興行街 コール



【興行街 コール】



ローゼンスファルドの北東に位置する大陸にある【ノースバルト大陸】

大陸の北にある底の見えない大渓谷【シャドウケイブ】の深奥部にはローゼンスファルド三大龍に数えられている古の龍、暗黒龍が棲むと言われる特Sランクダンジョンがある。


そのシャドウケイブから徒歩でおよそ1週間ほどの場所にある興行街【コール】

冒険者ギルドが発行している最古のクエストの一つ「暗黒龍討伐」クエスト

このクエストに挑戦しようとする全冒険者達が必ず訪れる街である。


コールは冒険者ギルドが出来るまでは寂れた村でしかなかったのだが、冒険者ギルドがクエストの中継地点として設置されると、冒険者達と金の匂いに敏感な商人達が一斉に訪れ、瞬く間に人口が増え街と言えるほどに発展した。

こういった経緯でこの街の人の出入りは非常に多いのだが、この街の近辺に生息している魔物の大半はひよっこ冒険者にはちょうど良い魔物が多く、訪れる冒険者達は冒険者になりたてな者やシャドウケイブの入り口と言われる大渓谷の見学者、暗黒龍を討伐して一旗あげようと夢見る無謀な挑戦者等、様々な人間が行き交っている。


コールの中心街、大通りに面した一角にある冒険者ギルド。

今日も依頼書が張り出されているクエストボードの前にはいつも通り、多くの冒険者達が屯(たむろ)し我先にと依頼書の取り合いがなされている。

そんな中、ところ寂しく隅っこに長い間手に取られていない依頼書が一枚ぽつんと張り出されていた。


この依頼書は掻い摘んで言えば「捜索依頼」である。

新米冒険者達にすれば大して珍しくもない依頼ではあるが、冒険者達は内容を確認することも手に取ることもしない。


冒険者ギルドの受付には3つの窓口があり、冒険者達がクエストを受注する窓口、依頼主がクエストを発行する窓口、冒険者がクエスト完了の報告をし、その報酬を受け取れる窓口とあるのだが、その中のクエスト発行窓口、通称「リクエスト」に一人の少女が並んでいる。


「次の方どうぞ〜」


前に並んでいた依頼者の受付が終わり、少女の番が回ってくる。

しかし、彼女の姿を確認したギルドの受付嬢は少し困ったような顔をする。


「おはようマキナ。今日も受注確認?」


「おはようございますエリーさん…はい…どなたか依頼を受けてくれる方はいらっしゃいましたか…?」


少女の名はマキナ。

この【コール】に住む住人で、先程クエストボードの隅っこに張り出されていた依頼書の依頼主でもある。

そして受付嬢の名はエリー。

マキナの依頼を最初に受付したのが彼女なのだが、家が近所ということもあり、エリーにとってマキナは幼い頃からの妹分のような存在である。

本当の姉妹のようだと言われているくらいに仲が良くお互いに見た目もスタイルも良いとなれば口説かれたりする事は日常茶飯事であったのだが、彼女達にはそういった「悪い虫」から守ってくれる共通の幼馴染がいた。


それは一人の少年だった。


マキナと同い年のその少年は容姿や体つきも至って平々凡々としたどこにでもいるような街人の一人であったが、二人にとってはしつこく声をかけてくる男達から自分達を守ってくれた頼もしく優しい特別な存在だった。

時に大怪我を負う事もあったが、「二人が無事で良かった」とだけ言って気にした様子も無かった。

そんな少年に二人が恋心を抱くのもある意味当然と言えば当然だったのだが、ある日の事、その少年は突如なんの前触れもなく二人の前からいなくなってしまった。


少年がいなくなってから今日でおよそひと月が経つ。

当然、少年の両親も捜索願いを領主館に提出し、二人も一緒に少年を探した。

だがその捜索も二週間前に打ち切られた。

この街の悪習【神隠し】として片付けられたのだ。


【神隠し】とは、この街に伝わる伝承のようなもので、50年に一度【シャドウケイブ】に棲む暗黒龍が住処を離れ、闇に紛れて人間を攫っていくと言われる言い伝えであった。

そして前回の【神隠し】から今年はちょうど50年。

この街に住む住人達は自分が神隠しにあったら…といった不安を持っていたが、領主の発表があってからその不安は払拭された。

領主によって少年の失踪は【神隠し】によるものであると公表されたのである。


それでも少年を諦めきれなかったマキナは独自に捜索を続けていた。

ギルドに捜索依頼を出したのもその一環だ。

エリーも内心、ただ【神隠し】として片付けられたのは不服であった事もあり、マキナの依頼を受注したのだが、内容を聞いた冒険者達は匙を投げるようにして受注を取り消していた。

事情を知っている冒険者ほど、この依頼書を掴む者はいない。

依頼内容はこういった物だった。



捜索依頼


捜索対象:【神隠し】にあった少年

捜索範囲:【シャドウケイブ】およびその周辺

期間:無期限

報酬:???

捜索範囲が非常に危険な地域のため、実力と冒険者ランクが伴わない場合、受付を拒否する場合有り。

報酬については明記出来ないが、この危険に見合うほどの武具とだけ綴る。



あまりにも曖昧過ぎる内容である。

特に捜索範囲である【シャドウケイブ】は整備された街道こそ安全ではあるが、街道を逸れた途端、一変して命の危険が伴う区域に早替わりする。

魔物の強さは周囲に漂う「魔素」の濃度によって強さが変わる。

三大龍に数えられる【暗黒龍】の拠点に程近い森の魔素は非常に濃度が高く、生息している魔物も並みの冒険者では全く歯が立たずに命を落とす程の危険区域だ。

そんな場所に好き好んで入っていく冒険者など余程の命知らずか馬鹿である。


こういった内容であるため、実際に依頼を受注出来る冒険者は高ランク冒険者に限られるのだが、この街の冒険者ランクは平均して駆け出し冒険者と呼ばれるDランク、一端の冒険者と呼ばれるCランクの冒険者がほとんどのため、自ずと依頼書が隅に追いやられていくのは時間の問題だった。


マキナの問い掛けに力無く首を横に降るエリー。


「ダメね…張り出した時こそ確認で来た冒険者さんもいたけど、詳しく話せば話すほどみんなそこで諦めちゃうのよ…」


「そう…ですよね…」


マキナ自身、無謀な依頼だと言うのは理解しているのだが、現実を突きつけられその表情はいっそう翳りを見せる。


「で、でも!こうやって張り出していればいずれ高ランクの冒険者とか有名な人達の目に触れるかもしれないから!」


マキナの様子に慌ててフォローするエリーであったが、マキナの想いを知っているエリーの語気も尻すぼみしていく。

重苦しい空気が漂う中、マキナが意を決したようにエリーに告げる。


「エリーさん…私…やっぱり冒険者になるよ」


「マキナ…」


エリーの表情は冴えない。

自分にとって大事な妹の様なマキナが危険な冒険者になると言うのだ。

マキナには生まれ持っての剣の才能がある。

スキル【剣聖の加護】

剣に関わる全ての成長率が極めて高い希少な補正スキルだ。

マキナは自分の持つこのスキルで自ら少年を探す決意をしたのだ。

長年の付き合いであるエリーもマキナの持つスキルの事は周知しているし、エリー自身が出来ることはあまりに少ない。

何を言っても聞かないであろうと思ったエリーは数分思い悩むも、マキナの決意を後押しすることに決めた。


「その顔、もう何言っても聞かない顔じゃないの…はぁ…分かった…私が出来ることなんて応援することしか出来ないのがすごく歯痒いけどね」


「エリー姉…ごめんね…」


エリーの態度に思わずいつも通りの口調で答えてしまったマキナに、しょうがないなと優しく頭を撫でるエリー。


「ただし、冒険者になるには私から一つだけ条件を出させてもらうからね?これだけは絶対に譲れないから」


「条件?」


不思議そうに首をこてんと傾げたマキナにエリーは条件を突きつける。


「マキナの担当になるのは私。それ以外の担当なんて絶対に認めないからね」


「エリー姉…いいの?」


「大事な妹分を他の職員なんかに預けられないわ!依頼も手続きも素材買取も何もかも!全部私が面倒みるわ!」


ぽよんと自分の持つ豊満な胸に手を当て任せろと言い張るエリーに感極まったマキナは、受付を乗り越えエリーに抱きつく。


「ありがとうエリー姉!私、頑張るから!」


二人の様子を見守っていた周りの職員や冒険者達がうんうんと頷きながら拍手をして二人を応援する。


『頑張れよお嬢ちゃん!』

『応援するぞ!』

『尊い…』

『野郎共!勇敢なる新人冒険者の誕生だ!祝杯をあげろぉぉぉ!!』


『『『カンパァァァァァイ!!!』』』


周りの反応に気恥ずかしさを覚えながら、二人は冒険者登録のため別の受付に移る。

手慣れた様子でエリーは手続きを終えると、一枚のタグをマキナに手渡す。


「はい。これがマキナの冒険者タグよ。紛失したりすると発行手数料とか色々あるから無くさないようにね?」


「ありがとう。でもいいの?お金かかるんじゃ…」


「マキナが気にすることじゃ無いわよ。私も力になりたいけど出来ることが少ないから…これくらいはさせてちょうだい」


「う〜ん…分かったよ…この恩は冒険者として返すね」


「それでいいわ。でもこれだけは約束して?絶対に無理だけはしないこと。いい?」


「うん。約束する…そして必ず私が見つけ出すから!」


「じゃあ色々とギルドの事を説明するわね?冒険者ギルドでは……」


新人冒険者に必ず行う説明を始めるエリー。

後の世に語り継がれることになる冒険者『剣神マキナ』の誕生だが、彼女がこの称号で呼ばれるのはまだまだ先の話である…


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