第3話 ようやく物語の主人公だという自覚ができたようですよ。


 シャルル王がいなくなった後、俺たちは宴の準備が完了するまでの間、少し休むようにと侍女たちにそれぞれの部屋に通された。

一人になって気が抜けたのか脱力し、ベッドに倒れこのでしまう。


4時間目の授業から、おそらく5時間も経過していないだろう。

だが、学校が懐かしいくらい昔のことに思える。

それくらい5時間と満たない短い間に、沢山のことが起こりすぎたのだ。


 「疲れた。」


声が漏れる。


そんな時でも、神楽代のことを思い出してしまう。

 

 おっと、今の言い方だど何か誤解を招きそうな感じになってしまうな。

 いや、全然変な意味じゃないし、そっち系の趣味も断じてない。

 そういうことじゃなくて...


 「カッコよかったなぁ。」


多分俺も神楽代のように皆を引っ張れるような存在になりたかったんだ。

 中二病こじらせて、一匹狼気取ったあげく、自分じゃ敵わない相手に苦手意識をもって、勝手に敗北感に打ちのめされて...

 ああ、今考えると手で顔を覆い隠してしまいたいくらい恥ずかしい。


暫くして宴の準備完了の知らせが来た。

正直誰とも顔を合わせたくないのだが、そうはいかないだろう。

ベットから起きて部屋にかかっていた紳士服に腕を通す。

2、3回深呼吸をしたあと

 「よし、いくか。」

そういって俺は部屋を出た。



    ― 宴会場 ―


宴はなかなか盛り上がっていた。

その場にいた貴族たちに王が勇者召喚の成功を報告し、ありがたいお言葉を言った後は基本的に各自自由だった。

俺を勇者と見るや否や、何人かの貴族が話しかけてきたが、普段から敬語すらあまり使わない俺には高貴な言葉の言い回しは難しく、疲れるため、お得意の回避術で適当に話しを終わらせて、静かな場所へ退避した。

 

誰もいないと思ってテラスの方へ行ったが、人の気配を感じた。夜の暗さで気づかなかったが、どうやら先客がいたようだ。

そこにいた少女は悲痛な面持ちで外の風景を眺めていた。


 「小花代か、食事はもう済んだのか?」


 「...うん。」


いつもの元気がない。普段なら、小花代の方から俺に話しかけてくるのだがその様子もない。

俺から話しかけようとするも、とっさのセリフが出てこなかった。


 あれ?俺たちっていつもどんな風に話してたっけ...


暫く沈黙が続く。

俺がいままで、どれだけ小花代に頼って話してきたかを思い知る。


 ああ、またか、またこれか。

 つくづく実感させられる。


 ほんとに俺って、


 「俺ってダサいな...」


心の声が漏れ出る。


 「え?」


これには小花代も驚いて俺の方をむいた。


 「小花代のリードがなかったら、自分一人でまともに会話すらできないなんてな。」


 この世界に来てから本当にいろんなことを思い知らされた。


 「しかも、そのことに今の今まで気づけなかった。」


 俺の無力さとか特に。


一つ深呼吸をする。


 「笑わないで聞いてくれよ小花代、俺は、自分のことをすごい奴と思ってた。学校の授業を受けるだけでテストでそこそこの点とれて、大勢でつるむより一人でいる方が孤独でかっこいいって本気で思って、そのくせ、他人を見る目は優れていると思い込んでた。」


 そして、すぐに自分が他人よりも優秀だと勘違いする。

 

 「でも結局最後は、誠心誠意他人と向き合ってる奴の姿を見て、自分の無力さを思い知って勝手にへそ曲げて...」


 今なら、分かる、この少女の優しさと苦しさを。


 「誰よりも俺のことを心配して寄り添ってくれた人を...」


 分かったからこそ、少女がここまで重く抱え込んでしまうまで何もしなかった自分が憎くてしょうがない。


 「その人の不安と苦しみを、俺はないがしろにしてしまった。」


その時俺は気づいた。

今まで一緒にいて楽しく思えたのは...

俺から離れていくとき寂しく感じたのは...

兄妹愛なんかじゃ無く、ただただ俺がこの少女のことを好いていただったのだと。


 あぁ、過去に戻れるなら能天気に浮かれていたバカを殴りに行きたい。


拳を強く握りしめた。

小花代は最初こそ戸惑いを隠せない様子だったが、途中からは、静かに最後まで俺の言っていることを聞き止めてくれていた。あと、必死で隠しているようだが、瞳がうるんできていることはこの暗さでもさすがにわかる。

でもこれじゃ、まるで俺が慰めてもらってるみたいだ。

小花代の言うとうり俺の方が弟なのだろうか。

いや、今はそんなことどうでもいい!

こんなになってまで、俺のことを支えてくれていた彼女に俺は、言うべきことがあるはずだ。


何今になった恥ずかしがってんだっ!さあ、言え!


 「もう二度とお前をないがしろにはしないっ!もう二度とお前にそんな顔はさせないっ!お前がつらいときは、今度は俺がそばにいて、お前を守ってやる!だから小花代、こんなふがいない俺を許してくれ、そして、支えてくれてありがとう。俺の一番が小花代でホントによかった。」


 言ったっ!遂に行ったぞ!


顔の温度が急激に上昇していくのが分かる。

普段だったら絶対に言えないセリフ。でも今は、男としてそれを言うべきだと思った。

半分告白みたいなものだけど、それでフラれたとしても悔いはない。

いや、悔いは残るけども、それでも、今自分にできる精いっぱいの感謝と謝罪はしたつもりだ。

あとは、小花代の反応次第だ。

許してくれるのなら、万事解決。

許してくれないなら誠心誠意土下座し続けるまでだ。

さあ、どうだ小花代っ!?


 「......」


 「.........」


 「............」


 ん?反応がないぞ?

 ちょっと小花代さん?返事くらいはしてくださいよ...さすがに俺の心臓が持ちそうにありません。


 「..っ..!..えぐっ..!..ふ..っ」


 「え、小花代?」


小花代の瞳から零れ落ちた水滴が、月の光に照らされて金色に光った。

小花代は泣いていた。音もたてずに泣いていた。

しかし、その小さな水滴が床に落ちたのをきっかけに小花代が押さえ込んでいた分の感情があふれ出した。


 「..ひっぐ...っ!もっと早く気づいてよ..ばかぁ..っ!」


俺は、どうすることもできなかった。ただ、上下に小刻みに揺れる小花代の頭にそっと手をのせ謝り続けた。それしか俺にできることはなかった。






そこからはもう大変だった。暴言を吐くわ、俺が着ていた服の袖を涙でぐっしょりにするわ、これ以上服が濡れるのはまずいと涙をふくために手渡したハンカチで鼻をかむわで、俺に迷惑をかけ続けた。


小花代が何とか泣き止み、俺に対して、「邪魔です。よけてください。」と言ったのは10分ほどあとだった。


 うわ、怒ってるな、完全に外面での態度をとっていらっしゃる。

 しばらくは口きいてくれそうにないな。


そこへ一人の女性が近づいてきた。


 「そんなところで、何をしているのですか。」

スタイルもよく背が高くて黒いイブニングドレスを聞かざる姿は美人なお姉さんといったところか。


 「よく見たらお二方は、勇者様の小花代桜羽様と京悠馬様ではないですか。どうしてこんなところに?」


 この人俺たちの顔知ってるのか?

 宴でこんな美人と話したっけか?いや、いなかったな、いたらこんな美人なお姉さんを

 忘れるはずがない。

 となると、この城の侍女たちのだれかか?えー、でもここまできれいな人いたっけか?

 小花代の様子を見るに彼女も分からないみたいだ。


 「すみませんが、あなたは?」


こういう時は素直に聞くに限る。

あたかも自分も知っているような口調で流す人もいるけれどそういう時は話がかみ合わなかったりして大体息詰まるものなのだ。


 「申し遅れました。私の名は、クリス・ア・ボアリン、勇者の皆様を玉座の間まで案内させていました魔導士です。」


 俺たちを案内してくれた魔導士...、あっ、ゲスのおっさんに俺たちの世話を押し付けられていた人か........

って、


 「「えっーーー!!!」」


思わず小花代と被る。


 「..え、え?...嘘..、え?」


 おい小花代、「え」しか言えてないし、口が開きっぱなしになってるぞ。


 「でも、ほんと驚きました。まさか、あのローブの中の人がクリスさんだったなんて、」


 「はい、あのローブは、私たち王宮魔術士団の正装ですので。それにデザインはともかく相手の魔法攻撃によるダメージを30%軽減してくれる実はすごいローブなんですよ。」


 マジかよ、あんなボロきれみたいなローブの中にこんなきれいな人が入ってたなんて...

 最初こそ驚きはしたが、慣れてしまえばこっちのものよ。もうどんなことを言われても驚かない自信があるぞ。


 「え、悠くん驚くとこそこなの!?」


それまでずっと口を開けて放心状態だった小花代が「バカなの?」って顔で俺に言ってきた。


 「さっきこの人、自分のことボアリンって呼んだんだよ!?ボアリンって言ったら、最初クリスさんと一緒にあの部屋に入ってきた。ゲスっていう太ったおじさんと同じ姓だよっ!?つまりクリスさんとゲスって人は親族ってことなんだよ!?」


 「...え?」


クリスが左手を胸に当てて笑顔で答えた。


 「よくお気づきになりましたね。小花代桜羽様の言うとおり、私クリス・ア・ボアリンは、ゲス・ボアリンの妻でございます。」


「「ええええぇぇーーーーっ!!!!」」


クリスの左手の薬指にはめられていた指輪がきらりと光った。

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