156話 火急の報せ
井伊谷城周辺 一色政孝
1566年夏
泰朝殿が元信殿を連れられて陣中に戻ってこられた。
「それで俺をのけ者にして一体何を話していたのだ」
「たいしたことではございません。ただ私の身を案じてこうして顔を見せに来てくださったのです」
「ならば何故俺を遠ざけた?」
元信殿のこの言動に深い意味は無いのかもしれない。俺の勘違いで無ければ、この御方とも良好な関係を築けていると思っているからだ。
だが、こうも突っ込まれるとボロが出かねない。
助け船を出す機会をうかがっていたのであろう泰朝殿の、
「それよりも戦の話をしませんか?政孝殿の話は勝った後にでも問い詰めればよろしいでしょう」
という、あまりにも無責任な言葉であっさりと終わった。
つまりこの戦が終わるまでに、あの疑惑をどうにかしておけとの言葉だと受け取っておこう。武田を相手取りながら、自身の無実を証明するのは相当に大変なはずなのだが、随分と簡単に言ってくれるものだ。
「ふんっ!確かにその通りであったな。あやうく気を抜くところであったわ」
ドカッと椅子に腰をかけられた元信殿はこの周辺の地図を眺められる。俺達もその地図を囲むように座った。
ちなみに此度の南信濃侵攻軍には俺達の他にも、親矩殿や氏興殿、
総数で見れば結構な大軍になったな。
四方全てを敵にしている武田は普通に戦えばひっくり返すことの出来ない物量差で攻められることになる。
だが油断は出来ない。信濃に入れば、そこは俺達の知らない土地だ。
戦い方はきっと武田の方がうまくやるだろう。だから俺達は慎重に策を練る。
「さきほど元信殿にも申し上げましたが、井伊谷城内にこちらに通じる者らがおります。三河からの増援も宇利城がこちらについたため難なく迎え入れることが出来ましょう」
「相変わらず手際が良いな」
2人揃って似たような反応をされた。やはり俺は積極的に調略を使うタイプだと思われているのだろうか?いや、まぁ事実なんだがな。戦わずして勝てるならば絶対そっちの方が良い。
命を散らせばもう一生返ってこぬのだ。
「お褒めいただき嬉しゅうございます」
「・・・」
微妙な顔で泰朝殿は元信殿を見られた。元信殿も小さく鼻息を吐く。
どうやら返事は間違いであったらしいな。
「その者らは機を見て城内を制圧すべく立ち上がるとのことにございます。それに合わせてこちらも攻め寄せましょう。内外より攻められれば、堅城と言われたこの城であっても容易く落とすことができるでしょう」
「引馬城や吉田城でやったことであるな。確かにあのときは上手くいったが、此度も同じ運びになるとは限らぬ」
「俺も泰朝殿と同意見だ。それに俺達の最終目標は南信濃の制圧。派手に勝たねばこの先も厳しい戦が続くことになる」
この2人が同意見なんて珍しい。そしてそんな2人にそう言われるとこっちとしても強くは出られない。
「それでは一体どのようにして勝つおつもりなのですか?」
「「それは」」
2人は見事にハモって、此度の戦で成すべき事を答えてくださった。
「力攻めだ!」「城外決戦です」
そして直後いがみ合うように2人は顔を向け合う。
「これから信濃に兵を出さねばならぬのに、余計な被害を出してどういうおつもりか」
「それは泰朝殿も同じであろう!城外決戦なんぞすれば時間がかかる上に、こちらの被害は格段に増えるぞ」
「残念ながら私にもちゃんと策はあります。それによってこれから攻められるであろう武田勢は震え上がること間違いありません」
自信満々にそう言い張った泰朝殿。それを疑わしげに睨む元信殿。
居心地がだんだん悪くなってきたな。俺から振った質問ではあるが、早急にこの場所から離れたい。
しかし俺のことなど目に入っていないかのように、2人は盛り上がっていた。
「では聞かせて貰おうか!城外決戦という、間抜けな策を出したその真意をな!」
「ならば聞かせて差し上げましょう。その筋肉で凝り固まった頭にもわかるよう詳しく」
あまり泰朝殿が熱くなるのを見たことがないが、こうなるのか。今度からは地雷を踏まないよう気をつけなければならんな。
現実逃避気味に俺は2人のいがみ合いを眺めた。ちなみにこの騒ぎを聞いて、元信殿の率いていた兵らも陣に集まり始めている。
「つい先日、大井川商会の者らから買った種子島を使うのです。元信殿も買ったはず」
たしかにこの陣の中にも1丁の種子島がおいてある。あれは元信殿の物として扱われている種子島だ。さっきここに来たときに聞いた。
「井伊谷城内での争いが激化すれば城内より飛び出してくる者らもいるでしょう。その者らを種子島で一掃する」
「なるほど・・・」
いとも簡単に納得させられた元信殿を見て、争いが激化しないようで一安心だとホッとする。
ちなみに種子島を購入したのはとりあえず数人程度に収まった。種子島の運用に積極的な方々には、一色から代金の何割かを支払うことで購入をしている。
2回目以降からは完全自腹ではあるが。
元信殿も泰朝殿も購入済みだ。それぞれが10丁ずつ。
ここにはいないが家康も買っていたな。あやつは完全自腹で買いおった。なんでも祖父清康殿の遺品を色々売ったそうだ。
「ここでの圧倒的勝利は瞬く間に武田家中に広まるであろう。動揺すればそれだけ降伏もしやすくなるやもしれん。それにこちらには種子島をさらに増やし、さらに専門の部隊まで用意している政孝殿もいらっしゃいますから何も問題は無いでしょう」
「・・・うむ、わかった。此度は泰朝殿の策を採用するよう軍議では纏めよう」
「よろしくお願いします、元信殿」
種子島を追加で20丁増やして、鉄砲隊も増強した。種子島については徴兵した兵に任せるのは難しいため、金で雇い入れ訓練を積んだ者らで鉄砲隊を編制した。
おかげで随分と練度の高い部隊が完成した。その分金もかかったわけだが。
しかし一色が戦場で活躍するためだ。それをわかってくれた昌友からは何も言われず、むしろ今後の予算ではある程度鉄砲隊に割くことも約束してくれた。
「さてではそろそろ、」
元信殿が近くの兵を呼ぼうとしたとき、鎧が激しくぶつかり合う音が聞こえた。誰かがこちらに向かって走ってきているのか?
周囲に緊張が走る中、陣中に飛び込んできたのは1人の兵であった。
「所属を名乗れ」
「はっ!
「定忠殿から?たしか武節城は」
「はい。尾張・美濃方面の監視のため城の守りを固め、さらに織田の動向を探るよう命じられております」
「つまりは織田に動きがあったということか?」
元信殿の言葉に陣中にいる者らが激しく動揺したのが分かった。
桶狭間でのことが脳内に呼び起こされたのだ。俺はその場にいなかったから、その者らに比べればまだ冷静でいれた気はする。
「はい。とにかく皆様をお集めください」
「わかった。みな、聞いたとおりである。急ぎ主だった者らをここへ集めよ」
「「「はっ!!」」」
しかしこの慌て方。なんだかみなが思っているような事では無い気がする。
攻め込まれたのであれば、第一声は状況説明では無く攻められた旨を話しすぐさま援軍を寄越すよう言うはずだ。
しかしみなを集めるよう言ったということは、比較的余裕があるということではないか?
いったい武節城の者らは織田の何をみたというのだ。
一方で泰朝殿の視線がやや厳しいものになったのも、肌で感じ取ることが出来た。早くどうにかせねばならぬな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます