第11話


廊下に出ると、一番奥の部屋の電気がついていて、

子供の騒ぐ声が聞こえてきた。

東さんの姿も見当たらないし、部屋の間取りも全然わからないから、ひとまずそこを覗いてみた。

10人くらいの子供たちが、テーブルのまわりにきちんと座っている。

満面の笑みを浮かべてハンバーグを頬張る子、添え物の人参と格闘する子など、皆それぞれ。

それでも皆、楽しそうだった。

「杏奈ねえちゃん……ブロッコリー……」

テーブルの端に座る杏奈ちゃんの皿に、隣のちいさな少年がブロッコリーを転がした。

彼女は即座に、ブロッコリーを少年の元に返す。

「だーめ、佳代さんが秋くんのために用意してくれたんだよ、頑張って食べなきゃ」

「え~」

彼はどこか納得がいかないようで、膨れ面をして俯いていた。

「ちゃんとお野菜食べなきゃ、立派な先生になれないよ」

小さな両手をつかんで、同じ高さで目線を合わせた。

「少しでいいの、食べれるようになろうね」

彼女は笑顔を絶やさなかった。

目の前の情景は微笑ましくて、思わず顔の筋肉が緩んだ。

――やはり、こちらの方が楽しいんじゃないだろうか。

彼女に、今、のしかかっている負担は理解している。

ただ、いつになるかはわからないが……いずれ彼女は、中央で「王の妹」として迎え入れられる事になるだろう。

それに比べたら、あと数年で終わるこの負担のほうがよっぽどマシなんじゃないか。

彼女の待ち続けた人も、もう……いないのだ。

人の幸せはそれぞれだろうけど、それでも思わずにはいられない。

彼女がここを出て、今より幸せになれるのか?


「覗きは犯罪だぞ、民人」

突然後ろから、肩を軽く叩かれた。

「ひっ! あ、東さん……びっくりした……そ、そういうつもりじゃなくて、場所がわからなくて」

「はあ……お前はこっち」

あからさまに不機嫌そうな顔をした彼が指したのは、僕がのぞいていたのの、隣の扉だった。

「まあ、部屋はつながってるけどな」

それだけつぶやいて、またふらりと部屋へ戻っていってしまった。

少しだけ薄暗い部屋の中央には、見たところ4人用の、丸いテーブルが置かれていた。

周囲を覗いてみると、さきほどの子供たちの部屋と繋がっていた。

なにもこちらから入ってくる必要はないんじゃ……と思ったが、やはりあまり目立たないようにしたかったので、こちらでよかっただろう。

テーブルには3セットの、子供たちの食べていたのと同じ食事が並べられていて、佳代さんはコップにジュースを注いでいるところだった。

「朝倉さん、遅かったわねぇ」

「すみません佳代さん、迷っちゃって」

ジュースのボトルを冷蔵庫にしまい、腰に手を当てる。

「ほら、東くんがちゃんと連れてこないから」

「あーはいはい、どうもすいません」

東さんはけだるそうにして椅子に座った。

「……ほら、朝倉さんも冷めないうちに召し上がれ」

「はい、ほんとにすみません……いただきますね」

少しためらいながら席に座ると、ハンバーグの湯気が肌に触れて気持ちよかった。

ナイフで切れば、中から肉汁が溢れ出て、口に運べばソースと絶妙に絡み合った。

こんなにおいしい料理を毎日食べている子供たちは、さぞ幸せだろう。

――すでに平らげている東さんも含め。

「どうかな、今日はちょっと頑張ったの」

「おいしいです、すごく! 大助……あ、えと、友達にも食べさせたいくらい」

そこまで言われたらさすがに照れちゃうなあ、と言って、少し癖のある長めの髪を指に絡ませた。

「……そうだ民人、おまえ結局これからどうするんだ?」

「これから……」

「どこに泊まるか、決めたのか?」

「ち、近くの宿に」

「あら」ブロッコリーをつっついている佳代さんが言う。「宿ならもう、この時間には受け付けてないはずよ」

観光地だから、リゾートホテルがほとんどだし、と続ける。

「え!? こ、困ったな……」

東さんは最後に残った大きめのジャガイモの盛り付けを口に放り込んだ。

野菜ジュースを一気飲みして、両手を合わせた。

「ごちそうさま、今日も美味かった」

「はいはい」

綺麗に重ねられた食器を流しに運んでいった。


「今日もって……」

「毎晩来てるから、あの人」

溜め息混じりの呟きが聞こえた。

向こうの部屋は相変わらず騒がしい。

「そんなことは今どうでもいいだろう! 民人、お前野宿するつもりか?」

耳元で怒鳴られて、ナイフとフォークを落としそうになった。

「そ、それしかないんじゃ」

「そんな適当な奴に杏奈は任せられんな」

僕のフォークにささった、最後のひと切れのハンバーグにかぶりつく。

……食べられた。

「東くん、朝倉さんにいたずらしないで、困ってるでしょ? ……東くんはね、あなたにうちに泊まっていかないかって言ってるのよ」

「お前が最初に言ったんだろうが……」

僕のハンバーグを飲み下してしまった東さんがため息をつく。

「あら、あなただって賛成してた」

「……チッ」

舌打ちをしてそっぽを向くところを見ると、佳代さんが言っていることは本当らしい。

「で、でも……いきなりは失礼ですし」

「いつお客さんが来ても良いようにベッドも2つあるわ。誰かさんがいきなり泊まるから」

そういって、佳代さんは東さんの方を見やる。

僕の遠慮は、あっさりつっぱねられた。

「でもほら、僕裏天使なんで……お二人の手伝いで子供のお世話とかもできないでしょうし、タダで泊めてもらうわけには」

どちらかが、また何か言ってくるだろうと構えていたが、二人は黙ったまま顔を見合わせていた。

「……こりゃ話が早そうだ」

「朝倉さん、だったらお手伝いしてくださいな」

「……は?」

まったくわけがわからない。

僕が裏天使だったからって、杏奈ちゃんと面会させるのを躊躇ったのは誰だ。

「引き取ろうってんなら問題さ」

僕の思ったことが東さんに見透かされたようだった。

「いきなり裏天使との生活に放り込まれるわけだ」

「……」

「でも、このままずっとここで魔天使達に囲まれて暮らすのも難しいと思うわ。今じゃ旅行客くらいは見るようになったけど、南西部の裏天使の人口なんかほとんどゼロよ。……私たちとしても、あの子たちには裏天使の社会の中で、裏天使として生きていってほしいの」

「本当は、杏奈みたいに髪の色を変えたりしないで、裏天使として南西部でも堂々と生活できるのが理想なんだろうが。……それはあいつらの次の世代にならんと、難しいだろうよ」

食卓を囲んで騒ぐ子供たちの表情は、僕が普段研究所や買い物へ行く途中に見る子供たちのそれと並んで豊か……否、それよりも生き生きとしていた。

でも、彼らが内に抱え込んだ事情や傷は……子供には、あまりにも辛すぎる気がする。


「天術と、俺達魔天使が使う魔術は仕組みがまったく違う。俺達には天術を使えないし、教えるのも不可能なんだ。……だから本当は、4年前に裏天使の教師を招く予定だったんだが……」

東さんは深いため息をつく。

それから、僕をきつくにらんだ。

「そ、その人は?」

「こちらに来る、ひと月前に亡くなったとか」

佳代さんの声は沈んでいた。

「……すみません、へんなこと聞いて」

「お前の気にすることじゃないさ」

東さんがぶっきらぼうに言った。

「東くんのところはそれきり。……それから閉鎖して、うちに来た。うちも、二年前に少しだけ裏天使の方がいらっしゃったくらいだわ」

「……それで、僕に?」

「それでご飯と宿泊費、これでどう? なんて、お願いしてるのはこっちだけど」

今から無理矢理開いている宿に泊めてもらうにしても、僕には土地勘がないから彼等に頼るしかないだろう。

それではかえって、彼らに迷惑をかける。

野宿もできれば避けたかった。

いくら平和でも、外で無防備に寝ていては危険だろう。

寝ている間にお金や電話を盗まれたら、たまったもんじゃない。

何より、「野宿します」で彼等は納得してくれないだろう……大助にもなにを言われるかわからない。

そう、自分に言い聞かせた。

本当は、ものすごくここに泊まりたいのだけれど。

「じゃあ、お言葉に甘えます……お役にたてるかどうか、わかんないですけど」

東さんが、少し笑った。

「決まりね、じゃあ布団の支度しなくちゃ」





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