謁見


「―失礼いたします。入隊試験の合格者五名、お連れ致しました」

 ミレスの張りのある声が、玉座の間に響き渡る。扉の先は大きな広間になっていた。部屋の側面には円柱が立ち並び、真っ直ぐに伸びた赤い絨毯の先は少し段差が付いて高くなっており、段の上に金細工の装飾を施した玉座と、一段低い位置に銀細工の椅子が四つ並んでいた。五つの席には、すでに人が座っていた。

 リック達はミレスの後に続いて、玉座の下に横一列で並ぶ。中央の玉座に鎮座しているのは、濃い紫の生地に金の刺繍が入ったローブを着ている男性。緩い癖のかかった金髪と金色の瞳、鼻筋の通った整った顔立ちで、口元には微笑を浮かべている。彼こそが、ガルディア王国国王、スロウト・テオ・オーセムだ。王位を継いだのは二十代の後半だったため、今はまだ三十代だが、悠然としたその姿からは充分に威厳を感じる。

 その両脇に、黒いマントを羽織った人物が二人ずつ、四人の長たちが並んでいた。品定めをするように、リックたちを見つめている。向かって左端にいるのは、兜と甲冑を付けた大男。火の長、ランバルト・メニアだ。彼もリースと同じく、ゴンドーとの戦争でその名を轟かせた、乱世の英雄だという。その隣に、先ほど会ったばかりの土の長、リース・ロイズ。リック達より後に練兵場を出たはずだが、何食わぬ顔で座っていた。玉座を挟んで右側。栗色の長髪と、整った顔立ちの女性。風の長、リザ・フローレン。四人の長の中では唯一の女性だが、精悍な瞳と真っ直ぐに伸びた背筋が、凛々しさを感じさせた。

 そして、右の端にいるのは水の長、ラルゴ・フォーデンス。リックの実父だが、顔は彼にあまり似ておらず、鋭い視線が周囲を威圧しているようだ。リックと同じ黒髪を伸ばして、後ろでひとまとめにしている。

 リックは無意識に、父に視線を向けていた。ラルゴも息子を見たが、一瞥しただけで、彼はすぐに視線を逸らした。リックも同じように、すぐに視線を足元に落とす。五年ぶりに会う父親。だが、その印象は何も変わらない。薄く開かれた瞳に、冷徹ささえ感じる無表情。実の息子が目の前に現れても、眉一つ動かさない。

「これより、入隊の儀を執り行います」

 ミレスの声が響き、リックは慌てて顔を上げた。居住まいを正し、他の四人と足並みを揃えて、一歩前に出る。ミレスの声が続く。

「我らが誉れのガルディア王国と、その始祖より受け継がれたる高貴なる血、スロウト・テオ・オーセム陛下へ、諸君らは誓いを示し、忠を以って応えよ! その身、その命を捧げ、王国の礎、民を護る盾、災禍を切り裂く矛とならんことを!」

 五人は顔の前で右こぶしを作ると、左手でそれを包み込んだ。そのまま右膝を地面につけてしゃがみ込み、深く頭を垂れる。スロウトは椅子に座ったまま、面を上げよ、と声を掛けた。一人ひとりにゆっくりと視線を移し、満足そうに頷く。

「国王スロウト・テオ・オーセムの名において、諸君らに栄光と祝福を。ここ数年、合格者はいなかった。故に今日は、新なる希望の日となるだろう。選ばれた五人の若き才能たちよ、その力を存分に発揮し、我がガルディアのために活躍してくれることを、私は期待する。…ミレス隊長、後のことは任せたぞ」

 こうして、入隊の儀はあっけなく幕を閉じた。スロウトが立ち上がり、玉座の奥の扉に向かって行く。いつの間にか、ラルゴが先に扉の脇に立っていて恭しく扉を開けた。すれ違う瞬間、スロウトが不意に足を止め、息子への挨拶はいいのか、とラルゴに尋ねた。

「必要ありません」

 間髪を入れずにラルゴが答える。スロウトはふっと息を吐き、四人の長を引き連れて、玉座の間を出て行った。

 入隊の儀が終わり、リック達はミレスに続いて王宮内を見学して回った。練兵場から宮殿に向かうだけでも少し遠いと思ったが、一周すると尚更、その広さを実感した。終わる頃には軽く疲労を覚える程だったし、慣れるまでには時間がかかりそうだ。

 見学の最後に、彼らは共同生活を行う訓練生寮へと移動した。寮は王宮の北側にあり、宮殿と同じ白い石造りの建物だった。エントランスは吹き抜けになっており、左手に食堂と談話室。右手の通路に部屋が三つ並んでいる。二階はエントランスから伸びている階段を上り、吹き抜けに沿って左右三つずつ部屋が設けられている。

 彼らは談話室で、ミレスから説明を受けた。暖炉を囲むようにソファと椅子がある、簡素な部屋だ。五人とも、微妙に距離を空けながら腰を下ろして話を聞いた。

「各部屋割りは、こちらで決めさせてもらった。衣服などは部屋に置いてあるので、他に必要なものや、家族に手紙を出したい者は言ってくれ。一応、こちらから通知は送る予定だ。さて、他に質問が無ければ、かなり遅くなってしまったが、食事にしよう」

 食堂に移動すると、人数分の食事を給仕の者が準備してくれていた。美味しそうな臭いと、緊張が少しほぐれてきたことで、リック達は急に空腹を覚えた。メニューは、パンに野菜のスープ、それに魚の香草焼き、蒸かした芋とベーコンのサラダ、果物の入った焼き菓子まである。長テーブルの席に着いた途端、皆黙々と食べ始めた。

「この後は特に予定はないので、各自の身辺整理や、皆で親睦を深めてくれ。訓練は明日から開始とするので、朝に教育担当の者が迎えに来る。ああ、それと食事に関してだが、食材は毎週、給仕の者たちが届けに来るから、君たちで調理当番を決めて作ること」

 ミレスは矢継ぎ早にそう言って、私はここで失礼するよ、と給仕と一緒に引き上げていった。しばらくは食器の音だけが響いていたが、食べ終えてしまってからは、食堂に沈黙が流れる。そこで、唐突にあの小柄な少年が口を開いた。

「あの~、遅くなっちゃったけど、ここらで自己紹介しないっすか?」

 すかさず、赤毛の少女が、いいね、と賛成し、金髪の少年も控えめに頷いた。話しかけるきっかけが欲しかったリックも賛成したが、あの少女だけは、俯いたまま反応がない。仕方なく、小柄な少年は半ば強引に口火を切った。

「俺、南の都ナロの出身で、オストロ・サウル。土の魔法を使うんで、よろしく!」

 そういって、オストロが笑った。砕けた口調と相まって、人好きのする笑顔だった。座っている席順に話していこうと、オストロの隣にいた金髪の少年が立ち上がった。

「北の都サロプ出身、エドガー・リンストンだ。風の魔法を使う。以後、よろしく頼む」

 簡潔で、はきはきとした口調だった。オストロとは対象的な、気真面目な表情で軽く頭を下げる。次に、短髪の少女が元気に手を上げた。

「あたし、シエラ・ルシア。西の都カーザナクの出身。家は代々鍛冶屋をやっていて、火の魔法が使えるわ!」

 そう言った後で、シエラの視線が銀髪の少女に注がれる。

「女の子はあたしたちだけみたいだし、よろしくね!」

 シエラの問いかけにも、少女は俯いたまま返事をしなかった。部屋の中に、再び気まずい沈黙が流れる。しかし、微かに何かが聞こえ、何、とシエラが聞き返した。よく見ると、少女の口が微かに動き、耳を澄ませば、あのか細い声が聞こえてきた。

「リリア・ムーナです‥。に、西のレクタシアから来ました。水の魔法が使えます。よ、よろしくお願いします‥‥」

 かなり緊張しているようで、語尾が消え入るような喋り方だった。しかし、今までも無視していたわけではなく、声が小さすぎて聞こえなかっただけのようだ。リック、きっかけさえあれば緊張もほぐれるかも、と思い、優しく話しかけた。

「よろしくリリア。僕のこと覚えてる? この前、王宮の前で―」

 リックが言い終わる前に、リリアはコクコクと頷いた。俯きがちではあるが、なんとかリックの顔を見てくれた。他の三人は事情が分からずに首をかしげていたので、リックはリリアと出会った時の事を簡単に話した。話し終えたところで、リリアが口を開く。

「あの時は、お礼も言わずにごめんなさい。私、すごい、人見知りで、その…」

 リリアがそわそわと、銀の髪を撫でつける。その姿を見てシエラが、リリアの髪ってあんまり見ない色だよね、と疑問を口にした。髪を撫でていたリリアの手が止まる。

「お父さんが、外の国の人だから…。や、やっぱり変ですよね…」

 シエラは慌てて首を横に振って、ごめん、そうじゃないの、とその言葉を否定した。少し驚いた表情のリリアに、彼女は優しく語り掛けた。

「初めて見た時、本当に綺麗な髪だなって思ったの。全然、変じゃないよ」

 褒められることに慣れていないのか、恥ずかしそうに顔を伏せるリリア。食堂に自然と笑いが起こり、和やかな雰囲気になる。その様子を見ながら、リックはなんだか嬉しい気持ちになった。正直、彼も仲良くなれるか不安だったが、この四人となら大丈夫そうだ。落ち着いたところで彼は、最後は僕が、と口火を切った。

「東のムラエナ出身で、リッキンドル・フォーデンスです。僕も風の魔法をつか―」

「フォーデンス⁉」

 いきなり大声を上げて、オストロ、シエラ、エドガーの三人が立ち上がった。リリアも、今度ばかりは驚いた表情を浮かべて、まじまじとリックの方を見つめている。

「フォーデンスってことは、水の長の息子なんすか⁉」

「すごい! もしかして、長から直接魔法を教わったの⁉」

「まさか、今回の試験も父上の推薦で―」

 リリア以外の三人から、矢継ぎ早に質問が飛び出した。先ほどまでの和やかな雰囲気から、もっとすんなり受け入れてもらえると思っていたので、期待していた反応と違う、とリックは一瞬たじろいだ。とはいえ、いきなり長の息子と言われれば、むしろ彼らの方が当然の反応なのだが。リックはとにかく話を聞いてもらおうと、珍しく大声を上げた。

「ち、違うよ! いや、息子なのはそうなんだけど、魔法は別に師匠から教わったし! 小さい時から離れて暮らしてたから、実はあんまり話したことも無い! それに今日だって、声を掛けられることもなくて…」

 必死に否定したかと思えば、一人で段々と気落ちしていくリックの様子に、三人ともまずいことを聞いてしまったのではないか、と口を閉ざして顔を見合わせた。少しの沈黙の後でエドガーが、すまない、少々取り乱した、と頭を下げる。リックも気まずさを感じ、僕もごめん、と頭を掻く。

「と、とにかく! これからよろしくって感じっすね! …よろしく!」

 なぜか、よろしく、を二回言って、オストロが手を叩いた。五人は一旦解散し、ミレスに言われた通り、それぞれの部屋作りへ。それが終わったら談話室に集合し、食事当番などの共同生活の決まりを話し合うことにした。部屋割りは、一階の二部屋がリリアとシエラ、二階の三部屋にオストロ、リック、エドガーとなっていた。リックの部屋は三つ並んだ真ん中、階段の近くにオストロ、奥の方がエドガーの部屋になった。

 リックが部屋に入ると、中は一人用にしては広く、ベッドと机、クローゼットが一つ、トイレと洗面所、風呂場まであった。彼は室内を回りながら、ムラエナから持ってきた荷物はムーギーさんの所に置いてあるから、ミレスさんに頼んで手紙を出そう、などと考えていた。一通り室内を見て回り、唯一の持ち物である短剣を机の上に置くと、思わずため息を吐いた。先ほどのみんなの反応を思い出し、大丈夫だろうかと、再び不安が頭をもたげる。関わりづらい奴だと、思われたりしないだろうか。

 もやもやした想いを抱えながら、中を確認しようとクローゼットを開ける。ハンガーに掛けられて、数枚のシャツとズボン、そして魔法使いの部隊ソル・セルの制服である、黒のマントが入っていた。彼は、思わずそれを手に取った。下を向いていた心に、ここからだろ、と自ら喝を入れる。

 いつの間にか窓からは夕陽が差し込み、これから続く長い生活の一日目に、夜の帳が降り始めていた。

  

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