923話 乗り気で無い大名

 陸奥国岩切城 一色政豊


 1588年冬


「殿、伊達様より人がございました。ついに和賀・稗貫郡で一揆勢が本格的に動き始めたとのことでございます」

「そうか・・・。なぁ、政豊よ。私はてっきり今冬は動かぬと思っておった。日ノ本全土より名だたる大名らが奥羽の地に足を踏み入れ、数は30万にも迫るほどのものだという。いくら奥羽の反伊達・最上勢力が両家の統治に不満を持つ民を煽ったとしても、10万も揃えられぬ。武器も足りず、飯も足りぬ。そしてこれからただでさえ戦いにくい冬を迎える。昨日も雪が降ったであろう?そのような中で、戦に不慣れな者達は動かぬ。動けぬと」

「私も同様でございます」

「しかし奴らは動いた。これはいったいどういう意味であると思う」

「冬場の戦に不慣れなのはこちらも同じでございます。奥羽の地で冬場も戦うことが出来るのは伊達様・最上様、あとはせいぜい上杉様くらいのものでございましょう。そこだけとなれば、数は五分五分か下手をすれば一揆勢が上回るやもしれません」

「余所の大名は戦力にならぬと思われたと?」

「やる気があるのは南の大名家ばかり。もちろん我らが全く乗り気で無いというわけではなく、異常なまでに熱心なのがそちらの方々でございますので」


 島津家を筆頭に、龍造寺も長宗我部も雪の中の戦に慣れていない。その上にやる気を見せたため兵は異常なまでに多い。

 これでは物資の消費が激しくなること間違いない。

 暖をとるためには、火を維持するための木材などもいる。雪で進軍が遅れれば、その分兵糧もいる。

 食べ物が無くなれば、暖をとる手段が無くなれば、瞬く間に士気は下がって行くに違いない。

 これを見込んで強行したとなれば、思った以上に手強い相手となるやもしれぬ。もちろん純粋な戦力を思えば、それでもこちらに分があるように思えるが。


「して具体的な動きとはなんであったのか」

「はい。此度一揆が発生した和賀郡と稗貫郡はかつて伊達様と敵対していた大名家が治めておりました。伊達様は奥州探題として南部家の跡目争いに介入する名目で、伊達家臣従下にあった大崎家に攻撃を加える葛西・稗貫・和賀を滅ぼしたのでございます。此度一揆を起こしたその背後には、行方をくらましている和賀・稗貫の一族が絡んでいると伊達様は推測されておりました。そして数日前、その推測は見事にあたっていたとのこと。一揆勢は両家のかつての本城に攻撃を仕掛け、瞬く間に落としております。たしか鳥谷ヶ崎城と二子城でございましたか」


 しかしそれは一揆勢を叩くための口実作りである。奥羽探題の影響下にある城を落とすなど、幕府が推し進める方針とは相反している。

 それを理由に兵を動員するつもりであられた。予め大軍は奥羽の地に迎え入れているわけだが、それは後からなんとでも言えるというもの。

 とにかく口実を求められていた伊達様は、分かりやすく城を落とさせるように挑発していたというわけである。そしてまんまと一揆勢が釣れた。

 じきに利府城から伊達様も出陣されるはずだ。そして我らもそれを追う形で兵を動かす。


「ですが政道殿曰く、敵方の動きは随分と良かったようで」

「ふむ」

「当初、両城から撤退を命じられていた守将方は、南方の相去城まで退くと決められていたようでございますが、追撃が激しいことと要所要所に伏兵があったために道中で陣を張って、南方からの援軍を待っているとのことで」

「伏兵に苛烈な追撃。とても一揆を相手取っているようではない、な。数で押しつぶすことはそれでも容易であろうが」

「公方様はそのような結果を求めてはおられぬかと。いかに死人を減らし、いかに鮮やかな勝ち戦をするか。今後の布石として使えるのは、どうしてもこちらでございます」

「鎌倉公方様が熱心に截流斎に教えを請うておられたのも納得であるな」

「まことに」


 その鎌倉公方様は截流斎殿とともに羽州へと入っておられる。あちらは上杉様や毛利様など理性的な方が多い。

 一方でこちらは・・・。


「政豊、頼りになると思っておいた方が身のためである。此度の戦、そもそも外の人間である我らが積極的になる必要などないのだからな」

「それは重々承知しております。皆様が同じ気持ちでこの地に来ているのであれば、当事者である伊達様に全てお任せすることが出来るのですが」

「手柄か名声か。どちらを欲しているにしても、今後にはさして影響せぬものよ。此度の戦に参加したこと自体が評価される。そうであろう?」

「その通りでございます」


 人が死なぬことが当たり前になる世は目の前である。

 おそらく父上も京で動かぬ足を引きずっておられることであろう。場所は違えど、我らは最後の戦に臨んでいるのだ。

 民を殺すような選択を取る必要は無い。まだ我らとともにここにやってきた兵たちは今川の子であり宝であるゆえに。


「そういえば例の者達はどうなっておる?一色が預かっておるのであろう?」

「数日前に福浦一色の当主より報せがありました。なんでも酒に酔った勢いで、随分と酷い乱闘に発展したようで。甲板はあちらこちらが血に塗れたと聞いております」

「また随分と物騒な。福浦の一色家は血の気が多いのであろうか?先代の当主はそういう男であったと記憶しているが」

「父上曰く、武勇は家中一であると」


 福浦一色家の役割が海に偏ったために、昌秋の存在感は随分と消えてしまったが、それでも信綱とともに若い者達に刀や槍の指南をしているとのこと。

 おかげで福浦一色家に仕えている若い者達はやけに身体が大きい。昌頼や信綱の子らを除いて。


「そうであった。そうであった。してその乱闘については」

「酒を飲んで殴りあって、言葉は分からずとも通じ合うことが出来たとのことでございます。伊達様は水軍衆の出番は無いと踏んでおられるようでございますが、一応ということで兵を動かす支度は進めていると。あの者達の実力を示す機会は必ずやってくると信じて船を配置すると福浦一色家の当主は言っておりました」

「頼もしいな、一色の者達は」

「福浦一色・・・。昌頼とは同年代の一門衆の中で最も疎遠な間柄でございました。家臣らも大井川領と高遠領では行き来がそれなりにあったものの、福浦一色家は独自の道を歩んでいるような面もありましたので」

「そうなのか?」

「はい。ゆえに此度、久方ぶりに昌頼と顔を合わせましたが、どこか懐かしいそんな感情に襲われたものでございます。師の影響なのか、師と仲が良かった者の影響なのか」


 久方ぶりに会った昌頼に信綱の姿を見た。そしてかつては信綱とともに父上を支えた重治の姿もうっすら見えたような気がした。

 昌頼は信綱も認めるほどの軍略家である。ゆえに安心してあちらを任せることが出来る。たとえ殴り合った間柄とはいえ、通じ合えたと昌頼が言うのだから私はそれを信じるだけだ。


「まぁ政豊がそう言うのであればそうなのであろう」

「あの者のことは私が保証いたします。それよりもそろそろ出ませんと」

「そうであったな。あまり出陣が遅くなると、私が乗り気でないことが周囲に漏れてしまうわ」

「その通りでございます。いうても今川家は伊達家と長きにわたる盟友。表面上だけでも、やる気を見せておきませんと」

「意外とそれが難しいのだ。あまり前に前に出たいわけでも無いゆえに」


 しかし殿は数年前の伊達様との一件以降、どこか敵対心を持たれているようである。よほど腹が立ったのであろうな、あれには。いや、しかし多数の援軍を引き出すためとはいえ、かつての主家を顎で使ったのだから仕方が無い部分もある。

 今では奥州探題と、幕府からは絶大な信頼を向けられている伊達様であるから余計に面白く無いのやもしれぬ。私情であるとはいえ、私には殿のお気持ちが痛いほどに分かった。

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