第68話


「……家まで送るよ。もう怪しいやつじゃないって分かったでしょ?」


 泣きじゃくる私の背中をトントンと叩いてくれていた神永君が、私が落ち着いたのを見計らってそう声をかける。


 ……おかしいな。昔は陸じゃないとダメだったはずなのに。私を慰める役はいつも陸で、私も陸じゃないと気持ちを切り替えることなんてできなかった。


 だけど神永君が傍にいてこんなにも落ち着けるのは、私があの頃から成長したからなのか。


 それとも「神永君だから」なのかは今はまだ考えないことにした。



 かすかに頷いた私の両肩を掴んで彼の温もりから離すと、頬に流れた涙を指で拭う。


「酷い顔、してるよ……?」

 馬鹿にしたような言い方じゃなくて、本当に優しく囁く神永君。頬を滑る手つきもとても繊細で、心地いいくらいだ。


「どんなまやちゃんも可愛くてだいすきだけど──他の男を想って泣いてるまやちゃんの顔は、ちょっと嫌かも」


 なんて冗談ぽく笑って言うけど、これが彼の本音であることは明白で。


「……やっぱりばかだ」

 私は呆れたように笑って酷い顔だと評されたのもお構いなしに目を擦った。


「あ……だめ。腫れちゃう」

 そっとその手を取ってぎゅっと握りしめてくれる。



 ……今日はいろんなことがあったから、手汗が酷いのに。


 そんなことを考えていると


「帰ろう」


 微笑む神永君にもう一度頷くと、握られたままの手を引かれて帰路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る