第43話 三河・尾張の情勢と目論む統一

 岡崎城 松平元康


 1561年秋


「殿、如何いたしました?」

「来たか、忠次。少し相談したいことがあってな」

「そうでしたか。では失礼いたします」


 忠次は私の前に座って姿勢を正した。これからどういう話をされるのか分かっているのであろう。長年私に付き従ってきた忠次だからこそである。


「先ほど正信と話をした。三河の統一についてだ」

「本多殿とですか。して三河の統一とは具体的には?」

「今川の全ての城を落とすのは時間がかかりすぎる。信長様にも三河に時間をかけすぎると愛想をつかれかねん。よって今川の三河支配における支柱をたたき折る」

「支柱となりますと吉田城ですかな」


 広げたままの地図を見ながら忠次は頷いた。しかしそれでは足りん。それに吉田城だけを狙うのは危険だと思い直した。

 私は地図に書かれた1つの城を指す。


「上ノ郷城だ。この城を落とす。そして東条城との連携をとって東進する。東条城の義安に東進する我らの背後を守らせる」


 私は地図に描かれた海岸沿いをなぞり、吉田城までにある2つの城を指した。先ほどの正信の懸念。これならば安心であろう。


「今川が海から来るとお思いなわけですな」

「正信にそう忠告をされたわ。背後を突かれかねぬとな。もしかすると東条城を狙ってくるやも知れんとも言われた」

「殿はその可能性についてどう思われますか?」

「吉田港を奪われて背後を襲撃される可能性はあると思っている。だが東条城を奪うために海路を使うということは無いだろう」


 たしかに奇襲にはなろうが、万が一退かねばならなくなったとき退路の確保が難しい。港を我らが奪還した場合攻城隊は逃げ場を失うことになるのだ。

 そこまでの危険を負ってまで取らねばならぬ城ではない。


「吉良義昭殿が強く訴えられるやもしれませんぞ。なんせあの城には自分を裏切った者らがいるのですからな」

「忠次はあると思っているのか」

「はい」


 言い切ったか。私は無いと思うのだがな。

 しかし、やはりここで兵を分散させるのはあまりに危険では無いか?それに今動かすと今川に侵攻の口実を与えかねぬ。


「・・・様子見とする。いつでも兵を動かせるよう用意しておくのだ」

「かしこまりました」


 しかしこうなってしまうと年内の侵攻は少々難しいか。現状海路を使える一色という駒が居る以上、海に近い城を取られるわけにはいかぬ。一色に所属しておる商人らはその辺の海賊程度ではどうにもならんと評判である。商人らですらそうなると・・・。やはり厳しいな。こちらも急ぎ水軍を整備し体制を整える必要も出て来た。

 来年の田植えの時期が終わってからの出陣となるであろうな。

 これは三河の統一も随分と時間がかかりそうか。

 そう思うと勝手にため息が出てしまう。お祖父様の成せなかった三河の完全なる統一。そして近隣の強国にも負けぬ国造り。やることが多すぎる。しかしまだ家臣が少なすぎる。

 松平という家が一度消えてしまってから、当時の家臣らは四散した。織田に仕えた者もおれば今川に仕えた者もおる。忠次のように私について岡崎の地にて独立に付き従ってくれた者もいるがやはり足りぬ。

 もう少し今川に揺さぶりをかけつつ力を蓄えるか?しかし先日の一件で今川内にあった親松平の派閥は大きく数を減らしたはずだ。

 であるならば別のところからか?今どこかいいところは・・・。


「殿、・・・殿?」

「っ、すまぬ。少々考え事をしていた。なんの話だったか」


 忠次が私の身体を気遣うように見ておる。


「お加減悪いのでしたらこの話はまた後日でも」

「そうはいかん。松平の今後を決める重要な話だ。先延ばしには出来ぬ」

「確かにその通りに御座いました。それで先の話ですが、どうやら織田様が本格的に犬山城に攻勢をしかけるように御座います」

「いよいよか。犬山城が落ちれば長く続いた織田一族による尾張分割時代も終わる。そうなれば信長様は本腰を入れて美濃を攻めることが出来るな」

「それすなわち、殿の重要性も増すということに御座います。万が一にも我らが三河でしくじれば」

「我らも信長様の標的になりかねぬな。まずは来年に徳姫様を迎える。それまでは決して崩れることは許されん。そういうことよ」

「かしこまりました。ではそのように各将へ指示を出しませんとな。急ぎ皆を集めましょう」


 忠次が立ち上がりかけたのだが、先ほどから気になっていた1つの疑問を口にした。


「正信と仲は良好でないのか?」

「本多殿に御座いますか?いえ、そういうわけではありませぬが。誰かにそう言われたのですか?」

「いや、そうでは無いのだ。つまらぬ事を聞いたな」

「はぁ・・・」


 忠次はそのまま部屋を出ていった。しかし忠次が嘘をついているようには見えなかった。では何故正信はあのようなことを言ったのであろうか。

 これもいずれ解決せねばならぬ問題であるのやもしれんな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る