(26)魔術師襲来
「《アメリアの薬師所》か。あいつが言っていたのはここだな」
店の表に掛けられている看板を確認したバルナーは、ドアを開けて店内へと入った。
「いらっしゃいませ!」
アメリアとランデルが挨拶し、彼は軽く会釈してゆっくり店内の様子を観察する。
(さすがに、明らかに魔術師が介在しているような痕跡はないが……。うん?)
そこでアメリアに目を留めたバルナーは、僅かに目を眇めてから彼女に歩み寄って声をかけた。
「すみません。あなたが店主、というか薬師なのかな?」
ランデルは他の客の接客中であり、手すきの自分に声をかけたのだろうと思ったアメリアは、何も疑わずにいつも通り応じる。
「はい。そうですが、どこか調子が悪い所がありますか?」
そう問われたバルナーは、一瞬戸惑ってから言葉を返した。
「あ、ええと……、そうですね。痛み止めを貰いたいのですが」
「そうですか。どこが痛みますか?」
「頭です」
「頻度はどれ位でしょうか? 続いていますか? 頭痛が起きるきっかけみたいなものは、自分で分かっていますか?」
立て続けの質問に彼は若干たじろぎながらも、真剣に考えて答え始める。
「その……、起きるのは偶にです。何かをすれば頭痛が起きるとかは分かりませんね」
「それじゃあ、痛み方はどうでしょう。どこかがズキズキ痛くなるとか、そこまで酷くなくて頭が締め付けられる感じとか。あとは一緒に吐き気やめまいがしたり、物の見え方がおかしくなったりしませんか?」
「いえ、他の症状は特に出ていませんし、どちらかというと頭全体が重苦しい感じでしょうか?」
「暫く安静にしていると、自然に回復しますか?」
「そうですね……。短時間で治る場合もありますし、時間がかかる場合もありますが」
そこまで聞いたアメリアは、カウンターを回り込んで出て来た。そしてスツールを引き寄せ、彼に座るように促す。
「それじゃあ、すこしこちらに来て、この椅子に座ってみてくれませんか?」
「はい、構いませんが……」
「ちょっと失礼します」
バルナーが大人しく座ると、アメリアはその背後に回って彼の肩に手をかけた。
「え?」
彼が肩から伝わってきた感覚を敏感に察知する中、アメリアは彼の肩や首周辺を強弱をつけて揉んだり押したりしてみる。そしてすぐに驚きの声を上げた。
「うわ……、やっぱり結構肩が凝ってますよ? 肩甲骨から肩、首にかけてかなり強張った状態です。こういう状態だと、頭痛を引き起こす原因になりやすいんですよ」
「そうなのか?」
「はい。ですので、今から私が見本を見せますので、同じように首と肩と腕を動かしてみてください」
「はぁ?」
バルナーが困惑している間にアメリアは前に回り込み、彼の目の前で両腕を揃って前方に突き出した。
「それじゃあ、いきますよ? ゆっくり動かしますので、ついて来てください」
「あ、は、はい……」
半ば理解が追いつかないまま、バルナーは彼女の動きに合わせて首や腕を前後左右に動かす動作を真似してみせる。一通りの動きを伝授したアメリアは、バルナーに笑顔で語りかけた。
「これで終了です。動きは覚えて貰えました?」
「はい、大丈夫です」
「それなら一連の動きを、朝夕5セットずつ続けてみてください。頭痛が出にくくなると思いますよ?」
「それはどうも……。ええと、お代は幾らなのかな?」
「はい?」
バルナーの口から出てきた予想外の台詞に、アメリアは面食らった。対する彼も、アメリアの反応を見て怪訝な顔になる。
「え? だって、君は薬師だろう? お金は取らないのか?」
「取りませんよ。薬を売っていないし、詳しい診察もしていませんから。お客さんの症状ですとまだ酷くはないですし、詳しく調べる必要も無い筈です」
「だって、頭痛を改善する内容を教えてくれただろう?」
「そんな予防指導だけでお金を取ったりしたら、師匠に怒られてしまいます。冗談じゃありません」
「そうか……」
憮然としながら答えたアメリアを見て、バルナーは思わず小さく笑ってしまった。それを見た彼女が、若干気分を害したように問かける。
「何か?」
「ああ、いや、すまない。何とも商売っ気のない薬師だなと思って。そこら辺の薬師ながら、頭痛と言えばこぞって複数の痛み止めを売りつけくるのに決まっているのに」
そう言って苦笑を深めたバルナーを見て、アメリアは頭痛を覚えた。
「すみません……。そんじょそこらの薬師のタチの悪さを日々実感している最中なので、できれば話題に出すのは止めて貰えないでしょうか?」
「ああ、そうだったね。話は聞いているよ。この地区の薬師組合長のガイナスに絡まれたとか。災難だったね」
「はぁ……、それは確かにそうですが、お客さんはどうしてその事を知っているんですか?」
「実はそいつの家と、一緒にここに押しかけた二人の家で、魔術絡みと思われる騒ぎが勃発してね。いや、騒ぎが起きたというか、どうも自作自演っぽいんだが……」
そこまで聞いたアメリアは、そこはかとなく嫌な予感を覚えた。そして他の客の対応をしていたランデルは心当たりがあり過ぎたため、密かに聞き耳を立て始める。
「え? あの……、一体、何の事でしょう?」
「どうもそれは、君への嫌がらせの一環らしい」
「ええと……、どうしてその意味不明な事が、私への嫌がらせと思われるのでしょうか?」
「君、僅かだが魔力持ちだから。大方、魔術絡みの事件が起これば、君に関連付けられるとの短絡志向で仕組んだのだろう。本当に浅はかな連中だ」
呆れ果てたと言った表情で、バルナーは苛立たしげに告げた。対するアメリアは、あっさりと魔力持ちだと看破された事実に内心で激しく動揺しつつ、辛うじて顔が引き攣るのを防ぎながら問い返す。
「その……、どうして私が魔力持ちだと断言できるんですか?」
「私は魔術師だからね。魔術師組合に所属しているバルナーだ。初めまして」
「そ、そうでしたか。初めましてバルナーさん」
(何で!? どうして魔術師がここに乗り込んでくるわけ!?)
来てほしくない職種ぶっちぎりの一位襲来に、アメリアは本気で気が遠くなりかけたが、気合を振り絞って対応を続けた。
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