(7)転機

 場が和むと同時に、周囲の竜逹から次々に声をかけられていたエマリールは、まだ幾分不機嫌そうにそれに応じていた。しかし周囲を囲んでいた者逹の中から、紫色の髪の若い女性が進み出て挨拶すると、その険しい表情を和らげる。


「お義姉ねえ様、ご無沙汰しております」

「ああ、レティー。久し振りだな。息災そうでなによりだ」

 以前から仲の良い弟の妻を、エマリールは機嫌良く出迎えた。それを見て、せっかくの義理の姉妹のやり取りを邪魔しては悪いと、周囲の者逹は自然に離れていく。それを見送りながら室内を眺め回したエマリールは、若干腹立たしげに告げた。


「ところで、ルディウスはどうした? このような修羅場になると分かっている場所に妻を一人で出すとは、甲斐性なしの夫だな。実にけしからん!」

 この場にいない弟に対して本気で腹を立てているらしい義姉を見て、レティーは笑いを堪える表情になりながら謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありません。ルディウスはお義姉様をお迎えするつもりだったのですが、数日前に第3結界塔から不具合について連絡がきまして。調整のために、一昨日からそちらに向かっております。近日中に戻り次第、お義姉様やお子様逹にご挨拶すると申しておりました」

「そうか……、それなら仕方があるまいな。あれらは作られてから、軽く六百年は経過しているし。そろそろ大改修の必要があるか……」

 事情が分かった途端、真顔で考え込んだエマリールに対し、レティーが真顔になって深々と頭を下げた。


「それにはお義姉様のお力が、必要不可欠ですから。この機会になんとかしようと考えた周囲から、お義父がかなりの圧力を受けておりました。いまだにご立腹されておられるのは存じておりますが、この度ご帰還に同意していただき、ありがとうございます」

「まあ……、あの父上が、自然に心を入れ替えるはずがないのは分かっているからな。それに関して、レティーが気にすることはない」

「恐れ入ります。お義姉様のお子様がいらっしゃれば、この城も一気に賑やかになりそうで嬉しいです。私達には、まだ子どもがおりませんので」

 そう言って、どこか寂しげに微笑んだレティーを見て、エマリールは僅かに不快げに眉根を寄せた。


「人間と比べて竜の寿命が長い分、竜に子どもが生まれにくいのは自然の摂理だ。別に三十年足らずで、どうこう言う者もおるまい。……まさかとは思うが、城内でつまらん事をほざいた馬鹿がおるのか?」

「いえ、まさか、そのような。お義姉様、サラザールとは面識がありますが、後でアメリアに紹介していただけますか?」

「無論だ。お前はアメリアの義理の叔母になるわけだからな」

「はい」

 慌てて取りなしたレティーだったが、エマリールからいかにも当然と言わんばかりの口調で返され、嬉しそうに頷いた。




「アメリア」

 ラリサの宣言と共に大人逹が和やかに会話し、使用人逹が忙しなく動き回っているのをアメリアは興味津々で眺めていたが、声がした方を振り返って怪訝な顔になった。

「あれ? 身体が小さいけど、リリアだよね?」

 自分と背格好が殆ど同じながら、見慣れた顔と髪色の少女を見て、アメリアは困惑しながら確認を入れた。それに少女の姿になったリリアが笑顔で頷く。


「ええ。食事をしたら、お城の中を案内しながら、一緒に遊ぼうと思って。遊ぶなら、同じ位の子どもの方が良いでしょう?」

「うん、そうだね。でも凄い。竜は人の姿にもなれるけど、大人や子どもにもなれるのね」

 アメリアが感心しながらリリアを眺めていると、横から別な声が割り込んでくる。


「全部の竜がなれるわけじゃないぞ? 大抵の竜は、年齢に応じた人の姿にしかなれない。見た目の年齢を調整して人の姿になれるのは、俺達みたいな王族に連なる魔力の強い竜だけだぜ」

「馬鹿。そんな事で威張るな」

「そうだな。お前は陛下の次に謝らなければいけない立場だろうが」

「えっと……、リリア?」

 やはり五歳から六歳程度の姿である三人の少年逹を見て、何事かと思ったアメリアはリリアに尋ねた。それにリリアが笑顔で答える。


「アメリアの相手を、100歳前後から150歳までの、私達のような若手ですることにしたから。紹介するわね? こっちから煉瓦色の髪の子がジェイク、群青色の髪の子がランデル、灰褐色の髪の子がリヒターよ」

「分かった。ジェイク、ランデル、リヒター。皆、よろしくね!」

「ああ」

「こちらこそよろしく」

「歓迎するよ」

「お前逹だけにアメリアを任せられん。俺も一緒にいるからな」

 そこで聞きなれた声が至近距離から聞こえ、アメリアは目を丸くした。


「え? 兄様、だよね? さっきより小さくなったけど、小さくなりすぎだよ?」

 普段の十歳位の少年の姿から、周りの少年逹と同様にアメリアと同じ年頃になっていたサラザールに、アメリアは怪訝な顔になった。しかしサラザールは平然と告げる。


「一緒に遊ぶのにこいつらがアメリアと同じ位の年格好になっているから、俺も合わせただけだ」

「駄目だよ! 兄様は大きくないと! いつもの格好に戻って!」

「え? 駄目なのか?」

「兄様だから駄目なの!」

「なんだよそれは……」

 良かれと思って合わせた筈が、アメリアに喜んで貰えるどころか盛大に文句を言われ、サラザールは憮然とした表情になった。それを見たジェイクが、横からからかってくる。


「そうそう、ちゃんと大きくなって、ちびの俺達の面倒を見てくれよな? 兄ちゃん」

 それにサラザールは、ジェイクの頭に拳をお見舞いしながら言い返す。


「調子に乗るな。それに本当なら、お前の方が年上だ」

「痛い! 俺が年上だって言うなら、それ相応の対応をしろよ!?」

 そんなやり取りを見て、アメリアを含めた周囲の者逹が一斉に笑った。そしてアメリアの竜に囲まれた、城での生活が始まったのだった。


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