はアイスコーヒーお願い」
「ん、わかった。じゃあ取ってくるよ」
京が立ち上がり、ドリンクバーの方へ歩いていく。それを皮切りに、他の面々も立ち上がった。
雅紀は、機械の前でしばし悩んだ末、ジンジャーエールを注いだ。
席に戻ると、さっき注文した食事がもうほとんど来ていた。小豆などはすでにハムサンドを両手で掴んで今にもかぶりつこうとしている。
「遅いぞ、雅紀」
よほど楽しみにしていたのだろう。一也が口を尖らせた。
「悪い」
雅紀は小さく謝ると自分の席に戻った。
「それじゃ、再生するよ」
千佳がタブレットを全員から見えるようにテーブルの中央に置いた。すでに全画面モードになっていて、中央には大きな再生ボタンが表示されている。
千佳は、一度大きく息を吸うと、再生ボタンを押した。
開始から数秒間は真っ暗な画面の中で静かなBGMだけが流れていた。
やがてBGMが止まると、画面いっぱいにタイトルが表示される。
『黒目様の噂 ~FOLKLORE OF THE BEK~』
「べっく?」
「Black Eyed Kids、黒い目の子供たち、っていう意味よ」
風の音のような、新たなBGMと共に、書斎のような一室が映し出される。どうやら遅い時刻のようで、室内は暗く、机の上、デスクライトの下だけがぽっかりと明るくなっている。
その
やがて、そこに昼間の街の様子がオーバーラップしていく。
画面の切り替わりが終わった時、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「これ、霧雨だよな?」
「たぶん
カメラは、時折再現や想像のシーンを交えながら、主人公がひたすら黒目様の噂を追いかけていく取材風景を淡々と映していた。
そして、最後に主人公は、霧雨市と
『私は、取材によって得られた様々な情報を付き合わせた結果、最初期の目撃情報がこの近辺に集中していることを突き止めた』
物静かなナレーションが、そう告げる。
やがて、場面は森の中に眠る、古びた洋館の前へと移る。
『周囲を捜索した私は、一件の古い洋館を発見した。怪しい。そう感じた私は後日、地権者に許可を得て洋館内に突入した』
ナレーションに合わせるように、カメラは門の脇の通用口から庭に入り、生い茂る雑草をかき分けながら玄関ポーチに近づいていく。
「ここって、ひょっとしてあそこじゃない?」
「うん、リリー館だと思う」
雅紀と一也はうなづきあった。
「リリー館?」
「小豆は知らないのか。
「あら、そう。聞いたことがないけど?」
「幽霊が出るって噂がある、ちょっとした心霊スポットなんだ。まあ、噂ばっかだけどさ」
「そりゃあ、仮にいたとしても霊感が目覚めてない人間には見えないもの」
小豆と一也がそんなやりとりをする間にも、カメラは洋館の中を探索していく。といっても、ほとんどの部屋は埃除けのシーツが被せられた家具が並んでいるだけで、生活感は微塵もないが、怪しいこともまったく起こらなかった。
ナレーションによれば、地権者が定期的にやってきては手入れをしているため、さほど荒れていないのだという。
館内の探索を終えたカメラは、再び洋館の外観を映す。そこから、場面は再び最初の書斎に戻る。
ナレーションが取材を総括し、黒目様が実在するか? という疑問を視聴者に投げかけて、二十分の短編映画は終わった。
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