猫がにゃく「鳴ー。」
「はい、カルーアミルク」
「あ、ありがとうございます……」
ショー先輩にお礼を告げて、ちびちびとそれを飲む。
まだ20歳になったばかりなのでお酒には慣れていない。
ビールなんて飲めやしない。
だが、カルーアミルクは甘ったるくて、でもそれがどこか懐かしくて、とても好きだった。
「売り上げとかどうなん?」
「あーぼちぼちかな。コロナ禍の影響でガタ落ちしてて一時期はヤバかったけど、最近は復活してきてるね」
「へーよかったじゃん」
軽音部の先輩とショー先輩がそんな会話をしている。
俺はショー先輩のことを知ってはいたが、あちらは俺のことをきっと知らない。
もちろん、あの子の話なんてできるわけがない。
「ショーが俳優だったのは知ってるよな?」
「あ、はい……」
「よせって。昔の話だって。すぐ辞めたし」
「や、辞めちゃったんですか……?」
「まぁな。稼げないし。顔が良くても、中身が空っぽなことがバレちまった。別に演技が好きってわけでもないしな」
ショー先輩はくたびれたように首を曲げてヘラヘラと笑いながら、キッチンで串カツの盛り合わせを作っていた。
俺は何もいえなかった。
借りてきた猫のように大人しくしている。
「どこの世界も同じだと思うけど、はじめから完成品を求めるんだよアイツらは。だからこっちの苦労なんて気にもせずに勝手に消費していく。まぁ仕方ないことなんだけどよ。夢を追うとか好きなことして食っていくとか、気軽に言うけど、そのぶんのコストを考えたら割には合わん。みんな養成所に夢を買いにくるけど、むしり取られるだけむしり取られて、最後にはポイだ。ゴミ箱ゆき。あとに残るのは職歴も学歴もないフリーターだけ。俺にそこまでの覚悟はなかった」
「色々経験してんなぁ」
「まぁなw」
かつてこの人は“黒い噂”が絶えないと言われていた。
たくさんの地獄を見てきたのかもしれない。
「はい。串カツの盛り合わせ。これはサービスしとくな」
「おおー、さんきゅーw」
ショー先輩はそう言って笑った。
カッコいい人はそうやってスマートになんでもこなすからカッコいい。
だけど、こんな優しくてカッコいい器の広い人でも俳優の世界では通用しなかったようだった。
世界はあまりにも広い。
「そんで、浜松くんは将来的に音楽で飯を食っていきたいわけ?」
「い、いえ……。自分も、恥ずかしながら……そこまでの覚悟はなくて」
「ないのかーw」
「自分が好きだからやってるって感じです……はい」
「おいー!w」
軽音部の先輩に肩を小突かれたが、俺はうまく笑えなかった。
ショー先輩は「いいじゃん、いいじゃん」とキッチンで笑いながら、手元のライターでタバコに火をつけていた。
かなり自由である。
「大事なことだわな。みんながみんなガチ勢ってわけでもないし。大学生の部活なんて気楽にやりゃいいんだよー。趣味、趣味。てか、バンドマンなんて大体みんな女目当てだろ」
「俳優も一緒じゃねぇかなw」
「まぁなw 女にキャーキャー言われたくてやるようなもんだし」
ショー先輩は俺たちの向かいの席に座った。
この時間はお客さんがあまり来ないらしく、サボっていてもバレないらしい。
「浜松くんは彼女いないの?」
「いや、あっ、えっと……」
「ショーやめてやれw こいつがモテるわけねぇだろw」
「もしかして童貞?w ソープ奢ってやろうか?w」
「え、遠慮しておきます……」
「ぷははww」
恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
だけど、モテないというのは同意見だ。
彼女なんてできるわけがない。
「あんな、教えておいてやるよ。学生時代のうちからいっぱい女を知っておかないと社会人になったらマジで出逢いないぜー? 俺もさ、高校生の頃、当時付き合ってた女の子に振り回されたことがあってさ、そっから女の怖さを知ったんだが……まぁ、だからなんだ。がんばれ!w」
「助言が雑すぎw」
肩を叩かれる。俺は笑えない。
この人がかつて付き合っていた女の子のことを知っていたからである。
それを言うべきか悩んだ。
ジッとそれを吐く機会を窺った。
「てか、ショーの例の元カノ。今、ソープ嬢やってるんだっけ?」
「さぁ、知らん。あんなメンヘラ二度と関わりたくもねぇ。人生が狂わせられるところだった!」
「わろた。浜松〜。こいつの元カノの話ほんとおもしれぇーんだよ。なにされたんだっけ? 確か道端で、急にズボン脱がされて?w」
「やめろやめろ!w トラウマなんだわ。あんな地雷を踏んでしまったかつての自分に嫌気がさす! すぐ泣かれるし、クソメンヘラでワガママだし、束縛エグいし、わけわからん嘘話を周囲に言いふらすし、まっっっじでしんどかった!!!! まぁめちゃくちゃエロかったからそれはよかったけど……」
「よかったのかよw 結局男って性欲に負けるんだな」
「まぁなw」
肩を叩いてバカ話をしている二人を、俺は黙って見ていた。
もうカルーアミルクの味はしない。
なにも笑えない。
見たくもない、知りたくもない、聞きたくもない、非情な現実がそこにはあったからだ。
「なんかでもライブチャットでたまに投げ銭稼いだりしてるらしいぜw 全裸になって」
「知らねぇーって!w」
「お前も投げ銭してコメントしてやれよ。『かつての恋人だったものですが……』って!w」
「しないってw いや、ホント、性欲に負けたらあかんぞマジで。浜松くん。これはよく覚えておけよ!」
「どの口で言ってるんだがw」
酒のせいか、頭がぼーっとしていた。
どうしてか涙が出てきてしまい、俺はその場で号泣してしまった。
二人には「泣き上戸かよ〜w」と肩を揺さぶられたが、そうではなかった。
ただひたすらに、自分を悔やんでいた。
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