“あの人”

第59話


「──マヤちゃん、久しぶり」


 そう言ってにっこり笑うこの男が私は大嫌いだ。


 優しい口調も落ち着きのある佇まいも、柔らかな表情も──もう二度と私の目の前に現れないと思っていたもの。


 


 ……ああ、どうして私は

 この日、

 この時間にバイトを入れてしまったの?



 あの日、

 あの時、

 あの場所で止まったはずの思い出。


 もう色褪せて心の奥に閉じ込めていたのに。






 ――今日は休日だから朝からのバイト。


 神永君は朝が苦手みたいで、まだ現れていないところを見るときっと今頃夢の中なんだろう。


 もうお昼の2時過ぎてるけど。……なんて、いつの間にか彼の姿を自然と探してしまう私に何度も喝を入れる。



 そんな中、チリンチリンとお客様が来店したことを知らせるドアのベルが鳴る。「神永君かな?」なんて再び彼を思い出す私自身に呆れた時。


 目に入ったその姿に、神永君のことも一瞬で頭から吹っ飛んだ。



 ドアを開けて入ってきたのは爽やかな笑顔を振りまく、私の一番嫌いで、一番好きだった人。

 その隣で可愛らしく彼を見つめるのは私が一番憎かった人だ。


 あの頃はこの人に会いたいだなんて微塵も思わなかったから、実際に会うのは初めてだ。顔は何度か写真で見たことがあるけれど。


 年月のせいなのか分からないけど、あの頃見た写真よりもずっとずっと可愛い人。


「いらっしゃいませ……」


 やっとのことで絞り出した声。彼は私に気付かない。ホッとしたような、寂しいような……。


 幸いレジに並ぶ他のお客様はいなかったから、資材の補充へ行くふりをして他の人に彼らの注文を受けてもらうよう頼んだ。

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