281話 5年ぶりの再会

 大井川城 一色政孝


 1571年正月


「大きくなったな、高瀬」

「本当にございますか?私自身、まだまだだと思っているのですが・・・」


 自室に喜八郎を呼んだ。用件はおおかた見当が付いていたがやはり正解であったらしい。

 喜八郎と共に俺の部屋へとやって来たのは、実に5年ぶりの再会となる高瀬であった。暮石屋に馴染んでいるのがよく分かる。豪華絢爛な着物を身に纏った高瀬は、当時の面影を残しつつ、それでも立派に成長している。

 あの頃は可愛かったが、16歳ともなった今では美人という方が合うだろうか。とにかく商人に人気があるというのも納得である。


「中身の成長はいずれ知ることが出来るであろう。見た目の成長の話だ」

「見た目の話でしたか。確かに大きくなりました。熊吉様からよく買わせていただいておりましたし」

「熊吉も良くしてくれたか?」

「はい。良い目を養わせていただきました。しかしそれは他の商家の方々も同様にございます。信濃の山中にいては経験出来ぬ事をたくさんいたしました。それに西国に船を出せば、また違った景色が見えるのです」

「それは興味深いな、俺の大好きな類いの話だ」

「では近く政孝様とお話ししとうございます」


 嬉しげに高瀬が笑った。美人と表現したことからも分かるかと思うが、かつてのわんぱくな感じは無くなり、落ち着きが出ていると思ったのだ。だが今の喜びようを見れば、5年前、未だ城にいた頃の高瀬を彷彿とさせる。


「機会を設けねばならぬな。語り明かすのもまた面白い」

「楽しみにしております」

「俺もだ。だがそれよりもずっと気になっていたのだが・・・」


 高瀬の背後には2人が控えている。1人は喜八郎なのだが、もう1人。高瀬と同じ位の歳の娘がいる。

 俺とはおそらく面識が無いはずであるが、この場にいるということはそれなりに関わりを持つ必要があるということか?まさかとは思うが喜八郎・・・。


「・・・そのように睨まれるとはいったい何事にございましょうか?」


 俺の視線に気がついたのか、喜八郎は慌てて俺に問いかけてくる。しかしそれは俺が言いたい。

 先日の信綱と重治のこともあって、少々敏感になっているのか。はたまた求めているのか・・・。考えるのは辞めよう。


「高瀬、その娘は?」

「紹介が遅れました。この方は喜八郎様のご息女である八代やしろにございます。今回はお願いがあって共に城へと参りました」

「お願い?高瀬の願いであれば極力叶えてやりたいのだがな」

「そう難しいことにはございません」


 高瀬が続きを言おうとしていたが、喜八郎が手を挙げて話を止めた。どうやらここから先は喜八郎が話すようだ。


「先日、我が末子を政孝様の元へ仕えさせたいことをお伝えいたしましたが、八代もお願いしたいのです」

「お願いとは言ってもな・・・。勘九郎であったか?あの者とは状況が異なろう」

「それも分かっております。八代は政孝様にお仕えされるであろう高瀬姫に付けていただきたいのです」

「なるほどな・・・。だが当然それも同様であるぞ」

「本人もそれを承諾しております。我が家の方は優秀な跡取りと、それを支える娘が1人おります。こちらのこともご心配には及びません。どうかよろしくお願いいたします」

「お願いいたします」


 喜八郎と八代が頭を下げた。高瀬も懇願するように俺の方を見ている。

 まぁ喜八郎や庄兵衛がそれで良いというのであれば問題は無い。八代もそれを望んでいるというのであれば同様だ。

 名を捨てるという点においても、勘九郎が名を捨てる際に新たな姓を名乗る故それに合せれば良い。

 姉弟2人で新たな家を盛り立てて貰おう。


「わかった。勘九郎を俺の家臣として迎える際に、八代も同様に扱うこととする。八代の扱いは高瀬の配下として扱うこととし、待遇は何も特別にはしない。功を上げればそれに従うものとする。良いな?」

「ありがたき幸せにございます!」


 親子は2人で頭を下げ、高瀬も同様に頭を下げた。

 高瀬と八代は感情の昂ぶりをどうにか抑えて、顔を合せて見合っている。喜八郎はどうにか上手くいったと、軽く息を吐いていた。

 子が多いというのも大変であると、目の当たりにした気分になる。


「高瀬、母上や久にも挨拶をしてくるが良い。今ならば虎松も城にいるであろう」

「よろしいのですか?」

「あぁ、みな喜ぶ。それと八代の紹介も忘れずにな」

「かしこまりました」


 俺は二郎丸に案内を任せて2人を部屋より送り出す。残った喜八郎の顔には少々緊張した様子があった。


「それで?俺に急ぎ伝えたいことがあると言っていたらしいが」

「はい。先日、織田様が伊勢の北畠を降伏させたことで、大湊も解放されました。織田様、いえ、伊勢平定を任されていた織田信興様は大湊を元の形で維持することを約束されたようで、かつての自治を復活させたのです」

「織田殿が伊勢を平定したとは聞いていたが、まさか大湊を元通りに戻すとはな。言ってしまえばあの港は金のなる木そのものだ。管理下に置けば莫大な利が生まれるであろうに」

「しかしそれは我ら商人にとってみてはありがたい話。御武家様の介入無しに商売をすることが出来るというのは、嬉しきことなのです」


 だろうとは思う。それに自由が利くというのは、商人の気風に合っているのだろうな。


「それで?」

「はい。大湊に船を出していた者に聞いたのですが、伊勢の平定を任されていたという織田信興様、昨年末に亡くなられたようなのです」

「・・・俺よりも若いはずであるが?討ち死にか?」

「いえ、病であったと。北畠には養嗣子として信長様の御次男である茶筅丸様が、北畠の姫を娶った上で入られました。伊勢は当分の間、信興様に長く付き従われていた滝川一益様が取りまとめられるようです」

「そうか・・・。あの若さでの病死など、さぞ無念であったであろう」


 せっかく一向宗の手から生き延びたというのに。病とはな。

 だがこれは信長の心境も荒れているのであろうか?史実で言えば間違いなく信長の黒い部分があふれ出したのは、長島一向一揆で一門衆が多く死んだときだった。

 その中には信興殿も含まれており、以降は苛烈な人物となったという印象がある。

 今回は病であるとはいえ、な。


「一度はともに戦場に立ったことがあるだけに残念だ。しかし伊勢の統治を取りまとめるのは滝川一益か。現地の様子はどうだ?」

「当初は北畠やそれに最後まで付き従った者達が反抗していたようにございますが、茶筅丸様を迎え入れてから北畠の姫が大層気に入ったようにございまして」

「誰も文句を言えなくなったか」

「北畠に付き従う者はそうにございますね。声を上げているのは先々代当主である北畠具教様と、その御三男である北畠きたばたけ親成ちかなり様にございます。どうやら降伏を申し出た先代当主具房様と、長野家を追い出された具藤様を不甲斐なしとお怒りになられ、元服がまだであった御三男を元服させたとか。現在は霧山城にお2人揃って入られているようで」

「霧山城に籠もっているのか。いずれ織田殿も対処に動かれるであろう。だがそれよりも伊勢を安定させる方が先だ。いずれは茶筅丸とやらが伊勢の主となるであろうからな」

「具教様達は捨て置かれると?」

「とうぶんはそうなると思う。まぁそれをお前達が心配する必要は無い。大湊は織田の手に渡り、再度の自治を認められた。そして伊勢のほとんど全域が落ちたことで、志摩の連中も迂闊なことはしてこぬであろう」

「あの地をようやく安全に抜けることが出来るのでございますね?みなも安心いたしましょう」


 しかし志摩は本当に如何するのか。九鬼家の当主である澄隆殿は未練が無いと申していたが、嘉隆殿はそのようでも無かった。戻れるものならば戻りたいと言っていたし、果たしてどうなるか。

 それにしても北畠も下手をすれば、悲惨な最期を迎えそうな予感がするな。

 しかし史実がある意味1番悲惨であったように思うから、あの通りにならなければ最小限で抑えられるかも知れない。

 問題は先々代が籠もっているのが霧山城であるということだ。あの地を反織田の勢力が維持しているのはかなり邪魔だ。大和に抜ける道が塞がれることとなる。

 結局織田は北畠の反対勢力を滅す必要があるのだから、伊勢での戦はもう1度か2度はあるだろう。

 その大将を滝川一益がするのか、はたまた茶筅丸が名目上行うのか。どうしたって北畠は終わりかな。


「有意義な話を聞くことが出来た。今度今川館へ向かう際の土産話になるであろう」

「それはようございました」

「・・・それよりも本当に良いのだな?己が子の内2人と縁を切る必要があるのだぞ」

「あの子らが望んだことにございます。それに我らと同じように、商家の者たちの中には城に血縁者を任せようという者は多くございます。繋がりを持ちたいと邪な気持ちを持つ者もおりましょうが、1番は一色家であれば一族の血を残すことが出来ると踏んでいるから。この地は今や日ノ本一安全な場所と思われている証にございます」

「暮石屋が率先して人を送り込むことで、先駆けになろうというわけか」

「その通りにございます。それと言ってしまえば、ここにいれば餓えることがございません。農民達は、政孝様の策により餓えることはございませんが商人は別にございます。全てが我らのように儲けているわけではございません。食い扶持を減らすという意味もあるのでございましょう」


 最後に喜八郎より貴重な話を聞けた。今後の領地経営に活かさなくてはならない重要な話だ。


「保護式目を守るのであれば、俺は受け入れる。商人らにはそう伝えよ」

「かしこまりました」


 喜八郎は帰っていったが、未だ高瀬達は城に残っている。何やら話が盛り上がっているらしい。

 俺も混ぜて貰うとするか。




※織田信雄=茶筅丸

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