溶けたアイスと君のキス

春菊 甘藍

あーもう、ベタベタじゃない!

「あーもう、ベタベタじゃない!」


「んぁ?」


 私の前にいる男。祐司ゆうじは食べ方が汚い。

 ここ最近は特に酷い。


 考え事でもしてるのか。買ったアイスを持ったまま、ぼーっとしている。


「ほら、口の周りにもついてるよ」


「おっとこれは失敬」


 雑に彼は口元を拭う。


「あー! アイス溶けてるって!」


 彼は口元ばかりに気を取られ、手に持ったアイスが溶けかけてしまっている。


美奈みなのも溶けてるよ」


「え?」


 真夏の蒸し暑さに溶かされた氷菓は、今にも棒から落ちてしまいそう。


「はっふ、んんっ!」


 寸での所で、文字通り食い止める。しかし、一気に冷たいものを口にした事により鋭い頭痛が走る。


「アハハハハ! キーンってなってやんの」


 すぐ調子に乗るこの男は、やれ見たことかとこちらを笑ってくる。

 しかし、だからこそ。溶け落ちそうな自身のアイスに気付かない。


 ベチャッ。


「「あ」」


 何故か、見ていた私も間の抜けた声を出してしまう。


「「……」」


 溶け落ちたアイスは……


 祐司の制服ズボン。股間に落ちていた。


 じわぁっといった様子でシミが広がってゆくのを二人で眺める。


「股間に、かつて無い清涼感を感じる」


 遠い目をした祐司のアホな現状報告。

 

 季節は夏。

 いつも放課後に寄る駄菓子屋でのアイスの買い食い。

 錆びたベンチには、スポーツ飲料のロゴが描かれていた面影がかろうじて窺える。


「まぁ、夏は痒くなるってCMでもいってたし……」


 暑さの所為か、思考が回らない。


「あらぁ、やだ! 下ネタ、セクハラよ! お巡りさん! こっちですぅ!」


 この男は、クソ熱い中やかましいな。


「濡れた股間で近づくな変態」

 

「フヘヘ、スケベしようや。あ! これ当たりや! おばちゃんー!」


 下卑た笑みを浮かべたかと思えば、直ぐに店内へと消えていった。


「あら、祐ちゃん。またお漏らししたの?」


「ちがわい!!」


 いいぞ、おばちゃん。もっとやれ。

 アイスの袋を持って、下半身からラムネの匂いをさせた奴が戻ってくる。


「うー、不味い。もう一杯~」


 くだらない、古いネタ。


「あんた何歳よ」


 祐司はアイスを一度私に預け、両拳を突き合わせる。


 パンッ!


「二十一歳っ!!」


「やかましいわ、十七だろ」


 小さな頃から一緒だった。

 食べこぼしの多さ、その他諸々成長は見られないが……


 くだらないネタを見せられたのだ。これくらいはあっても良いはず。


「ん」


 袋を破り、祐司に先んじて食べる。


「あ! おめ、それはねえよぉ」


 口には冷たい甘味が広がる。祐司がシュンとしている。

 まぁ、私も鬼じゃない。


「はい」


「へ?」


「ちょっと分けて貰ったよ」


 分けるというには、少し強引だったかもしれないが。


「あんまりだぁ~」


 酷い顔をして泣く素振りを見せる。

 良かったな、私が波紋使えなくて。

 とりあえず、預かったアイスを変換する。中程まで食べたが。


「あー、すっきりした。ところで美奈」


 凄い勢いで食べ終わると、祐司は人が変わったかの様にこちらに振り向く。


「な、何?」


「もう一個、何か買わないか?」


「お腹冷えるよ」


「なぁに、人生は一度きりなのさ」


「絶妙に使いどころ間違ってる気がする」


 店主のおばちゃんにも同じ小言を言われつつ、今度は違う味のものを買ってくる。

 いつものように、彼は自分のと私の分を買ってくる。もはや習性か何かのように。


「ほい」


「えー、私いらない」


「旅は股ずれ、世は無常」


「世は無常かもしれないけど、股ずれはあんたでしょ」


 この下半身ネタであと半年はイジれそうだ。

 二人で袋を破り、アイスを食べる。


「よし、決めた」


 早々に食べ終わると、祐司が立ち上がる。

 珍しく真剣そうな表情、考え事の答えが出たのかな?


「どしたの?」


 あんまり興味はないけど聞いといてあげよう。


「美奈、好きだ。付き合ってくれ」


 口に入れていた、アイスが吹き出る。

 その衝撃で、私の手に持っていたアイスは棒から離れ、焼け付いたアスファルトへとダイブした。


「え、は? えええ?!」


 いきなりすぎる。

 脈絡っていうか、雰囲気っていうか、もうちょっとこう。

 あったでしょうぉ?!!!


「えっと、答えを聞かせともらえると助かる……」


 いや、こう……


「ああ、もう!! あんたは昔からそうだ!!!」


 一人で考え込んで、悩むとそれしか考えられなくて。

 他の事が手に着かなくなる。


 彼も恋する年頃だ。好きな女でも出来たのだろう。

 もし、彼が相談してくるような事があれば、私の。


 この気持ちは、蓋をしておこうと。


 思ったのに、覚悟したのに。

 こんな事言われたらさ……


「分かった。いいよ……」


 嬉しいじゃん。

 

「え、ちょ、泣いてる?」


 狼狽えるなよ。男のくせに、もう。


「五月蠅い! いいって言ってんの! OKってこと!!」


 彼は固まり、空を見上げる。


「やっっっっっっっっっっっっっっったああああああああああああああ!!!!」


 飛び上がって喜び、勢いそのままに抱きついてくる。


「五月蠅い! ひっつくな! 暑苦しい!!」


 何かラムネくさい口でキスしようとしてくるんですけどこの人!!


 私の手に、握りっぱなしになっていたアイスの棒。

 そこに残った溶けた砂糖水とこの恋愛ドラマのテンプレのような現状。


「あーもう、ベタベタじゃない!」


 




 



 


 





 





 

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溶けたアイスと君のキス 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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