たかが匂い、されど匂い
麦野 夕陽
1話完結
「俺……臭いのかな……」
いつものファーストフード店で駄弁っていると、向かいに座る友人から急にしおれた言葉がぽろりとこぼれた。
「は? なんの話?」
もう氷しか入っていないコーラをストローで音を立てて吸い込む。
「昨日さ、彼女がさ」
なんだ、ノロケか? と鼻で笑うと必死に否定してきた。どうやら本気の悩みらしい。
友人いわくこんな話だった。
友人カップルは現在同棲中。物件を決める際、一人になれる時間も必要だという意見で一致しそれぞれ個人の部屋を持っている。
昨日、彼女に用があった友人は(ただイチャイチャしたかっただけだろうと俺は踏んでいる)彼女の部屋の扉をノックした。すると
「臭いから入ってこないで。」
と衝撃の発言が返ってきたというのだ。
「え? ケンカでもしてたの?」
俺が問いかけると「その時はケンカしていなかった」と友人は思い悩んだ顔で呟く。
匂い、臭い、ニオイ。自分では制御できないものだ。ある程度ケアはできるけど。
「臭いって思ったことないけど?」
「俺も初めて言われたんだ……」
もはや今にも泣き出しそうな顔になっている。
「今時、制汗剤とかいっぱい売ってんだからさ。そんなに落ち込むなって。」
うん、と言ったその声は今にも消え入りそうだ。心無しかいつもより身体も小さく見える。
「わーった!わっーた! ほら! 今から買いに行くぞ! まだ店開いてんだろ!」
キョトンとした顔の友人の尻を叩いてファーストフード店を出た。
すぐ近くのドラッグストアで制汗剤のコーナーを探す。
「無駄に広いんだよぁこの店」
ズカズカと歩く俺の後ろを友人がうつむいて歩く。
「ちゃんと探せぇ? 時間ねーぞ。」
閉店前の音楽が流れている。あとタイムリミットは10分かそこらだ。
突然、自らの頬を勢いよく両手で叩く友人。見ただけでも今のはかなり痛い。
腹を括った顔の友人がずんずん歩いていく。すると10歩も行かないところで立ち止まった。
「おい、ここ女性用の化粧品コーナ……」
ツッコミを入れようとして顔を見ると、こちらが呆れてしまうほどの溶けた笑顔をしていた。
「おいおいなんだ。きもちわりぃ。」
友人が見ている先を見るとカラフルな化粧品がズラリと並んでいた。これは確か、“マニキュア”というやつだ。
「これ確か、彼女が持ってたなぁ」
顔面の筋肉が緩みきった表情。幸せなやつだ。
なんの気なしに俺は目の前にあったテスターを開ける。すると
「なあ、ちょっと待て」
「え、なに」
友人も返事を言い終わらないうちに気付いたようだ。
「…………くっさ。」
同時に呟いていた。マニキュアとはこんなに臭うものなのか。
「……さっき、彼女がこれ持ってるって言ったな?」
「……うん」
二人とも徐々に確信を得ていく。
「今思い出したけど……今朝、新しいネイル自慢してきた……」
決定打だった。
閉店間際のドラッグストアに強烈にツッコミを入れる声と、のんきに笑う声が響いたのは言うまでもない。
たかが匂い、されど匂い 麦野 夕陽 @mugino
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