其の八

   †8†


 霧雨きりさめへ帰る途中、小豆あずきは集落入り口の鳥居の前で車を止めさせた。


「どうした、土田つちだ?」

「少し気になることがあるのよ」


 小豆は車を降りると、まだどことなくぎこちない足取りで石段を登っていく。それが気になった雅紀まさきは慌てて小豆を追った。

 石段を登っていくと少し開けた広場があって、その中央に注連縄しめなわで囲われた石がある。

 石、といってもほぼ球形をしたそれは直径が一メートルほどあり、広場の入り口に向いた方向には、大きな円形のくぼみが二つ、彫られている。

 見ようによっては、それは集落の入り口を見張る大きな髑髏どくろのようでもある。

 だが、髑髏の頭頂部にあたる部分は大きく砕けてへこんでおり、その破片は石の周囲に散乱している。

 小豆はその有様ありさまをしげしげと眺めると悔しげに首を振った。


「この石を髑髏に見立てて、その眼力でミチキリの役割を担わせていたのね。でも、今はもうその力は失われてる」

「てっぺんが割れてるから、か?」

「そうよ。自然に割れるような場所じゃないし、誰かが故意に割ったんでしょうね」

「それが、八尺様はっしゃくさまがオレを追って霧雨に現れた原因なのか?」

「そういうこと。この石が髑髏に見立ててある以上、その霊力の源は頭頂部になるわけ」


 湿気をはらんだ風が木立の間を吹き抜ける。

 じっとりとした汗が額ににじんでくる。

 気の早い蝉の鳴く声が森の奥から響いてきた。


「もうじき夏ね。彼岸と此岸が近付く、嫌な季節よ」


 小豆は空を見上げると、眩しそうに眼を細めた。


「さ、そろそろ行かないと。先生が待ってるわ」

「もういいのか?」

「見るべきものはもう見たもの」


 だからもう興味がない、ということらしい。

 さっさと広場を出て行く小豆。雅紀も慌ててその背を追った。

 帰りの車中で、雅紀はふと小豆に訪ねた。


「そうだ、そういえば土田、部活は?」

「……何よ、藪から棒に」

「いや、えっと、なんというか……」


 雅紀がしどろもどろになっていると、小豆は口元だけで笑った。


「まあいいわ。今のところは帰宅部ね」

「じゃあさ、美術部、入らないか? 今年、一年生はオレだけなんだ」

「美術部ね。考えとくわ」


 小豆は短く答えると、再び沈黙した。


「ヘッ、確かに俺ぁ青春しろって言ったが、相手がよりによって霊感少女こいつかよ」


 運転席で朝倉あさくらが心底うんざりした様子で言った。

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