第62話 栄衆の協力者
東条城周辺 一色政孝
1562年春
近くの宿場で日が沈むのを待った俺達は再度合流して東条城に侵入できるという抜け道へとやってきていた。
調べによると、どうやら吉良家のお家騒動は今川方が思っていた以上に大きな騒動となっていたようで、城内でも両派閥で軍事的衝突もあったらしい。
義昭殿がそれを氏真様に知らせなかったのはあくまでオレの想像に過ぎないが、正規の兵を率いていたはずの義昭殿が統率の取れていない義安派に負けたからだと思っている。
恥だと思って知らせなかった。だから今日の今日まで死人を出すまでの衝突があったことを誰も知らなかったのではないかと。
「その際にどうやら城壁にヒビが入ったようにございます。しかし三河国内では松平元康による平定戦が始まっており、ゆっくりと城壁を直すときがなかったのかと」
落人の説明は腑に落ちた。義安は名門の出とはいえ、元康に元々仕えていた者では無い。信頼を勝ち取るためには手柄を立てなければならない。その気持ちがはやり自身の城の守りが疎かになった。
十分に考えられるな。
「おそらくそうだろう。しかし何にしろこちらにとっては好都合。泰朝殿が城攻めを開始したらすぐに乗り込むぞ」
「かしこまりました」
佐助が後方に控えている精鋭らに小声で指示を飛ばした。
俺達がすべきことは一気に城内を制圧すること。吉田港に吉良家の旗印が立っていたことは確認済みだ。そして攻められているのだから城壁に兵は自ずと集まってくる。城の中に入り込めればこちらのものだ。
「どうやら泰朝殿の兵に気がついたらしいな」
「はい。中の兵らが慌てている声が聞こえます」
「もう少し待つぞ。人の気配がなくなれば中に入る」
頷き再度後方の兵らに指示を出した。一色も基本的には農民を徴兵して戦に出ている。ありがたいことに治水工事と水産、交易が成功し潤っている大井川領の農民らは積極的に武器を取ってくれるのだ。
俺の初陣で勝ったというところも大きいかも知れない。まともに戦ったわけではないが・・・。しかしだからといって職業兵士がいないわけではない。俺のそばを守る者らは領民の中から志願した職業兵士らだ。普段は城内で稽古をしながら、内政の手伝いもしている。精鋭はそういった者らのことを呼んでいる。
「殿、人の気配が消えました。先に忍び込んでおる者がおりますので、まずはその者と合流いたしましょう」
「栄衆の者か?」
「いえ、我ら栄衆が尾張や三河を本拠に活動していた頃の協力者でございます。我らにはそういった者らが、特に尾張・三河にはたくさんおりますので」
「頼もしい話だな。今回の策、上手くいったら褒美を取らせたい。必ず俺の元へ案内せよ」
「きっと喜びましょう」
落人とそんな話をしていると、城門より火の手が上がり始めた。今回は引馬城の時とは違って、必ずこの城を無傷で奪う必要は無い。元康にとっても守りにくいこの地は、今川にとっても守りにくいのだ。
義昭殿には悪いが、あまり綺麗な状態では引き渡せないだろうな。
東で今川の城を攻略している元康の兵がこちらに引き返してくれば、戦況不利は確実になるのだ。元康に再度奪われるくらいなら城を打ち壊して撤退した方が絶対に良い。
これくらいの気持ちで臨んでいるから誰も城攻めに遠慮をしない。
「行きましょう」
「わかった。いくぞ佐助」
「はい。分かっておられるとは思いますが、必ずお一人にならないようお願いいたします」
「分かっている。俺だって命は惜しい」
「では良いのです」
ヒビの隙間に身体をねじ込んで城壁の中へと侵入した。俺達の鎧は最低限しか着けていない。音を立てては存在がバレてしまうからだ。それに鎧を着けて走れば刀と当たってガシャガシャと五月蠅くなる。
「城内に入るための裏口へと向かいましょう。そこに協力者がいるはずです」
「案内を」
「はっ」
少し走ると確かに小さな入り口に1人の女が立っている。俺の姿を見て頭を下げた。間違いなく協力者とはこの方のことだ。
「この者、長年東条城の台所を受け持っている者にございます」
「ここからは私が案内いたします」
「落人がいうのだから信用する。よろしく頼む」
「はい」
小さな扉を開けたこの方・・・、名前が分からないな。
「落人、あの方名を何という」
「忍の類いに元から持つ名はありませぬ。この城では
「そうか、では俺も福と呼ぶことにしよう。名を知らぬのは不便だ」
落人は小さく頷き、また前を見た。
福は何も迷うことなくただひたすらに城を登るように走る。通る道にはほとんど人はおらず、すれ違う者らは城に仕えている女や子供だ。落人や精鋭の者らが殺さないように気絶させながら先を進んだ。
そしてしばらく走っていると小さな部屋へと通される。先に部屋へと入った佐助は危険が無いことを確認し、俺へ頷く。それを見た俺は他の者らを従えて部屋へと入った。
「私の案内はここまでにございます。ここより先は義安様の護衛の方々がいらっしゃいますので」
「わかった。よくぞ俺達をここまで案内してくれた。戦が落ち着けば必ず俺の城へと来てくれ。目一杯の褒美を出す」
「楽しみにしております。ではご武運を」
そう言った福はそのまま来た道を戻っていく。俺達が待機している部屋のすぐ近くで義安らしき男が何かわめいているのが聞こえた。
予期せぬ攻撃に肝が冷えたのだろうか。
『急ぎ元康様に伝令を出すのだ!それと吉田港に出している兵らを至急戻らせよ!!』
『すでに伝令を出しております!きっとすぐに元康様が追い払ってくださるでしょう』
『そ、そうか・・・。くっそ』
残念だが伝令兵は全員始末している。吉田港に向かった兵が東条城の状況を知るのは、この城が落ちてからだ。
元康への伝令もまた同様。当然だが元康には一切こちらの情報が漏れないよう全ての街道から獣道のようなところまで兵や忍びを伏せている。
背後を突くためにはこちらの動きを決して気取られてはならない。
「落人、義安がいる部屋の状況が分かるか?」
「見て参りましょう」
部屋の荷を足場に天井へと登り、そのまま姿を消した。
その軽すぎる動きには流石の精兵らも口を開けて見上げている。
「心強い限りですな」
「あぁ、本当に助かっている。しかしあまり栄衆に頼りすぎると俺の力を疑問に思う者が出てくるやもしれん。そこは注意が必要だ」
「私も必ずやお力になりますので」
「佐助、期待しているからな。お前たちも同じだぞ」
そしてしばらく待っていると落人が戻って来た。
「今が好機やもしれませぬ。人は多そうでしたが、ほとんどが吉良義安の血縁者ばかり。戦える者はほんの少ししかおらぬようです」
「わかった、再度確認だけしておく。まず女子供は決して殺すな。全て捕らえ無事に今川館へとお届けする。その後の判断は氏真様にお任せする。義安も同様だ。しかしこの者の場合、捕虜の交換という手札に使える可能性が高い。必ず捕らえよ。他の者らは切り捨てても構わん。ここで決めるぞ」
「はっ!!」
佐助の返事に揃えて全員が頭を下げる。そして突入の構えをとった。
「そら、攻め込め!!」
「「「おおおぉぉぉぉっ!!!!」」」
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