其の八
†8†
「……っていうわけなんですけど、どうなんでしょうか? 私、何か間違えてしまったんでしょうか?」
不安げな表情で話し終えた
放課後の図書室に人影はまばらだ。
部活の方には用事で遅れると連絡してあるが、それでも智明と密会しているところを人に見られたくはなかった。
「そんなことはないよ。ひいな神っていうのは一種の
「座敷わらし……? ってあの、見ると幸せになるっていう霊ですか?」
「霊ではないかな。種類としては妖怪か、妖精だよ。ま、どちらにせよ、うまく付き合っていく方法を考えないといけないのは一緒だけどね」
智明がそう言ってくれるだけで、純は気持ちが落ち着いてくる。
「元々座敷わらしっていうのはいたずら好きな妖怪だと言われてる。ひいな神もそれと一緒で、君にいたずらしようと出てきたのかもしれないよ」
「じゃあ、何か間違えたわけじゃないんですか?」
「うん、今のところはたぶん、ね。でも、これからも願いをかなえてほしいなら、時々はいたずらに付き合ってあげるくらいの気持ちでいた方がいいだろうね」
「はう、そうですか……。じゃあ、そうしますっ」
純は力強く立ち上がった。
「うん、がんばれー。あたしも影ながら応援してあげるからさ」
純は気合いを入れて立ち上がり、駆け足で図書館を出る。
体育館に顔を出すと、バスケット部は練習の真っ最中だった。
クリップボードを抱えて練習の記録を付けていた三年マネージャーの
「
「あっはい、終わりました。すみません、今着替えます」
「うん、なる早でね。なんか今日、
「そうなんですか? わかりました」
純はステージ裏にある女子バスケット部の部室に駆け込んで手早く体操着に着替える。
その最中、ふと背後に誰かの気配を感じた。
そっと振り向くが、誰もいない。
「……あれ?」
後ろにあるのはロッカーだけ。
幅も奥行きも中に人が隠れられるほどではないそのロッカーの扉は、しかしほんの少しだけ開いていた。
ひょっとしたら、閉め忘れたのかもしれない。
純は扉を閉めてあげようとして気付いた。
この部室で使っているロッカーは女子部員とマネージャーを合わせた人数より少しだけ多い。
そのため、新入りである純の向かいのロッカーは誰も使っていなかった。
だから、閉め忘れるはずがないのだ。
あるいは、個人の荷物ではなく、部の共有物をしまうために空きロッカーを使ったのかもしれないが、仮にそうだとしても、半開きのまま部室を出て行くとは考え辛い。
それに、もしそんなことがあるならばさっき斎藤と話した時に一言あったはずだ。
だから、純は扉に手をかけたまま
一度、中を確認した方がいいのではないか、と。
純は大きく深呼吸すると、ひと思いに扉を開けた。
「……!?」
半ば予想していたことではあった。
けれども、信じたくないことでもあった。
ロッカーの中には、やはり何も入っていなかった。
じゃあ、どうして扉が開いてたんだろう?
純の頭の中に次々と疑問符が浮かび上がってくる。
「純、遅いけどどうしたー? なんかあったのー?」
部室の外から同じ一年の女子部員に声をかけられて、純は我に返った。
「ううん、なんでもないよー」
そう、なんでもないのだ。
自分にそう言い聞かせながら、純はロッカーを閉め、再び絶句した。
扉の表面に、子供がクレヨンで書いたような赤い字で『つぎのおねがいなあに』と書かれていたのだ。
「え、なに……これ?」
純はどうすればいいのか分からず、一、二歩後ずさった。
「純ってば! どうしたの?
外からの女子部員の声にどう答えていいかわからず、純はとりあえず着替えようと自分のロッカーの方に向き直った。
そこに、一匹の
見えないほど細い糸で天井から下がっている、三センチほどの蜘蛛。
「はわわわっ!?」
純はそれに驚いてバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「純!?」
その音に驚いたか、外にいた女子部員が踏み込んできて、そして蜘蛛に気付くと、手近にあるモップを掴んで突き込んできた。
「地獄からの使者めっ! 許せぬっ!」
「おのれスパイダー。我がアイゼンクロイツ・オルデンにとって最大の敵が現れた!」
特撮番組の悪役のような捨てぜりふを吐くと、彼女は純に向き直った。
「んもう、スパイダーが苦手だったんならそう言ってよ」
「ごめん、今度はすぐ言うよ。それより、この落書きなんだけどさ……」
純は空きロッカーを指さして、そしてまた硬直した。
ロッカーの扉に確かにあったはずのメッセージはどこにもなかった。
消えた? あり得ない。
クレヨンで書いた文字というのはそう簡単に消せるものではない。
だとしたら、最初から文字などなかったのだろうか?
そうだとしたら、幻を見たのかもしれない。でも、どうして?
純は頭の中がこんがらがりそうになって、急いで頭を部活に切り替えた。
「さて、急がなきゃ。斎藤先輩待たせちゃってるし」
「そうだね。じゃあ、またなんか出たらすぐ呼んでよ?」
「うん、わかったってば」
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