光彩陸離

せっちゃん

女子高校生の朝

 朝、目が覚めたら、私はまず最初に鏡を見に行く。

 ぐっすり眠っていて、うとうと夢の世界にいたところ、ふいに目が開き、光が差し込んできて、跳ね起きた。ベッドから降りると、すこしぼんやりしながら洗面台に向かう。髪の毛がボサボサになっているな、目が半開きだな、ああ、いまの私の顔、どんなにひどいのかしら、自分でもわかるほど眠そうなのだからほかの人から見たらもっとひどいんだろう、なんて不安に思いながら鏡を覗いて、やっぱり、と手で顔を覆ってしまう。私は、寝起きの私がいちばん嫌い。第一に、かわいくない。第二に、覇気がない。第三に、希望がない。どうして朝の私、こんなに醜いのかしら。顔立ちは親に似て決してわるくないんだけれど、なにか内側からべっとりとした醜さが滲み出しているような気がする。どうにかして、かわいく映らないかしら。必死にいろんな角度から顔を見ていると、お母さんが、「雪子! ごはん! 鏡なんて見てないで!」なんて呼ぶから、私はすこし不機嫌になる。鏡なんて、という言い方はひどい。私は、その鏡のせいでこんなに悩んでいるのに、お母さんはどうしてそんなに軽く考えられるのだろう。あの人、鏡を見ないのではないかしら。

 ぼんやりとした顔で、けれど、内心は鬱々といらだちながらリビングに行くと、いつもと同じような朝食があってゲンナリ。焦げて縮んだベーコンと、やたら上手な目玉焼き。どうして目玉焼きはきれいにできるのに、ベーコンは焦がしちゃうのかなあ。お母さん、すこし変わっている。毒気を抜かれて、黙々とごはんを食べた。ベーコン二枚でどうやってひと椀ぶんのごはんを食べたらいいのだろう。いつもそこに困る。

 お母さんに急かされて、私は急いで制服に着替える。着替えの途中で、スマホケースを替えたことを思い出して、すこしワクワクした。派手すぎない薄いピンクのスマホケース。女の子らしくてかわいかった。私はきょう、これを持って電車に乗るんだ。みんなに見てほしいなあ。もしもこれを褒めてくれたら、私はその人に恋してしまうかもしれない。

 お弁当を抱えて、急ぎ足に駅へ向かう。道中、なるべくスマホを取り出して、できるだけ多くの人に見せつけようとした。誰も見てくれない。このスマホケースも、そして私も、見た目はかわいいはずなんだけれど、やっぱりみんな興味がないのかもしれない。すこしつまらない。

 にわかに得意な気持ちが冷えていって、今度はすっかり別のことに気持ちが向いた。きのう新しく買った小説。むかしの偉い小説家が書いた、すこし難しい本。この本を、友達の前でこれ見よがしに読めば、どうだろう、すこしは賢そうに見えるかしら。そうでなくとも、ちょっとした話題にはなる。もしかすると国語の先生から話しかけられるかもしれない。なんの行事もないきょうの学校が、すこし楽しみになった。

 学校に着くと、下駄箱に友達がいて、いきなり「おはよう!」の雨あられ。私は相手よりも元気よく、「おはよう!」と返してやった。友達に挨拶をすると、なんとなく自分が明るく魅力的になったような気がして優越感がある。実際はみんなやっているから何も優位にはなっていないのに、どうして自分だけ特別な気がするのだろう。人間って、ふしぎ。けれど、ふしぎだふしぎだと言いつつも、なにも理解しないまま平然と暮らしていられるのだから、気にする必要はないのかもしれない。それより、もっと大きいことで悩みたい。

 恋愛のことで悩めたら、きっと素敵だ。年頃の女子らしく恋をして、波乱万丈、山あり谷あり、果ては気になる男子と結ばれたら幸せだけれど、悲運の恋というのも悪くはないかもしれない。そんなふうに考えはしても、恋の予感などちっとも訪れないのだから、神様はいじわる。いや、神様ではなくて、まわりの男子がいじわるなのかもしれない。ときめきのひとつも与えてくれない彼らは、じつはわざとそうしていて、私に恋愛させないつもりなのでは、と疑ってしまう。そんなわけはないのに。

 恋をするなら、全力で、死ぬ気でしたい。人生を生き抜くのと同じか、あるいはそれ以上の気概で恋愛をしたい。誰か素敵な人がいないかしら。君のことが本気で好きだ、とでも言われたら、私はきっと簡単にその人を好きになってしまう。そのとき、きっと私は驚きで目を見開きながらも、ああ、かわいらしく微笑しなければ、と焦るのだろう。そうして無理やりに微笑んでみせて、それから、どうするだろうか。好きなんだ、へえ? と言うかもしれないし、どんなところが好き? と意地の悪いことを尋ねるかもしれない。いや、いや、きっとそんなことはできない。その場でコクリと頷いてしまうはずだ。もしもへんな駆け引きのせいで嫌われたら、たまらないのだもの。

 朝の教室は、人があまり揃わないから退屈。そんなとき、私は別のクラスに行って友達を探すか、しばらく校内を探検する。きょうは探検。階段を逆戻りすると、なんとなく気恥しい。いままで入ったことのない教室を覗いてみたり、ふだん使わない場所のトイレを意味もなく出入りしたり、何も欲しくないのに自販機の前で唸ってみたり、そんなことをしていると、なんだか自分が俗世間からひとり浮き上がったような気持ちがして楽しい。妖精? 天使? 箱入り娘? とにかくなにか、常識から離れた女の子。ふわふわして、どこか愛らしい。

 廊下に人の姿が増えた頃には、もう教室に戻る。ホームルーム五分前だ。どうして私の友達は、みんなこのギリギリの時間に登校してくるのだろう。もうすこしがんばって早く来てみてもいいと思うのだけれど。

 友達を見つけて、明るく話しかける。朝から元気だね、と言われて私は、太陽の光をいっぱい吸ってエネルギーにしてるんだよ、とまったくでたらめな返事をした。植物じゃん、と友達が笑う。私も笑う。傍から見れば、こんなのはバカなんだけれど、当人たちには楽しくてたまらない。女は笑いが好き。

 すこしして、先生がやってきた。教室に入るなり私を指さして、「またスカート折ってんな。生徒手帳に校則が書かれてあるから、暗記してきたらどうだ。」と言うので、私はわざとらしく両手でスカートをつまんで、「えへへ、あとで直しときまーす。」と笑っておいた。もちろん、直さない。男子だってネクタイを緩めているのだもの、そっちだって注意すればいいのに、どうしてあの先生、女子のスカートばかり気にするのかしら。私、成績は普通なのに。

 チャイムが鳴った。いまにホームルームが始まる。きょうの授業、日本史、いやだなあ。

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