138話 織田・本願寺の和睦

 一色港水軍衆宿舎 一色政孝


 1565年秋


「久しいな、秀貞殿。此度はいったい何用で参られた?」

「先日のお礼と共に、別件でお願いがあって参りました」

「ということは、此度も人に知られるわけにはいかぬな」


 俺が手で合図をすると、部屋よりみなが出て行った。おそらく誰も近づけぬように、外の廊下に見張りがいるであろう。


「ご配慮感謝いたします。未だ関係の改善が出来ていない我らが会っていると知られるとお互いよくないでしょうから」

「そちらは織田殿の命であろう。危ない橋を渡っているのは俺だけでは無いのか?」

「ごもっともで」


 話が一区切りついた。訪ねてきたのは秀貞殿であるが、ちょうど俺からも聞きたいことはある。

 しかし先に動いたのは秀貞殿であった。


「こちらを」

「これは?」


 俺は差し出された文を広げた。内容をザッと確認してみたが、書いてあるのは此度の一揆に関して。織田と本願寺が和睦を結んだということである。

 その和睦の条件がびっしりと書き示してあるのだ。


「本願寺や公方様は和睦と申しておりますが、各大名家に大幅譲歩したものとなっております」

「大幅譲歩・・・な」


 譲歩といいつつ長島城はそのまま一向宗が留まることを赦している。信長が出した条件は雑賀衆を長島城より退かせることと、此度の一揆に協力した斯波義銀の身柄を引き渡すことだけである。

 また本願寺からは捕縛した各地の坊主の解放を求められた。三河でも敗北し、近江でも敗北し、長島では戦自体は起きていないが陸海路の完全包囲をもって降伏も時間の問題とされていた中で、和睦に際して条件を出してくるのはよく分からぬが信長はこれも呑んだ。

 そしてもう一つ。おそらくこれがあったから秀貞殿は俺の元へと遣わされたのだと思う。


「伊勢湾の封鎖を解除せよ、か。せっかく弱らせた一向宗は再び息を吹き返すことになるぞ」

「それに関しては問題ないと仰っておられました」

「三河での一揆は長島と違って鎮圧しきった。万が一長島で一向宗が蜂起しても、俺には伊勢湾を封鎖する理由はない故水軍を出すことはおそらくない」

「それも承知しております。しかし美濃の混乱時に小里家が画策した土岐の守護再起の動きと、此度の一揆に際して三河で起きた吉良家の離反は全て公方様の意思を汲んだ何者かが裏で暗躍したのだと読んでおります」

「怪しいと思われる義銀を押さえるためには、水軍を退かせても構わぬと?」

「はい。未だ戦国の世の理を認められぬ者は大勢いますので、下克上により国を追われた者らは再起を図る機会を虎視眈々と狙っております」

「・・・わかった。吉良家のことは今川にも関係のあること。その和睦の条件に従おう」


 だいたい三河での一揆が終わった今、伊勢湾の封鎖にこだわる必要はない。いつ志摩の国人が参戦してくるか分からない今、一色水軍が危険を冒し続ける必要もないだろう。

 だが長島城を独自の力で攻めるにはなかなか大変な思いをすると思うがな。史実でも一向宗相手に良いようにやられていたからな。そして織田一門も多く死んだ。


「しかしそのように即決されても良いのですかな?」

「水軍の運用に関しては、氏真様の指示で動いているわけではないからな。もちろん命が下されれば、その言葉に従うがそうでなければ特に許可を貰うということもない」

「そうでしたか」


 一度話が途切れた。ということは、秀貞殿の用件はこれで終わりということか。ならばそろそろこちらも聞きたいことを聞かせて貰おう。


「俺からも1つ聞きたいことがある」

「何なりと」

「近江はどうなったのだ?あの地でも一向宗は動き、六角と共同で防衛線を敷いていたはずだが」


 少し驚いた顔をしていたのは、俺が予想外に情報を持っていたからだろうか?近江の動きは畿内の勢力図を間違いなく変える一戦となるであろう。

 興味がわかぬはずもない。


「浅井は三好や我らと共に近江の大半を制しました。残りを甲賀郡のみにしたところで公方様より和睦の使者が参られたようで。結果として浅井の近江支配を認め、近江守護に任じられたようにございます。しかし六角は甲賀郡に留まることが認められ、六角義治は甲賀郡にある三雲城に入ったとのことにございます」

「三好には何かあったか?」

「いえ、我らと三好家には特に何も・・・」

「そうか」


 しかしこれで浅井は近江の大半を手にしたこととなる。甲賀を手放したのは、近江の領地経営を進める上で特に問題なしと判断したからであろうか。

 東国から京へ向かう際に使うであろう道は確保しているからな。


「それにしてもついに畿内から六角家の影響力が皆無に等しいほどに消え失せたか」

「はい。戦国の世とは何が起こるかわかりません。お互いに気をつけねばなりませぬな」


 その後食事を共にした秀貞殿は尾張へと帰って行った。

 俺もここでの仕事を終えたら大井川城へと戻り、今年はゆっくり出来るであろう。思ったよりも一揆鎮圧の後処理に時間がかかっている。俺に限らず三河全土でな。

 だから井伊谷城への攻撃も延期されるだろう。救いは武田が四面楚歌となっていること。

 おかげでこちらも焦って戦支度をする必要がない。


「彦五郎、少しいいか?」

「なんでございましょう」


 外に控えていた彦五郎は俺に呼ばれて部屋へと入ってくる。

 俺が何を言いたいのかわかったのだろう。どことなく気まずげにしていた。


「統治用の館を建てるよう言っていた話、進んでいるのか?」

「・・・」

「目を逸らすな。俺の目を見ろ」


 やはりか。もちろん一揆が起きたり、この手の話が得意な親元が大井川の治水工事へかり出していることもわかっているが、まさか全く進んでいないとは思っていなかった。


「・・・しばらくは房介を代官代理としてこの地に派遣する。今年中に建築案と、必要な素材の手配をつけよ」

「申し訳ありません」

「いや、怒っているわけではないのだ。だが一色港も発展してきた今、少々港の整理をしようと思っている。その上で一色港に専用の館がないというのは不便なのだ」

「整理と申しますと?」

「一色港を交易用の港として機能させる。大井川港は軍港としての役割に比重を置くことにした」


 今までは併用していたが、まず土地が足りない。抱え込んでいる商人の他にも各国の商人が寄港していくのだ。

 水軍の船や漁師の船も入り乱れて、事故まで起きている。

 だから役割を分担させることを決めた。

 そして武力はなるべく目の届くところに置いておきたと思い、このような配置にしたというわけだ。


「一刻も早く手配いたします」

「頼むぞ」


 さてここでの仕事もこれで終わりかな。ようやくみなに会えそうだな。


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