第60話 将としての覚悟

 三河国内某漁村 一色政孝


 1562年春


「この地の防衛頼んだぞ」

「かしこまりました」


 小山家房にしっかりと言いつけて、泰朝殿のもとへと向かった。

 今居る場所は東条城より南西に位置する小さな漁村。以前久を迎えに行った際に使った吉田港よりさらに西だ。

 思った通りこちらに元康の兵がいる様子はない。船上より見た様子だと吉田港の守りはかなり厳重だった。やはり海路を使った攻撃を警戒されていたが、予想を超えることが出来たらしい。


「泰朝殿、この地の民らの様子は如何ですか?」

「問題ないようだ。松平の支配下にあった影響をまだ受けていないからだろう。我らの力になると村長が言ってきた」

「それは大きいですね。船が発着できれば、港の大小は関係ありませんから」

「そうだな。おかげで敵に勘づかれずに懐深く入ることが出来た」

「万が一の際にはこの地から撤退いたしましょう。そのための備えをすでに行っております」


 以前昌友に言っておいた一夜城もどきの策は、大方すべての兵が理解して行動しているおかげで漁村を簡易砦として機能させることが出来た。 この砦を拠点として、俺達は東条城を攻めることになる。今は夜だ。慣れぬ地での進軍は危険を大いに伴う。

 本当は闇夜に紛れて城に乗り込みたいところではあるが、今は我慢するしかないだろう。


「朝が来れば攻城部隊を進ませる。今のうちに休まれよ」

「お気遣いかたじけのうございます」


 俺は泰朝殿に礼を言って、一色の構えた陣へと戻った。陣の中には道房と佐助、そして寅政が控えている。

 親元は家房について海上の警備をしているはず。


「それにしても奥山海賊衆とは凄まじいですな」

「あぁ、まさか明かりを一切焚かずに夜の海を船で渡るなどな。おかげで被害を一切出さずに敵地に上陸することが出来た」

「それに海岸より遠く離れて進んだおかげで、こちらの気配を気取られることなく松平の兵の配置を確認することも出来ました」


 4人で頷きながら改めて海賊として生きてきた親元の凄さを実感する。なんの躊躇いもなく接岸する様など、よく見えない俺達からすればかなりヒヤヒヤした。それを当然のようにするのだから、やはり良い人材を雇い入れれたものだと思う。


「少し寝ておけ。明日はいよいよ三河の平定戦になる。どこまでやるかは現場にいる将の判断になる故、どちらにしても厳しい戦いになるだろう」

「承知いたしました」


 道房と佐助は先に出ていった。寅政はまだ動かずジッとしている。その表情は硬く、いつかの自分を思い出す。


「寅政」

「はっ」

「怖いか?」

「・・・いえ」


 僅かな間は肯定と捉えさせて貰っても問題ないだろう。寅政、聞けば俺と同い年だと言うでは無いか。

 これまでも海上で戦ってきている。しかし大名同士の規模の戦いは初めてだ。それでいうと俺も初めてになるわけだが・・・。しかしまぁわかる。誰かがしくじったとき、味方に生じる損害がこれまでの比はない。それほどまでに寅政に任せている任務は大きなものだった。


「今は俺しか聞いていない。強がらずとも誰も叱りはしない」

「・・・」


 寅政は無言のままだった。しかし俺は話すことを止めない。


「俺も初陣をはたしたばかりだ。そして此度で2回目の戦場。戦いの経験で言えば間違いなく寅政の方が多い」

「聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんでも聞いてくれ」

「何故そこまで堂々としてられるのですか?殿の判断1つで兵の生死、敵兵の生死、戦の決着までもがつくやもしれません」

「たしかにそうだな」

「・・・何故ですか」


 俺は少し考えてみた。何故とは考えたことはなかったな。本来初陣だったはずの義元公による尾張侵攻。あの時は桶狭間で大敗する結果を知っていたから怖かった。

 それは寅政の抱えている恐怖とは違うだろう。

 飯尾連龍の謀反の時は恐怖など感じなかった。あの時は一色が前線に配置されないと分かっていたから怖くなかったのだろうか?規模が明らかに小さかったからか?

 いやそうではないな。

 守るものが出来たから、覚悟を知らずのうちにつけることが出来るようになったのだ。それは一色という家であり、仕えてくれている家臣であり、大井川領の領民であり、そして残された母であり、迎えた久なのだ。

 失敗の想像などしてはいけない。俺達は勝って大井川城に生きて戻らなければならない。


「俺が不安がれば寅政も不安になるだろう、今以上にな。そしてそれは一色の兵に伝播し、今川の兵に伝播する。士気の落ちた軍などなにも怖くはない」

「・・・」

「俺は覚悟をしているのだ。決めた限りは必ず勝ち、みなの元に戻る。そのために堂々としている。もちろん不安が無いわけでは無いぞ。戦場で人が死ぬのは常である。父も義元公もそうだった。しかし怖がっていては前に進めぬのだ」

「私はそこまでまだ強くあれませぬ」

「当然だ。すぐに強くなる必要など無いし、いきなり怖がらずに戦に臨まれるのは俺も困る。戦に恐怖し、最悪を想定してこそ最善の選択をして戦うことが出来るようになるのだ」

「・・・殿は本当に2度目の出陣なのですか?」

「あまりに達観しすぎているか?」

「はい」


 俺は笑い飛ばしてやった。即戦力になるのは親元でいい。

 寅政は俺と同い年だ。俺と同じくまだまだ成長段階。長い目で見て、立派な将になれることを応援するとしよう。

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