188話 対武田包囲網の終幕
大井川城 一色政孝
1567年冬
そろそろ2月になる。
年が明けてから約1ヶ月で様々な出来事が起きた。現在も起きている最中であるが、とりあえず纏めてみる。
「信濃の南側が今川領になるとは、今でも信じられませんね」
昌友の言葉に俺は頷きながら、泰朝殿からの文に目を通している。今は正式な場ではなく、ただ広間に数人の家臣らが集まって雑談を行っている最中だ。
故に昌友の言葉は俺にだけ向けたものではない。
その証拠に昌友に返事をしたのは、一色港より一時的に戻って来ていた彦五郎だった。
「たしかに。しかし信じられぬといえば、武田や北条とも縁が切れたことにございます。武田義信殿に嫁がれた松様も戻されましたから」
「あれは戻されたとは言わぬわ。追い出されたという方が正しい」
虎松が昌秋に剣術稽古を受けるため、城に来ていた時宗が怒りも含めてそう言い放った。まぁ氏真様も武田のその対応に大層驚かれていたが、結局は完全なる手切れを意味しており、以降武田と手を取り合うことはないだろう。
そしてもう1つ武田において大きな出来事があった。
武田信玄が敗戦の責を取って隠居。跡を継いだのは何やらじゃっかん揉めたらしいが、当初の予定通り嫡男義信が跡を継いだ。どうやら四男勝頼の聡明さを見抜いた家臣らが騒いだらしい。
「北条氏政様は鎌倉に御所を建てるのだそうだ」
「殿、話を聞かれていたのですね」
「あぁ、全部聞いていた」
大方文を読み終わった俺はなんとなく文字を眺めつつ、1人考えにふけっていた。
だが周りの言葉は読んでいる最中に比べるとよく耳に入ってくる。
「しかし鎌倉に御所ですか・・・。いったい鎌倉に公方様が入られるのはいつぶりになるのやら」
「だが実質北条の傀儡だな。それを承知で入るのだから、よほど鎌倉という地に思い入れがあるとみた」
「そしてこれまで古河公方として支配していた地は北条の支配下に入るわけですか。此度氏政様に敵対した小田やら結城は生きた心地がしないでしょう」
昌友の質問の答えとしては、およそ111年ぶり。当時の鎌倉公方と関東管領が争い、駿河守護であった
以降鎌倉公方は古河へと移り古河公方を名乗る。それから111年ぶりというわけだ。というよりも今川家にかなり関わり深い出来事でもあった。
「そうだな。此度の御家騒動で氏政様に味方した北関東の大名らは大規模な同盟を結んだ。そのおかげで武蔵から上杉勢力の一掃に成功したのだから、北条家の策勝ちだな」
「たしかにその通りにございます。上野は前任の関東管領である上杉憲政様が平井城へ入られました。さらに北条家が身柄を拘束していた憲政様の嫡子、
「そして上野は山内上杉家に戻ったことにされているが、実質その監督を行うのは越後上杉家だ。上杉は此度の戦で武蔵を失い、北関東方面の大名と疎遠になった代わりに上野と北信濃を手に入れたこととなった」
ただし楽観視出来ない事態も起きている。それは越相同盟の電撃的締結。
北条氏康の七男である三郎が史実よりも相当早く上杉政虎様に養子入りした。目的は今川の勢力拡大に伴う対今川同盟。
上杉家中では此度の戦で武蔵を手放した原因の1つに、今川から出した武装解除の要請があると反感を抱いている者が一定数いるのだという。
あくまで一部であるが、いつでも反乱が起きかねない上杉である。そういった者らへの配慮として組まれたのが越相同盟なのだ。
逆に今川家も北条家と一応期間を決めた同盟が結ばれた。3年の不可侵同盟。これ以降は縁を切ることが決められており、完全に三国同盟は消え去った。
「彦五郎、飛鳥屋は無事に越後まで船で渡れたのか?」
「どうにか渡れたようにございますが、あまり多用したくはないと申しておりました」
「そうか、苦労をかけたと労っておいてくれ。どうせそう長くはいらぬであろう」
俺の言葉に昌友が不審げに見てきた。
「上杉と縁が切れる日はそう遠くないとお思いですか?」
「わからぬ・・・。が、政虎様がそう思わずとも家中がそれを許さぬやもしれん」
「なるほど・・・」
信濃で上杉とも接してしまった。織田と本当に盟が成った場合、争うのであれば北条か上杉。
何度も思ったことではあるが、やはり敵として対峙したくはない2家である。
「氏真様は早川殿と離縁しないそうだ。氏政様もそれを認められた」
「松様や梅様のことがある中で、夫婦でいられることが認められるとは・・・」
「いいんじゃないか?だが・・・」
「お扱いは側室ですか」
「まだ正式に決まったものではない。昌友、あまり不用意なことを申すな」
「申し訳ありません」
まだ決定事項ではない。あくまでもその可能性があるという話だ。
ちなみにその可能性が現実になる場合だが、それは織田と盟を結ぶ時だ。織田より迎える市姫を正室にする必要があるというお2人の判断である。
こう言ってはなんだが、男の子が生まれる前でよかった。
現状はまだややこしいことにならずに済んでいるからな。
「それで朝比奈様からはなんと?」
昌友の問いに俺は文を広げる。
中を覗き込むみなを見ながら俺は答えた。
「織田から申し込んできた同盟の話を今川館にて、みなに報せねばならぬ。その役目を俺に、とのことだ」
「それは随分と・・・」
時宗の言葉に数人が頷いた。俺の今川館での扱いを知らぬ彦五郎が疑問げな顔で周りを見渡す。
「難しいことではあるが、氏真様や泰朝殿も援護してくださる。それに冷静に物事を捉えられる方々なら賛同してくださるだろう。一応種は蒔いている」
「種、にございますか?」
「あぁ。先の戦で織田の不審な挙兵に関してその意味を問うてみた。勘がよい御方なら気がつくはずだ」
「なるほど。抜け目がないですな」
「褒め言葉だと受け取っておくぞ」
苦笑いで時宗が頭を下げる。
そしてその話をする日がもうじきなのだ。だからどうみなを説得するか考えなければならない。
俺が原因であるとはいえ、厄介なことになってしまったな。
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