誤算
四月五日 火曜日 十三時二十五分――
安賀多は人差し指を立てたまま、仮説を説明する。そう、玲子が来た時にはすでに自動給餌器は空っぽだった。キャットフードのストックがわざと空っぽにされていたなら。なぜなら、猫がいないことが気づかれないように、それを遅らせるために。
「誰が、空っぽにしたか、玲子さんではありません。それでは誰か、立花さん、あなたですよ。井口季実子さんのところへ空き巣に入るため、出かけた際に、アポロを逃がしてしまったんですね?」
「……だから、玄関はオートロックだってば!」
「玄関ではありません」
立花恵里が衝撃を受けた顔になる。安賀多はもう一度ゆっくり言った。
「玄関ではなく、あなたが出たのは――」
安賀多が人差し指をキッチンの方へと伸ばす。
「勝手口ですよ!」
「っ!?」
「アポロを見つけた日、玲子さんが、ゴミ出して来ると言って、アイランドキッチンの脇にある勝手口から出て行きました。その時、ふつうに出入りしていましたよ。鍵なんかなくてもね」
安賀多は笑顔を見せる。
「立花さん。あなたは、愛翔くんを寝かしつけてから、勝手口から出て井口季実子さんのお宅へ向かった。警備が来る前に、百万円の隠し場所を知っているあなたは、空き巣を成功させて飯島家に帰って来た。だが、誤算は、勝手口を開けた時にアポロが飛び出して脱走してしまったことだ」
立花恵里が立ち上がり、染倉寛子の元へ駆け寄る。
「奥様! なにか言ってください、奥様」
寛子は冷ややかな目で恵里を見る。
「あなたがそんな人間だったなんてつゆ知らず、みんなに紹介していただなんて恥ずかしい。近寄らないでちょうだい」
「そんな……奥様」
恵里は膝から崩れ落ちる。顔を両手で覆って、泣いているようだ。
「あまり、立花さんを突き放さない方がいいんじゃないですか?」
真琴がキッチンから寛子に声を掛ける。それに返す、寛子の口調は冷たい。
「どういうことかしら?」
「言葉通りです。被害者宅を紹介したのは染倉さん。染倉さん自身、お金に困っていたようですし」
「失礼なことを言わないでちょうだい」
「蔵の近く真新しい足跡があって、気になってたんですけど、警察にちょっと家宅捜索してもらいます?」
「――っ」
「案外見つかるんじゃないですか? 猪瀬さんのネックレスと、今まで盗んだ大金」
「何を根拠に」
「ヘビの花ちゃんのことなんてどうでもよかったんですよね。空き巣は成功しているから。探偵が元警察官だと知って、空き巣事件に首を突っ込むように仕向けたのも、警察がどこまで嗅ぎつけているか知りたかったからじゃないんですか?」
真琴はアイランドキッチンに両肘をつきながら、冷ややかに笑う。
「さんざっぱら口裏合わせてたくせに、不利になった途端に切り捨てるんですね。でも残念でしたね、探偵はあなたたちが思っている以上に、優秀でしたよ――って先生が言ってましたー」
寛子は図星であったのか、黙り込んでしまった。大田原は、寛子に近づく。
「署で少しだけお話させていただけますか。牧瀬」
「は、はい!」
牧瀬は泣き崩れる恵里に寄り添って、家の外まで連れて行った。
大田原は、部屋を出る前にテレビ台の前に立つ安賀多に声を掛ける。
「後は任せていいんだろう?」
「もちろんだよ」
安賀多の余裕を含んだ声に、大田原は軽く会釈してから飯島家を後にした。いつの間に待機していたのか、パトカーと捜査三課のメンバーが寛子と恵里の二人を警察署に連行していった。
残された飯島聡、優梨愛、愛翔、折原玲子は、急に静かになったリビングダイニングルームで不安そうな顔をしていた。玲子は途中から、愛翔の耳を押さえて、聞こえないようにと抱きしめていた。
安賀多は、サングラスを外した。
「実は、ここでもう一つ解決しないといけない事件があります」
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