136話 副王の影
観音寺城 松永久秀
1565年秋
「随分と早い到着でしたな」
儂の目の前には未だ若い男と、人相の悪い男が立っておる。
「いえ、まさかあなたが自ら兵を率いているなど知りもしませんでした。知っていればもう少し早くに挨拶に来たのですが」
若い男、浅井長政はそう言って目の前に腰を下ろした。隣に立っているこの男は誰であろうかな。
だがおそらく浅井の家臣ではあるまい。当主である浅井殿と対等に振る舞っているところを見ると、どこぞの援軍であろう。・・・織田しかおらぬか。
「挨拶が遅れたわ。儂は三好家家臣の松永久秀である。弟である
「私は浅井家当主、浅井長政と申します。此度の援軍、感謝いたします」
「そちらの者は?」
儂は仏頂面で座っておる隣の男に尋ねた。表情は余り変わらず、ただ視線だけを儂に移して、
「織田家臣、柴田勝家と申す」
やはり織田の者であったか。であるならばこのような態度であるのは、手柄を先に獲られたことを面白く思っておらぬのであろうな。
儂らも浅井に恩を売るために相当に駆けたでな。当然の結果であろう。
「織田の者であったか。今最も勢いがあると言われている織田と縁を持てるというのは嬉しき事よ」
「三好の者に言われても嬉しゅうはない。嫌味にしか聞こえぬ」
馴れ合うのを好まぬのか、それとも悔しくて仕方が無いのか。織田の内情はわからぬな。つい先日までは尾張一国も統一出来ぬ小さき家であったからな。
これからは織田の情報も集めねばなるまい。
「浅井殿、約定通り儂らが落とした城は全て浅井の者に引き渡しておる。すでに大方は済んでおろうな。あとはこの城と、そして未だ六角勢に支配されている伊勢国境近辺の近江領のみよ」
「兵を分けて進みましょう。我らはこのまま南下して、蒲生の城である日野城を目指します」
「では儂らは三雲城へと進み、義治の逃げ道を塞ぐとしようか」
しかし、長年長慶様の前に立ち塞がり続けた義賢はどこへ行ったのやら。義治らと共に逃亡しておるのやもしれぬが、果たしてな。
「先ほど落とした
「うむ、ゆめゆめ油断なされぬようにな」
「わかっております。では行きましょう」
柴田を連れて浅井殿は行ってしまわれた。しかし柴田は最後まで仏頂面であったな。
「忠正、殿の具合は如何であった」
「・・・殿は阿波へ戻りたいとうなされておりますが、おそらくそれも難しいかと」
「それほどまでに病に冒されているのか」
「はい。もはやご自身の力では体を起こすことも出来ませぬ。飯盛山城よりはもう動けぬと」
「そうか。日ノ本の副王とまで呼ばれた御方も溺愛しておった息子の死に耐えることは出来なんだか」
三好家の勢いに陰りが出始めたのは
岸和田城主を
一昨年に将来有望であるといわれていた義興様を病で亡くし、そして昨年には後継者争いの原因になりかねぬと冬康様にも手をかけられた。
最早三好に力は無い。儂は今後どう動くべきか、いやそうではないな。
どう身を守るかを優先せねばなるまい。未だ三好の血は阿波や讃岐を中心に強くあり続けている。
畿内の制圧で殿の信を得た我ら兄弟は邪魔で仕方あるまいな。それに殿は最近、養子、そして嗣子として迎えられた義継様の後見に儂を指名された。
「困ったことだ。殿が亡くなられば、我らの居場所は三好にあるまい」
「・・・それもさだめと思うしかありませぬ。どうにか今の内に手を回しておくしか、我らが生き残る道はないのです」
「そうであるな。では生き残る道を得るためにもうひと働きするとしようか」
「はっ!」
恩知らずと罵られても構わぬ。儂は三好に縛られて共に滅亡などしたくはないからな。
※十河一存・・・三好元長の四男。長慶の弟。十河家に養子として入り、和泉岸和田城主に任じられた。
三好実休・・・三好元長の次男。長慶の弟。またの名を義賢ともいう。1562年に根来衆も率いた畠山家により討ち死。(久米田の戦い)
安宅冬康・・・三好元長の三男。長慶の弟。安宅家に養子として入り、淡路水軍を率いた。三好政権を支え続けたが、飯盛山城にて長慶に殺害された。殺害に関しては諸説あり。
三好義興・・・三好長慶の嫡子・嗣子。将来を嘱望されたが病により死去。享年22。
三好義継・・・十河一存の子。本来であれば十河家を継ぐはずであったところを、血筋から三好本家の養子に入り跡を継ぐ(史実)
あまり触れてこなかった三好家なので、ここで長慶の兄弟と子どもたちについて補足入れました。
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