あんまり俺のことをバカにすんじゃねぇぞ? いいな。今までずっと黙ってたけどよ俺シャトルラン100回できっから! 100回できっから!!


「おなかすきましたねー」


 ねこちゃんがこの場所に来てから早三週間近くが過ぎようとしていた。

 彼女の距離感の近さにも慣れ始めてきた。

 ほら今だって俺の肩に頭を預けているし……。


「おなかすいたな~」


「お弁当は」


「ないです。あ、先輩のそれおいしそー」


 手元には菓子パン。かじっている途中。


「おいしそー」


 彼女はそう言ってあぐらをしていた俺の膝に寝転んできた。

 ごろにゃーん。


「あーん」


 ……。


「あーん」


 ……。



 口を開いて俺がパンを食べさせるのを待っている。

 ごろごろにゃーん。



「……食べたいの?」


「たべたいの」


「じゃあ、はい」


「がぶり」



 自分で効果音まで言っちゃって、勢いよく菓子パンを食べてゆく。

 いたいいたいいたい! それ指! 指だから!


「あ、間違えました。ごめんなさい」


 にゃーんと舌を出して謝ってくる。

 可愛いから許す。


「指をぺろぺろしてあげましょうか」


「……いや、いい」


 恥ずかしくなって、すぐに近くにあったウェットティッシュで手を拭く。

 この子がいると調子が狂う。


「照れ屋さんですなー」


 言ってる彼女はまた膝の上で寝転んでいるが、口元には砂糖が付着していた。

 恐る恐る手を伸ばして、ウェットティッシュで口元を拭く。

 彼女は目を見開いたあと、ほんの少し動かなくなった。


「……照れ屋なのは君も同じだ」


 彼女は何も言わない。

 俺もそれ以上は追求しない。


 この関係は一体なんなんだろうか。


 ※ ※ ※


 ねこちゃんのことはよくわかっていない。あの喧嘩の時に励ましたから懐かれたってこと以外、ほとんど彼女の話を聞いたりしない。別にそれでもこの関係は成り立っているから問題はない。

 最初に出会ってから時が経過したからか、俺も彼女に慣れてきた。だから自然体でいられるようになったと思う。

 でもわからないことがある。

 どうして俺なんかに懐いているのか、その理由をハッキリと聞けずにいる。


 いやでもたぶんきっとそれを聞くのは野暮なのだろう。


 正直なところ、俺はこの関係に甘えている。自分に自信がなくて、どうしようもないお調子者キャラの俺だけど、この子の前では素直になれた。彼女がいると楽しいし、彼女が笑うと幸せな気持ちになれる。

 好かれているだなんてことは理解しているが、やはりまだ疑っている。

 だって俺は女子に好かれるような男じゃないから。

 顔だって不細工だし、ニキビで太っている。


 ーーこんな俺の何がいいんだろうか。



「ねこちゃん、ちょっといい?」


「はい。なんですか」

  


 膝から起き上がる。彼女はタオルを広げて地面にひょんと正座した。



「ねこちゃんはさ、俺のことどう思ってるの」


「なんですか、急に。まじめになって。らしくないですね」


「ずっと気になっててさ。聞けなかった。どうしてこう……いつもここに遊びにくるのかなって」



 ねこちゃんはうーんと考えてそれから答えた。



「ひまだからですかね」


「ひまって酷いなぁ」


「だって先輩が相手してくれるから」


「いや、まぁそうだけど……」


「相手してくれる先輩がすきです」



 彼女はごろにゃーとまた俺の膝にのしかかってきた。

 今の発言に、少し引っかかる。



「ね、ねこちゃん」


「なんでしょう。……あ!」


「え、」



 彼女は俺の手を掴んでゆっくりと袖をまくっていく。

 そうして満足そうに頷いた。



「ああ、よかったです〜。先輩の腕の毛がずっと気になっていたんで。剃ってくれたんですね。わたしのために。ありがとうございます」


「ああ……まあ、女子はこういうのは苦手だって聞いたから」

 

「うれしいです。じゃあ、次はお腹ですねー。ふっくらしてるの可愛いかなーとおもったんですけど、やっぱりだらしないです」


「……おっしゃる通り」


「来週までに10キロ落としてきてくれたらうれしいなぁ。女子は痩せてる男子のがすきなんですよ?」



 ……。



 彼女はそう言って、ふんふーん♪と鼻歌を鳴らしはじめた。

 流石の俺も違和感を指摘せざるを得なかった。



「……ねこちゃん、やっぱり真面目な話をしてもいいかな」


「いやだといったら?」


「したいんだ、お願い」


「えー、えっちなことをするのはまだ早いですよー?」


「ここはふざける場面じゃないから……お願いだ」


「はあ、なんでしょう」


 彼女は起き上がる。

 俺はまっすぐ目を合わせる。


「ねこちゃんは俺のことが好き?」


「好きですよ。先輩は?」

 

「好きだ。じゃなくて」


「あ、わかりました。告白してくれるんですね? やだなー。私たちもう付き合っているみたいなもんじゃないですかー」


「ねこちゃん。ふざける場面じゃないよ」


「……真面目な話はすきじゃないです」


 彼女が何かを切り出されるのが嫌なのはすぐに理解した。


「またカフェいきたいなー」


「ねこちゃん」


「今度はわっふるがたべたいなー」


「ねこちゃん」


「でもぱんけーきもすきなんですよねー」


「ねこちゃん」


「先輩はどっちがすきですか? 帰りに食べにいきまひょ」


「行かない。ねこちゃん聞いて」


 俺は逃げない。まっすぐ向き合う。



「……なんなんですか」

  


 ムッとした顔で言われる。

 俺は動じない。



「ずっと気になっていたんだ。なんで自分なんかが君みたいな可愛い子に相手にされているんだろうなって。疑問に感じていた。だって、俺は明らかに清潔感のない“トドセルガ”だから」


「それが先輩の良さだとおもいますけどね。かわいくてすてきですよ?」


「違う。君はそうは思っていない。思ってないよね、君は。嘘をついている。ずっーとそう。俺と同じだ。ねこちゃん君は嘘つきだね。いや、嘘というのは変かもしれない。君にとってそれは“真実”であり“嘘”でもあるんだ。たぶん君の瞳に映っているのは俺じゃない。浜松敦なんかじゃない」


「なんですかそれ。全然おもしろくないですよ」



  俺は動じない。

  劇場は終焉の時間だ。



「──そして、ショー先輩でもない」


「なんで、あのひとがでてくるんです?」



 彼女がムッとする。俺は答えない。



「一個だけ聞かせてくれ」


「なんでしょう」


「君は相手をしてくれるひとなら誰でも好きになるのか」


「はい?」


「ワガママを聞いてくれる相手なら誰でも好きになるのか。懐くのか」


「……」



 ねこちゃんと見つめ合う。

 しばらくして、彼女は面倒くさそうにため息をついた。



「……そう、ですけど」



  あっさり自白。



「いや別に先輩がいやだったらわたしはすぐにどこかに行きますけどね。あ、わかりました。いやなんですか? わたしのことが嫌いなんですか? ? でも、信じられないのならすぐに消えますよ。はい、はい、はい。構いませんよ。わたしはワガママですから。子供ですから」



 彼女から出てくる言葉はかつて誰かに言われたものなのだろうか。



「ねこちゃん、俺は……君のことが本気で好きだ。君が悲しんでいるときは笑わせてあげようと思っている。いつでも笑顔でいてほしいし、色んなワガママだって聞きたい」


「じゃあ、真面目な話はやめてください。もっと楽しい話をしまひょ。おねがい」


「ただ君のワガママはちょっと違う。これはきっと──俺に向けられたものではない。わかるかな」


「わかりません」



 彼女は即答する。



「……じゃあ、どうしてショー先輩と別れたんだ」


「さあ? あの人はサイテーでしたし、気にしてませんけど、いやだったんじゃないんですか」


「……なにがいやだったんだ」


「わたしのワガママを聞くのが。もういいじゃないですかー。やめましょ!」



 俺は逃がさない。彼女と向き合う。



「君が俺のことを知りたがっていたように、俺も君のことを知りたいんだ。だから本当の気持ちを教えてくれ」


「はい、なんでしょう」


 

 彼女に俺は本音を告げる。

 抱えていた気持ちを全部投げつける。



「お、俺は、ねこちゃん。君のことが好きだ。君とお付き合いしたいと本気で思っている。いっぱいキスしたいと思ってるし、えっちなこともたくさんしたいと思ってる。これは本気だ。だから、教えてくれ。君は──本当に俺のことが好きか? たとえば一切君のワガママを聞かない、面白いことを何も言わない真面目そのものの浜松敦だったとしても、好きでいてくれるか? 冗談ではなく本気で、好きなのか?」


 

 小柄で、色白で、懐きやすい、歳下の彼女に本気で恋をしている。

 ふざけて装って、お調子者を演じていた俺が、恋愛に真剣になろうとしている。


 いいのだろうか、こんな俺でも。

 イケメンじゃないキモい俺でも。


 真剣にこの子を好きになってもいいのだろうか?





「え、むりです。だって先輩、顔きもいですもん」








「え、本気だったんですか。いつもの冗談だとおもっちゃいましたごめんなさい。わたしワガママを聞いてくれるだけの存在が欲しいだけで、他人に興味ないんですよねー。自分勝手な“メンヘラ”なんで」







 ぜったいれいどを喰らって俺は死んだ。

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