第76話


 ──そして合格発表の日。


 電話で済む話なのにこれまたわざわざ家にまで来て「どうだった?」なんて恐る恐る聞いた先生。


 この頃から感情を表に出さなかった私に、表情だけで合否の判断をしかねたんだろう。


「……合格でした。先生のおかげ。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げた私を見て、安心して腰を抜かした先生にはびっくりした。


 まるで自分のことのように喜んでくれる先生に「ああ、好きだな」って改めて思ったんだ。




 頑張って作ったバレンタインのお返しも花だったな。

「マヤちゃんからもらえると思ってなかったから嬉しい!」


 ……なんて本当に喜んでるみたいに言うから。


「……先生のこと大好きだから。それに、感謝してるし」


 どさくさに紛れて告白したら


「そんな風に思ってくれてたなんて、すごい嬉しいな」

 って顔を赤らめながら


「俺も、まやちゃんすごい好きだよ」

 なんて満面の笑みで言う。



 ──私は、子どもだったから。期待するな、っていう方が難しくて。


 ただただ、先生のくれる花の花言葉と甘いセリフを鵜呑みにしていた。


 それが先生の私に対する思いだと信じ込んでいた。




 ──その次の授業の日、彼から衝撃的な言葉を聞くまでは。



「──ごめんね、マヤちゃん!彼女が熱出しちゃって……今日は行けそうにない」


 あの時「それ」を知ったのが電話越しで良かったと今でも思う。


「……大丈夫ですよ、合格したし。あとは卒業前のテストだけなんで」


 そう強がっていたけど頭の中は疑問だらけで、どうか声が震えていませんようにって必死だった。


 電話を切った途端、無意識のうちに涙が溢れていたから

「私ってこんなに先生のこと好きだったんだ」

 なんて一人納得していたのも今思えば滑稽だ。


 泣きながら陸に電話したら今と変わらず走ってきてくれた。優しく頭を撫でながら私の話を聞いてくれた。今までだって、たくさん先生の話もしてきた。どんな花をくれて、どんな言葉にときめいたとか全て話していた。


 授業が終わって先生を家の前で見送るとき、部活帰りの陸と何度か出くわしたこともある。


「優しそうな人だね。かっこいいじゃん」

 って褒めてくれて、彼女でも何でもないのに誇らしくなった馬鹿な私。



 慰めてくれる陸に「期待した私が馬鹿だった?」そう聞くと「ううん、マヤは悪くない」って言う。



 「普通、好きでもない女にあんな花言葉の花、贈る?」そう聞くと「俺は絶対しない」って同意してくれる。


「彼女がいるなら、大好きって……言わないでよ……」


 ポロポロと溢れる涙と愚痴。それごと包むように私をぎゅっと抱きしめてくれて


「大丈夫、大丈夫……。マヤならきっと、もっといい男見つけられるよ」


 何より落ち着く陸の「大丈夫」。本当に何度助けられたんだろう。


 ……そうだよね。

 冷静に考えればわかる。大人になれば4、5歳の歳の差なんてこれっぽっちも気にならないだろうけど、今の私たちは中学生と大学生。相手にされるどころか眼中にもないんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る