出会い


 食事を終えると、王都の見学も兼ねて王宮まで歩いてみてはどうか、とムーギーがリックに提案した。リックも早く王都に慣れたいと思っていたので、彼は一人、王都の市街地に出た。片手には、ムーギーから借りた地図を持ち、南の大通りから王宮を目指す。

 夕暮れと夜の間、道行く人の数は依然多かった。ムラエナでは見たこともないような品物が店に並んでいる。途中で鍛冶屋や陶磁器を作っている工房も、いくつか目にした。職人の中には、魔法を用いる者もいるという。

 町の喧騒に目を取られるうちに、リックは南の大通りに出ていた。左手の奥には南の門が、右手には王宮の城壁がそびえている。大通りに並ぶ店は飲み屋や食堂、八百屋、魚屋、肉屋、生活品をそろえた店から土産物屋まで、さまざまな店が並んでいた。ムーギーの話では、四つの大通りにはそれぞれ特徴があるらしい。まず、南は王宮の正面に向かっているということもあり、飲食店や土産物屋が軒を連ねていた。王都に訪れた人々は、王国の各地や異国から届いた様々な食材を一度に楽しむことが出来る。次にムーギーの家に近い東は、飲食店もあるが、陶磁器や鍛冶屋、工芸品を使う店や家具屋が多かった。東側は大国シローリア王国からの行商人が通る道だったため、彼らから直接品物を買い付けて売る店が多いのだ。また、国軍の練兵場があることから、武器屋なども多い。三つ目の西の通りは、書物や衣服を扱う店が多い。こちらも、港からの行商人が、海の向こうから商品を運んでくる。しかし、最後の北の大通りに関しては、ほかの三つとは少し違う。歓楽街と、スラム街があるからだ。治安が悪いからあまり近寄らないようにと、ムーギーには釘を刺された。

 南の大通りの喧騒は予想以上で、リックは思わず耳を塞いだ。ムラエナの静かな環境で育った彼にとって、この騒音と人の多さは初めての経験だった。通りは国路と同じくらいの広さだというのに、その中に、店も人もぎっしりと詰まっている。しっかり前を見ていないと、すぐに人にぶつかりそうになる。人混みを縫いように進むと、王宮に近づくにつれて憲兵隊の姿が目立ってきた。国軍の施設が多くあるため、塀に囲まれた大きな建物で兵士が立っていれば、すぐにそれだと分かる。憲兵は身じろぎ一つせず、終始厳めしい表情をしているので、何とも近寄りがたい印象を受けた。前を通るときなど、無駄に緊張してしまう。ようやく王宮の正門に辿り着いた時、リックは軽い頭痛を覚えた程だった。

 王宮の城壁の前には深い堀があり、正門までは長い橋が掛けられている。橋の両端には、軍の施設と同じように槍を持ち、剣を腰から下げた兵士が仁王立ちしていて、橋を渡ることは出来ないようだ。加えて、リックと同じように王宮を一目見ようとする観光客の一団が橋の前を占拠していた。その様子に、人混みを抜けたら今度は人の壁か、とリックはため息を吐く。集団の中へ割って入るのもためらわれたので、彼は後ろから、遠巻きに王宮を眺めることにした。橋の向こうに見えるのは、王宮の正門とそれを守る近衛兵。豪奢な装飾が施された格子状の門は閉ざされていたが、その奥に広がる大きな中庭や噴水は、なんとか見て取れた。そして、それらを突っ切った先にあるひと際大きな建物が、王が住むガルディア宮殿だ。しかし、かなりの距離があるため、リックが想像していたほどの迫力は無く、正直、彼は拍子抜けしてしまった。一応は王宮を一目見られたことだし、もう帰ろうかとリックが通りに向かって歩き出した時、後ろの方で怒鳴り声が聞こえた。振り返ると、酔っ払いらしき男がフードを被った子どもに怒鳴り散らしているのが見えた。

「このガキ、今わざとぶつかっただろ! なめてんのか⁉」

 通りを行き交う人々は、騒ぎにちらりと視線を送るが、酔っ払いが妙な因縁をつけたのだろうと、すぐに目を逸らして通り過ぎていく。誰も止めないのをいいことに、酔っ払いは子どもを思い切り突き飛ばした。子どもが短い悲鳴を上げて地面に倒れ込むと、その拍子にフードが取れ、銀色の長い髪が現れた。一瞬見えた横顔は少女のもので、彼女は終始俯いたまま、慌ててフードを被り直した。その態度が勘に触ったのか、酔っ払いは怒りに任せて少女を蹴りつけようと、右足を上げた。

 少し離れたところで見ていたリックも、いい加減に我慢の限界だった。彼は風の魔法を使い、酔っ払いの左足を風で絡め取る。バランスを崩した酔っ払いは、地面に勢いよく尻もちを突いた。その隙に、リックは少女を庇うように酔っ払いの前に割って入った。遠巻きに見ていた人々の視線が、闖入者の少年に注がれる。

「あの、余計なお世話かもしれませんが、フラつくくらい飲み過ぎたんなら、早く帰った方がいいと思いますよ?」

 呆れたようなリックの口調に、すでに酒で赤かった酔っ払いの顔が、今度は怒りで赤黒くなってしまった。男は勢いよく立ち上がると、うるせえ、とリックの胸倉を掴んだ。酒臭い男の息に、リックは顔をしかめる。

「怒鳴ったり、暴力を振るったりすれば黙ると思っているんですか? 子ども相手に、大人気ないですね」

 リック自身、酔っ払いの横暴な態度に頭に血が上っていたのか、つい挑発するような言葉を言ってしまった。激高した酔っ払いは、とうとう拳を振り上げた。

「うるせぇ!関係ねえ奴はすっこんで―」

「—逃げろ! 暴れ馬だ!」

 その場にいた誰もが、驚いて声の方を振り返る。手綱を離れた大きな馬が、ものすごい勢いでこちらに向かってきていた。瞬時にパニックになった人々が、我先にと駆け出す。酔っ払いも暴れ馬を見て一気に酔いが醒めたのか、リックを突き放して逃げ出した。

 リックは少しよろめいたが、すぐに、大丈夫、と地面に座り込んだままの少女に声を掛けた。少女は立ち上がろうとしていたが、酔っ払いに突き飛ばされた時に足を捻って、上手く立ち上がれないようだ。仕方なくリックは少女に、掴まって、と手を伸ばした。

「危ない! 逃げろ!」

 どこからともなく叫び声が聞こえ、暴れ馬が二人の方に突っ込んできた。暴れ馬は高々と掲げた前足を二人目掛けて振り下ろし、土煙が舞い上がる。周囲から悲鳴が上がり、誰もが変わり果てた二人の姿を覚悟した。

 しかし、土煙が晴れた先で彼らが見たのは、宙へと浮き上がった馬の姿だった。逃げまどっていた人々も立ち止まり、言葉を無くして目の前の光景に釘付けになっていた。

 そんな中で、リックだけは何事もなかったかのように、宙に浮いている馬に向かい合っていた。当然、彼が風の魔法を使い、襲われる直前で暴れ馬を気流で包み込んだのだ。

 リックは風を操り、ゆっくりと馬を地面に下ろしていく。地面に降り立った馬はまだ興奮しているようだったが、リックが首の後ろを軽く叩いてやると、次第に落ち着きを取り戻していった。馬が落ち着くのを見届けて、彼は地面に座り込んだまま呆然としている少女に、再び手を差し出した。少女は無言のまま、その手を取って立ち上がる。

 その瞬間、周囲から拍手と歓声が上がった。リックはぎょっとして周囲を見回したが、立ち上がった少女のフードの奥から見えた顔に、すぐに視線を奪われた。銀色の髪に縁どられた白い肌と、深い藍色の大きな瞳。髪と瞳の色も相まって、町を歩いていれば人目を引く容姿だ。歳はリックとそれほど離れていないようだが、あどけなさの残る顔だった。視線に気が付いたのか、少女はサッと顔を下に向け、か細い声で、ありがとうございます、と呟いた。

「あ、いや、どういたしまして! 大事にならなくてよかった! けど、足、大丈夫?」

 リックは慌てて取り繕ったが、少女はやはり顔を上げようとはしない。まじまじと顔を見ていたことで気を悪くしたのだと思い、気まずそうに言葉を付け足す。

「…ごめんなさい、髪も目の色もあまり見ない色だなと思って、つい―」

 彼の言葉を遮るように、少女は突然、人混みの中へ走り出した。驚いたリックが声を掛ける間もなく、少女の背中は見えなくなっていた。

「おい、通りを塞ぐな! 早く立ち去れ!」

 その直後、数名の憲兵が走り寄ってきて、足を止めていた人々に声を張り上げた。遠巻きに見ていた野次馬が、蜘蛛の子を散らすように消えていく。馬の横で呆然としているリックに、憲兵の一人が近づいてきた。

「何をしている! お前もさっさと消えろ!」

 暴れ馬を止めたことに感謝するでもなく、憲兵は威圧的な態度でそう言い放った。すっかり気が抜けてしまっていたリックも、すごすごとその場を後にした。

 夜の帳が降りた大通りを、リックは黙々とムーギーの家に向かって歩いていた。行き交う人の雑踏は相変わらずうるさいが、彼の耳には届いていない。先ほどの出来事を思い返す。横暴な憲兵たち、見て見ぬふりをした人々の姿、通りに駆けて行く少女の背中。どっと疲労感がのしかかり、思わずため息を吐いた。そこでふと、あの少女は足を怪我していたのに、どうして走れたんだろう、と疑問が浮かんだ。

「おーい、君! 馬を止めてくれた君、待ってくれー!」

 背後からの声に、リックは現実に引き戻されて足を止めた。振り返ると、先ほどの暴れ馬とその手綱を握った人影が、大きく手を振っている。人影はリックが自分に気付いたことが分かると、小走りに近づいてきた。馬を引いていたのは、若い男の人だ。黒の縮れ毛に帽子を被った純朴そうな青年で、街灯に照らされた顔に人懐っこい笑みが浮かぶ。

「見つけられて良かった! さっきこいつを止めてくれたの、君だろ?」

 戸惑いながらも頷いたリックに、青年は、本当にありがとう、と深々頭を下げた。

「さっきは憲兵たちに叱られていて、お礼を言いそびれてしまったんだ。…僕はカイ、行商人をしているんだ。この馬はルイ。君のおかげで、大きな事故にならずに済んだよ」

 自分の名前を呼ばれたのが分かるように、馬のルイが、ぶるっと鼻を鳴らした。

「ぜひ何か、お礼をさせてくれ! ああ、その前に名前を聞いてもいいかな?」

 リックは青年の勢いに押されながらも、リックです、と名乗り、お礼をされる程の事では、とその申し出を断ろうとした。しかしカイは、いいや、と首を横に振った。

「君は魔法を使った時、こいつを傷付けないようにしてくれただろ? 僕にとっては大事な相棒で、商売道具だし、こいつもお礼がしたいみたいなんだ! 断られたら、僕らの気が納まらない!」

 頑として譲らないカイと、その言葉に賛同するように、ルイも首を上下に揺らした。本当に人の言葉が分かるようだ、とリックは思わず笑ってしまった。そこでふと、ササナでムーギーに言われたことを思い出し、彼は素直にカイの申し出を受けることにした。

「…じゃあ、王都のことを聞かせてもらえますか? ムラエナからここにばかりなので」

 カイは、そんなのお安い御用だ、と快く引き受けてくれた。それから彼らは、東の大通りを連れ立って歩き出した。すぐにカイが、怪訝そうな表情でリックに尋ねる。

「ムラエナって、東の端にある村だろ? なんでそんなところから?」

 東のド田舎と称される故郷なので、彼の疑問も当然だな、とリックは思った。出会って間もない彼に、本当の事情を話すのはどうかと頭をよぎったが、人好きそうなカイの人柄に、リックは思い切って理由を打ち明けた。

「…魔法使いの部隊ソル・セルに入るためです。王都は人も物の量も故郷とは大違いで、びっくりしました。やっぱり、この国の中心なんだなって」

 リックの言葉に、カイは何故か自嘲気味に笑った。

「この国の中心、か。確かに、他の都市に比べれば発展の具合は段違いだろうけれど、そんな誇れたものではないよ。治安も良くはないしね。人は多くても、みんな自分のことしか考えていない」

 少し棘のある言い方に、リックは思わず口をつぐんだ。内心では彼も同じような印象を持っていたからだ。先ほどの少女を助けなかった人々もそうだが、レジスタンスや昼間の浮浪者、横暴な憲兵たちの姿も、治安が良いとはとてもじゃないが言えない。

「北のスラム街はもっとひどいよ。身寄りが無く物を盗んで暮らす子ども、病人に行き倒れ、死人が出るのも日常茶飯事だ。特権階級は贅沢することしか考えていないし、裕福でも貧乏でもない人間は、自分たちの生活が脅かされないのならそれでいいと思っている」

 憤りを込めて、カイが吐き捨てるようにそう言った。しかし、すぐにリックの表情も暗くなっていることに気付き、愚痴っぽくなってすまない、と苦笑を漏らした。

「もちろん、いい所もいっぱいあるよ! 美味しい物も珍しい物もここには溢れているから、毎日が刺激的だ。僕は生まれも育ちも王都だけれど、今まで飽きたことがない!」

 カイが大げさに両手を広げておどけて見せ、リックもぎこちないが笑みを返した。それからは通りを歩きながら、カイがどの店のどんな料理がおいしいだとか、景色がきれいな場所や、お祭りの時には大通りがもっと混雑するなどと言った話を聞かせてくれた。リックも故郷のことや王都への道中の話をし、短い時間だったが、二人はすっかり仲良くなった。そうしているうちにムーギーの家が近づき、リックは細道に入る角で足を止めた。

「いろいろ、話を聞かせてくれてありがとう。今更だけど、こっちまでついて来てもらっちゃって、大丈夫だった?」

 申し訳なさそうに言ったリックにカイは、僕もこっちに用事があったから、と笑顔を向けてくれた。しかし別れ際、最後に一ついいかな、とリックに尋ねた。

「君は、どうして魔法使いになろうと思ったんだい?」

 急にそんな質問をされ、リックは言葉に詰まった。正直、その答えを人に話すのは、気が進まなかったからだ。彼は少し考えて、言葉を選びながら答えた。

「きっかけは別にあるけど、理由なら、誰かの役に立ちたいから、かな。困っている人を見捨てるなって、師匠の教えでもあるし」

 リックの答えに、カイは口を開きかけ、何かを言おうとした。しかし、すぐに表情を緩め、そうか、君も君の師匠もいい人だな、と優しいまなざしをリックに向ける。

「君が魔法使いの部隊ソル・セルに入って、この国を少しでも良くしてくれることを願っているよ。本当に、助けてくれてありがとう。また、機会があれば」

 そう言って手を振るカイに、リックも笑顔を向けて手を振り返す。彼はカイたちに背を向けて、月が照らす道を歩き出した。



 王都の北部、薄暗い路地に木の板を組み合わせた、浮浪者の家がひしめいている。悪臭が辺りに立ち込め、野良犬と物乞いたちがゴミを漁っていた。スラム街—現王制に代わってから早くも十年近くがたち、その規模は年々大きくなっていた。明かりすら灯らない掘っ立て小屋で、隙間から入り込む春の夜の冷たい風が、家の中で眠る人々を凍えさせている。華やかな王都の裏の顔。それは、この国の中枢に出来た王国の暗がりでもある。

 そんなスラムの近くに、今は廃墟と化した大きな宿屋があった。その屋上に、町を見下ろす人影が二つ、月灯りに照らし出される。言葉も無く貧民街に向けられる瞳は、どこか悲しそうだった。その時、階段を上ってくるコツコツという足音が聞こえてきた。並んだ影の一つが、足音に振り返る。

 階段を上ってきたのはフードを被った二人組だった。屋上に着くなり、そのうちの一人が勢いよくフードを取った。赤みがかった茶髪を後ろで束ねた女性―それは、ササナでリックを助けたマキナだった。同じようにフードを取った隣の人物は、エレナ。

「一体どこに行ってたの? 心配してあちこち探しちゃったじゃない、カイ!」

 唐突にマキナが、屋上にいた人物―カイに向かって文句を言った。彼は悪びれた様子も無く、早かったね、ご苦労様、と二人に笑顔を向ける。縮れ毛が、風に揺れた。

「早かったね、じゃないわよ! こちとら休む間もなく、トートから早馬を駆ってとんぼ返りよ! 人使いが荒いったらないわ!」

 カイの態度に、マキナが不満そうにまくし立てる。しかしエレナは、大変だったのはこっち、とマキナをじっとりと睨んでため息を吐いた。

「観光したい、美味しい物食べたいって、子どもみたいに。私はマキナのお守じゃないんだけど!」

 エレナの苦言にも、そうだっけ、と惚けるマキナ。カイも思わず、エレナに同情するように苦笑を漏らした。

「それは、申し訳なかったね。それより二人とも、ゴルトにはもう会った? 丁度、今日の昼にレクタシアから戻って来たんだけど」

 カイの方に歩いてきたマキナが、さっき会った、とぶっきらぼうに答え、またその態度にエレナの眉間の皺が深くなる。当分機嫌は直りそうにないな、と、カイはまた別の話題を振ることにした。

「そうだ! さっき、面白い子を見つけたよ。たまたま王宮の前を通りかかった時に、先生が魔力に気付いてね。ちょっかいを掛けたんだ。リックって言って、風の魔法使いの部隊に入りたいらしいんだけど……、二人とも、どうしたの?」

 カイが首をかしげる。リックという名前に、二人が気まずそうな顔になったからだ。やがて意を決した様に、エレナが、ごめんなさい、と突然頭を下げた。

「トートに向かう途中、ササナで洪水に遭って、それを止めるためにちょっと魔法を使っちゃったの。その時私たちも、その子と接触して…」

 マキナも怒られると思ったのか、ちょっと、とエレナを止めようとした。しかし、カイの反応は、そうだったのか、とどこか嬉しそうで、心配していたものとは違っていた。

「ところで、彼の魔法はどうだった? 僕が見たのは、物を空中に浮かせられるくらいのものだったけど」

 カイがエレナに尋ねる。てっきり派手な行動を咎めらえると思っていた彼女は、拍子抜けしたように、少しまごつきながら答えた。

「えっと、かなり魔法は使えたわ。天気を変えるなんて言う無茶をして、身体を壊していたけど。あと、その子たぶん、水の長の息子よ…」

 流石に怒られるかと思い、最後の部分はエレナも言い淀んだ。カイの表情が固まり、思案顔で口元に手を当てる。考え込んでしまったカイに、どうしたの、とエレナが心配そうに声を掛ける。彼は、こっちに引き込めるかもしれないと思ってね、と微笑を浮かべた。その言葉に、先ほどまで焦っていたマキナが勢い込んで口を開く。

「そ、そうよね! 私もそう思って、敢えて接触したのよ、敢えてね!」

 調子良く胸を張るマキナに、もはやエレナは呆れを通り越して、憐憫の視線を送っている。そこへ―。

「調子が良いのは相変わらずですね、マキナ。ただ、妙に当たるあなたの勘の良さには、感謝しなくては」

 突然、三人の会話にしわがれた声が割って入った。声の主は、それまで黙っていたカイの隣に並ぶ人物―右手に杖を持ち、黒衣を纏った老人だ。

「先生も、相変わらず馬になるのが好きなんですね! っていうか、いい加減にカイの魔法も解いてあげてください。そのいかにも人が良さそうな見た目、違和感しかない!」

 マキナが皮肉交じりにそう言うと、老人はやれやれと肩をすくめ、杖の先を軽く床に打ち付ける。するとカイの周囲に黒い靄が湧きだした。靄の中で彼の輪郭がぼやけ、形を変えていく。縮れ毛はさらさらとした金髪に変わり、純朴そうだった顔も、鼻筋の通った端正な容姿に変わる。現れたのは、全くの別人だった。

 彼は涼やかな金の瞳を、遥か先に見える王宮に向けた。マキナもエレナも口をつぐみ、自然とその視線を追う。カイが、楽しそうに口を開いた。

「僕らレジスタンスの計画の実行まで、残り一年。まだまだ、打てる手は増えそうだ」

  

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