見せ掛けconscious

宮奏

大雨と少女

その少女は大雨の中佇んでいた。


 しかもこんなゲリラの豪雨の中、避難するでもなく、ただそこに立っていた。

 

 周りは駅前ということもあり、突然の豪雨に多くの人達が逃げ惑っている。都会というほど高いビルは建っていないが、古田舎と呼ぶには車の交通量がそこそこある。いわゆる地方のよくある街中の風景で、少女だけが不自然な光景に見えた。


 未来みくるはその少女の不自然さに思わす視線を固定してしまう。


 丸一日家に缶詰め状態だったので、息抜きで自宅近くのコンビニで買い物を済ませた帰りだった。


 十七歳にしては、落ち着きのある雰囲気を漂わせてはいるが、内心突然の豪雨に苛立ちを覚えていた。傘を持って来なかった為、癖のある黒い髪の毛は、雨水を含んで更にカールを巻き始めている。


 両手にある買い物袋を、口元を縛るように持って走りだそうとした時だった。


 少女は俯き加減で、何か一点を見つめているのか焦点が合っていないのか分からないが、微動だにしていなかった。だが、未来が感じた不自然さはそこではない。




 ―本当に存在しているのか?―




 外見はどこにでもいそうな、ごく普通の少女だ。流行りの服を着こなして、髪型は肩に付くかつかないほどの長さで、軽くウェーブが掛かっている。イエローベースの髪色が綺麗で、少女の小さな顔に合っていた。


 顔立ちはよく見えなかったが、おそらく可愛い系のジャンルに収まるはずだ。


……いや、コレは未来の願望だ。…




 とにかく、未来の視界に映ってはいるが、本当にそこにいるのか?


 矛盾した思考が、彼女を発見した瞬間によぎったのだ。


 未来はそんな感覚を覚えながらも、こんな豪雨の中で身動きもせずにただ立っている彼女が心配になって歩み寄った。


 名前も知らない、奇妙な雰囲気しかない人間に近づこうとするのはかなり躊躇したが、心配と、何より好奇心の方が勝ったのだ。


「キミ、大丈夫? こんな大雨のなか突っ立ってたら風邪……!?」


 意を決して話しかけた時、違和感の一つを目の当たりにした。




「……濡れていない?……」




 未来の頭の中では、彼女は当然のように雨に打たれて濡れている……はずだった。


 大きな雨粒が、彼女の頭や鼻や肩に落ちた瞬間、無数に分裂し弾け飛ぶ。

 弾け飛んだ後も、その無数の水滴が彼女の腕や手、足に再度落ちていく。

 これらが延々と繰り返され、次第に髪の毛が頭皮にベッタリと密着し、袖を通した服は重さを増していき、靴の中は水が貯まり始める。


 誰もが経験した事のある不快感が、今、目の前にいる彼女にも起こっている。未来はそう思って声を掛けたのだ。実際、未来自身が今その状況の中にいる。彼女も同じだと思うのは当然である。いや、自然の摂理である。


 幾千もの大きな雨粒は、彼女の身体に当たるか当たらないかのところで消滅していた。いや、未来にはそう見えた。


 離れた場所からでは分からなかった。

 彼女に近づいてはじめて気がついのだ。


 掛ける言葉を失い呆然としていると、彼女はゆっくりと顔を上げ、未来の方に視線を向けてきた。


 突然の挙動に未来は思わず後ずさりしそうになったが、ここでも好奇心の方が勝っていた。息を呑むとは正にこの事なのかと、変な納得心が生まれては消える。



 少女と目が合った。



 その瞬間、少女は滝に打たれたかのように濡れ始めた。


 黄色味の入った髪が水分を含み、深い色になり始める。綺麗なウェーブがストレートになり、毛先から雨の滴がしたたり落ちる。真っ黒なTシャツも肩から順に雨水を伝える。


 未来は何が起きているのか分からず、混乱し始めた。先程の光景は見間違いなのか。確かに少女は濡れてはいなかった。そう思ったが、いや、家に籠りっぱなしで頭が働いていなかっただけかと、自分を否定する。

 冷静に考えれば、濡れていない事の方がおかしいのだから。



 少女がゆっくりと、一度だけ瞬きをする。

 長いまつ毛が水滴を弾くと同時に、少女の口が開いた。


「私に話しかけてきたってコトは、キミなんだね…」


 少女はそう言うと、額に張り付く前髪をかき上げ微笑んだ。

 

「ホント最悪だよね〜。いきなりこんな大雨でさ〜」


 大きくため息をつくと、肩を落とす仕草をして見せた。

 未来は少女の言葉を聞き、手をかざしながら悪天候の空を仰ぐ。空はどこまでも無限に、雨を抱え込んでるように見えた。

 再度少女を見てみる。今度は降参したと言わんばかりに両手を広げ、同じように空を仰いでいた。


 ほんの数秒前とは違い、存在がリアルに感じられる。未来の目の前にいるのは、紛れもなく少女だった。先程の違和感が一気に薄れていき、何を強張っていたんだと自分でも不思議に思えてきた。


「こんなトコでボーっと突っ立ってたら風邪ひくよ。見た感じ大丈夫そうだけど…家は近いの?」


 未来の問いかけに、少女は目を細めて向き直る。

 ついでに言うと、未来の願望は成就された。まさに可愛い系女子だ。小顔で目鼻立ちがくっきりしていて見つめられると、ついドキリとしてしまう。


「もしかして、豪雨の中でナンパ〜?」


 意地悪そうに片方の眉を吊り上げながら、一歩引くように言う。


「やだ〜私のカラダじろじろ見ないで〜!」

「ちげーよ!人がせっかく心配してやってんのに何なんだ!」


 未来は目を見開いて、慌てて反論する。慌ててというところが、少女の言葉の説得性を増していく。男のさがだ。仕方がない……

 

 「こんな雨の中、身動きひとつせずに突っ立ってる子がいたら心配するだろー、フツー!!周りの人達の方がどうかしてるんじゃないか?皆見向きもしないしさ!」


 少女は未来の言葉を聞きながら、真顔で顔を覗き込む。


「キミ…必死だね…」


 そう言うと、ケタケタ笑い出した。

 感情表現が豊かというのか、人を小馬鹿にしているのか、少女は心の底から笑っているように見えた。

 未来の中で、最初の違和感や奇妙さは微塵も残っていなかった。


「まぁ、キミは良い奴だってことだね!そうしといてあげるよ!」


 最後の一言が聞き捨てならないが、未来は少女の言葉を聞いて一応は落ち着いた。


「まぁ、真面目な話。皆見えてなかったんじゃない?」

「まぁ言われてみりゃ、そうかもな。こんなゲリラ豪雨の中、皆傘持ってないし、周りなんか気にする余裕はあんまり無いか…」


 未来の言葉を聞いて、少女はほんの一瞬だけ悲しげな表情を浮かべ、そして笑った。


 未来はその表情を見逃しはしなかったが、あまり気にも留めず流した。




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