其の九
†9†
その晩、
窓から差し込む月明かりで部屋の中がおぼろげに浮き上がっている。
枕元の目覚まし時計によれば、まだ日付が変わってさほど経っていないようだった。
開け放した窓から夜風が吹き込んで、昼間よりだいぶ涼しい。
「あー……?」
なにか楽しい夢を見ていた気がするが、いまいち思い出せない。
「あれ?」
何気なく目線だけで部屋の中を見回していた純は、クローゼットが開いているのに気がついた。その中に眠るものを思い出し、連鎖的に部室でのことも思い出す。
「つぎのおねがい、か。そう言えば先輩と知り合ってから、お願いすることなくなっちゃったな。そんなにきかれても思いつかないや……」
呟きながらクローゼットを閉めるために起きあがろうとした、その瞬間だった。
急に身体が締め付けられ、身動きが取れなくなった。
「う、ふふ、ふ、ふ……」
小さな笑い声がした。
いつの間にか、昨日の少女が純の胸の上に座っていた。
「ねぇ、お願い、決まった?」
にこにこと笑いながら、少女は純に語りかけてくる。
「お願い、決まった? 決まったよね?」
純は胸を圧迫され、声が出せない。
「ねぇ、決まったよね? あの
その笑顔がとても邪悪なものに見えて、純は必死に首を横に振った。
「どうしてイヤイヤするの? お姉ちゃんは何も考えないで、ただ『うん、そうだよ』って言えばいいんだよ? なのにどうして?」
純はそれでも必死に否定する。
首を縦に振れば、とんでもないことになる気がして。
「あ、そっか! 怖いんだね。大丈夫、懲らしめるだけだから」
そんなはずがない、と本能が
「わかってるんだよ。お姉ちゃんがあの人のことヤだなー、って思ってることくらい」
そこは否定できなかった。
「ほら、ウンってうなづけばいいんだよ」
少女の声はまるでねっとりとした粘液のように、純の耳から入り込み、脳を
「お姉ちゃんはあの人を懲らしめたい。そうでしょ?」
気をしっかり保たなければ、すぐに従ってしまいそうになる。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんは何も悪くない。悪いのはあの人。そうでしょ?」
首を振る。
「そうでしょ?」
横に振る。
「そうでしょ?」
何を聞いてるのかなんて、関係ない。
「お姉ちゃんは本当はもっといじめてほしいの?」
全力で否定する。
「だって、そうでしょ?」
横に振る。
「じゃあ、違う?」
横に振る。
「実はあの人を懲らしめてほしくない?」
必死に否定する。
「あはははっ、そっかぁ。じゃあ、そうするね!」
少女は突然立ち上がると、満足げに笑いながらすっ、と姿を消した。
残された純は何が起きたのか分からず、しばし呆然としていた。
だが、時間が経って落ち着いてくると、ようやく自分がひっかけられたことに気付いた。とんでもないことをしたという感覚がわき上がってくる。
「えっ……ど、どうしよう?」
そういえば、
悪い想像が次々に巡ってきて、純はついに一睡もできないまま朝を迎えた。
朝食を食べていても不安はまったく消えず、むしろ広がっていく一方。
純は、寝不足で重い頭を抱えながら、不安に突き動かされるように学校へ向かったのだった。
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